第3話 ヨークマートのパートを終えた母の帰宅
団地に続く坂を上る原付の音が近づいてきた。
「オ、ママンだ! じゃあまた明日な!」
新吉は貯水槽のフタ(鉄製)を閉じた。そう、新吉はとんでもない怪力の持ち主なのだ。
与七は、貯水タンクの内部にさす日ざしが直線の影に押しやられ、たちまち全体を覆って見えなくなるまで、新吉に手を振っていた。
カパリとフタを締めた新吉の脳裏に、このフタの向こうの完全な暗闇の中、明日の新吉の来訪だけを楽しみに水へと潜る与七の姿が浮かんだ。それはひどく寂しそうだった。
新吉は顔を上げると、何のためらいもなく貯水タンクから飛び降りた。
落下しながら自宅を見定め、3階の自宅を見極めると、ベランダの手すりに片膝を引っかけ、逆さ吊りになってから腹筋の力のみで上半身を起こすと、両手で手すりをつかんでフン!とうなるや、全身をベランダの内へと放り込んだ。
ガラス張りのスライドドアを開けて自室に入ると、ちょうど玄関ドアが開く音がした。マミィである。
新吉は自室の窓を開けると、机に向かって座っている自分そっくりな等身大の人形を窓から屋上へと放り上げた。
その人形はハナクソやその他の垢を集めてかためて3年がかりで作りあげた新吉の影武者である。色まで塗っていて、近づいて目を凝らさないと人形とは気付かない出来栄えだ。
「与七がバレないように、しっかり見張ってるんだぞ」
新吉は貯水タンクの、ちょうどさっきまで自分がいたあたりに着地したであろう自分の影武者に向かって適度に声をおさえて叫んだ。
「なんです騒々しい」フスマがガラリと開いてママンが顔を覗かせた。「留守中もきちんと勉学に励んでいたろうね」
「屋上の貯水タンクに住んでいる河童の与七と遊んでたよ! あ、しまった!」
そう、新吉はウソが苦手なのである。
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