第43話 妹④
お兄ちゃんは驚いていた。
あたしの裸を見て、目に見えてわかるほど戸惑っていた。
――えっと、これは?
あたしは、「なに裸なんだよ。服くらい着ろよな」と笑い飛ばされるか、「裸ってことはそういうことだよなっ。ぐっへへへっ、スケベな体しやがって。俺の部屋に来い」となるかのどちらかだと思っていた。
しかしお兄ちゃんは、
『服……服はどうした?』
『そうじゃなくて……服だよ、服!』
『ええとだな、だから服のことだ。俺の服じゃなくて……』
――え、あたしの裸より服の話しかしてなくない!? なにこれ、なんで!? 着衣のが良かったの? お兄ちゃん、あたしの裸より服に興味があるわけ!?
いや、そんなはずはない。
ないと思う。お兄ちゃんが衣服に並々ならぬ興味を持っているなんて聞いたこともない。
多分照れ隠しだ。二回目、三回目と回数を重ねていけば、本性を現すに違いない。
――ど、どうしよう、いきなり襲いかかられたりしたらっ!! 「ずっと我慢してたけれど、もう限界なんだよぉーっ!!」って、そしたら、えっと。
正直、お兄ちゃんは変わっているし、どこまでもあたしのお兄ちゃんだったから、無理なんじゃないかって内心あきらめの気持ちもあった。
だから『ああ、頑張ったけどやっぱりダメだったな』ってあきらめが付けられたら、それだけでもよかったんだ。
だけどお兄ちゃんは、裸のこと悪くないって褒めてくれたし、三回目はかなりじろじろ見ていたし、もう次くらいにはいよいよ本心が聞けるって思った。
あきらめかけていたのに、期待してしまった。
もしかしたらって――そしたら。
お兄ちゃんが手を出した。
しかし、相手はあたしじゃなかった。
襲いかかったというわけではないようだ。よく考えれば、お兄ちゃんは無理矢理迫るような人じゃない。だから合意の上なんだろうけれど、でもお兄ちゃんがあたし以外の女の人とそういうことをしようとしていた。
つまりえっと――終わった。
お兄ちゃんは、あの人のことが好きで、合意の上でそういうことをしようとしていたのだ。
あたしがたまたま家に帰ってきたから、寸前で止まったけれど、そうでなかったら今頃――。
最悪だ。あたしの今までの努力は何だったんだ。もともと望み薄なのはわかっていた。わかっていたけれど、こんな結末……。
お兄ちゃんはよくわからないことを言うし。裸族? なにそれ、そんなのおかしいよ。家の中で裸で暮らすなんて。服着た方がいいよ。そっちのが衛生的だし、寒暖差にも対応しやすいし。
意味わからない言い訳なんて聞く気になれなかった。
いろいろ嫌になって、全然考えられなくなって、自棄になった。
だったらあたしも脱いでやろうかと思った。
そしたら浮津さんが笑った。
『冗談なの』
浮津さんは自分が無理矢理お兄ちゃんを脱がしたと言った。自分もふざけて服を脱いで、それで――あたしも同じでしょ? と笑う。
あたしは同じじゃない。
本気だった。本気で……まあ、とにかく裸になったのは本気だった。散々練習もした。
なのに、でもあたしが「冗談」じゃないと言えば、彼女もまた「冗談」でなくなってしまう。
あたしは、「冗談」だったことにした。
裸族だったことにした。裸族、なんかわからないけど、なんでもいい。
少し冷静になって、お兄ちゃんの困り果てた顔を見たら、とにかく今あたしが脱ぐのはマズいと思った。
それからお兄ちゃんが浮津さんを送って、家に一人で残された。
その間、さっきのことがなんだったのか考え直すけれど、やっぱりあれが冗談だったとは思えない。結局、浮津さんがあたしとお兄ちゃんに気を遣って適当なことを言っただけなのだろう。
そうなると、やっぱり浮津さんはお兄ちゃんの彼女?
お兄ちゃんが付き合ってもいない相手と、あんなことをするとは思えない。
そうだよね、お兄ちゃんなら恋人でもない女の子の下着姿をあんなにまじまじ見たりしないでしょ。
――でもだったら、あたしの裸だって、あんなにじろじろ見て……それはやっぱり異性じゃなくて家族として見ていたからなのか。
結局、あれだけ全裸になっていたのに、お兄ちゃんの本心を聞けなかったあたしは、自分でもどうしていいかわからなくなった。
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