第46話 追いかけるのは、着衣
甘く見ていたつもりはない。
妹は現役のバスケ部員だ。でも男女の体力差みたいのもあるし、俺の方が年上で、兄貴だから……すぐに追いつけると思っていた。
そんなことはなかった。
思っていたより俺が正気に戻るまで時間がかかったのもある。多分十秒とかそれくらいは、呆気に取られていた。
いや、だって……。
『あたしの裸みてもっと興奮しろバカーっ!!』
と妹に公衆の面前で叫ばれた兄貴としては、フリーズしてもおかしくないだろう。
興奮って、……してたけど。
しかし親父は言っていた。『気持ちというのは言わなければ伝わらないんだ』と。当たり前で単純だけど、一番大事なことだという。
だから俺は、今まで思ったことはたいてい口にしてきた。そのせいか、クラスの女子から変な目で見られることも多かったと思う。辛い目にも何度かあって……あったっけ?
「
こんなことを叫びながら、俺は妹を追いかけた。
世間からの……近所からの風当たりがひどいことになりそうだ。白い目で見られるかもしれない。
しかしそんなものを気にして兄貴していないのだ。
世間体など、兄貴として守るべきものと比べれば――
「波実香っ!」
距離が縮まらない。なんとか見失ってはいないものの、いっこうに背中が近づいてこなかった。
初めて会った頃の妹なら考えられない。こんなに足が速く、体力がつくなんて。
思い返せば、妹からこんな風に逃げられることは初めてだった。へそを曲げられたり、それこそ会った当初はまるで心も開いてくれなかった。
それでも逃げる妹を追いかけるのは、初めてで、その背中になんとしても追い付きたいと思った。
けれど思いとは裏腹に、息が切れてくる。
段々脚が重くなってきた。妹のスピードは全然さがっていないのに。ここで俺が足を緩めれば、コンどこ度見失ってしまうだろう。
やっぱり帰宅部になったことが原因だろう。付け焼き刃に運動を再開しても、ずっと運動部の妹には体力的な部分では勝てないんだ。
いや、体力なんてささいな問題だ。気力だ。気力があれば、俺はなんでもできる。妹のためなら、今までもなんだってやってきた。できる。できる。
『お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったらよかったのに』
妹の言葉が、俺に重くのしかかるようだ。
追い付いて、妹を呼び止めて、俺は妹になんと言えばいいんだ。
俺はどこまでいっても妹の兄貴だ。人生をかけて兄貴としての自分をほこっているつもりだったし、それが生きがいだとすら思っている。
それだったのに、さっき妹はなんて言った?
俺のことを兄としてではなく、男として好き?
そんな妹に、俺はなんて答えらればいいんだろうか。
兄貴としてではなく、男として答えなくてはいけない。――というのは、どうなんだ? 酸素が足りず、思考が鈍ってきているけれど、確かなことがある。
妹は妹だった。
それ以上のことは、考えられなかった。少なくとも今は。
「波実香がなんて言っても、波実香は俺の妹だっ!!」
必死に追いかけて、階段まで駆け上って――気づくと見覚えのある境内に――神社についていた。俺の練習コースで、妹とも思い出の場所である。
「お兄ちゃん……」
もうこれ以上逃げる場所もないからか、観念した妹が膝に手をついて、肩で呼吸しながら、立ち止まっていた。
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