第38話 浮津①
わたしは要領がいいから、うまいことやれると思っていた。
いつも通りだ。
学校の授業は簡単で、ただ内容を覚えて、理解して、テストで問題を間違えなければそれで点数がもらえる。
答えはだいたい教科書に書いてあるし、考え方は先生に聞けばわかる。
――ふと、高校生になって、世間一般でいうところの女子高生になって。
女子高生としての正解はなんだろうか、と思った。
もしかしたら、もっと先――人生とか、あるいは女性としてとか、そういう風に考えるべきなのかもしれない。けれど普通にしていれば、三年という月日で終わってしまう女子高生という今この期間を、どう生きるのが正解なのかと考えてしまった。
正解なんてない、浅慮な人間はそう思うだろう。
しかし国語の記述問題と同じだ。一言一句違わぬ絶対の正解がなくても模範解答は存在する。
アプローチの仕方は論理的な思考、そして出題者または採点者の考えを予測することだ。そうすればどんな問題にも正解といえる答えが見つかる。
論理的に、どんなことが間違いなのかはわかる。
まず高校生というのは、なにか。
学生だ。年齢的に未成年でないものもいるが、学生という身分ではある。何かを学ぶべき立場であり、それは将来、今後の人生に役立つものであることが望ましいだろう。
だから一部の高校生が、ついつい大人への反抗心からか、青春の衝動なのか非行に走ると聞くけれおど考えるまでもなく間違いだ。たとえ未成年であっても、社会的信用を損ない行為は今後の人生に傷を付ける。将来のための準備期間にするべき行為とは真逆である。
しかしだからといって、勉強だけをこなすことが正解なのか。
三年間という期間は人生からすると短いが、勉強だけするには長い。いや、正確に言うと学校の授業という意味での勉強だ。
過剰に一つのことだけに時間を割くのも正解ではない。
なにも学校の授業だけが勉強ではないのだ。有限な時間をいろいろなことに投資して、将来に役立てるべきではないだろうか。
出題者または採点者――この場合、社会とか周囲の人間になるのだろう。
彼らは往々にして、勉強しろと言う割りに勉強だけしている人間を評価しない。
教科書に載っていないことも学ぶべきではないか。
女子高生が学ぶべき、将来に役立つこと――。
もちろんここから、恋愛経験を必要と判断するまでにはいろいろあった。
クラスメイト達と交流したことで彼女たちの価値観にも影響を受けたし、自覚している限りでも思春期の精神的な不安定さから来るものもあった。
もっと単純に
「彼氏できて、ほんっと毎日幸せなんだよねーっ」
と笑顔で惚気ていた友人がうらましかっただけかもしれない。
彼女は数週間で彼氏とケンカして別れていたけれども。
わたしも誰かと恋愛しよう。高校生の時の恋愛経験は、大人になってからの恋愛経験とは別種だ。恋愛的な人間との交流は、人格形成にも強い影響がある。
もちろん、悪い方向に働くこともあるのだから、相手や関係性の節度はよく考える必要がある。
世の中には女を平気で殴るような男もいる。別に男女でどうこう言うつもりもないけれど、男であれ女であれ感情的になって暴力を振るうような人間とは距離を置きたい。
――男子の正解が載っている教科書があればいいのに。
ただ、同じだ。
女子高生の正解と同じ、いつも通り。
あからさまな間違いを避けて、論理的に選択肢を絞って……この場合、正解を決めるのは誰か。わたしだろうか。そうだと思うし、そうじゃない気もする。クラスメイトがうらやむような相手が正解なんだろうか。
ただ恋愛というのは、評判の良いイヤホンを選ぶようなものとは違うのもわかる。家電じゃないんだから、口コミや人気ランキングで上位のものを選んでしまっては、求めている恋愛経験――ではないと思う。
そう考えながら、元々打算的な感情で恋愛経験を得ようとしていたのに、なにを非合理的な思考をしているのかとすこし笑った。
そういうものなんだろうか。
ともかく、わたしはクラスの男子を見まして、アリかナシか判別していった。中学生の頃は、同じ事をしているクラスの女子をバカなことして――と内心笑っていたのに。
(間違いなく、まずナシ……絶対ナシ)
顔は良い、運動も勉強もできる。さらに言えば、女子からの評判も不思議なほどいい。
いや、あれだけ顔が良くて、スタイルも良くて、文武両道なのだから人気なのは不思議ではないのかもしれないけれど――やはり、日頃の彼を見ていて、彼と付き合いたいと思える女子はわたしには理解できなかった。
妹好きの男。
言ってしまえばそれで、しかし言葉に表せない以上の異常さもある。
「
急に、変なことを聞かれた。彼からでなければ、口説き文句かとも思うが。
「えっ、どうしました佐志路部君?」
「妹がさ、最近シャンプー変えたいって、それで俺にどんなのにしたらいいかって相談してきたんだけど……」
「へぇ、妹さんと仲良いんだね」
「まっ! そうなんだよ! ただ俺も女子のシャンプーのこととかわかんないし、妹は好きな匂いとかだけでも教えてって言うけど、せっかくなら俺は妹の髪をもっと綺麗に保ってやりたいし」
彼の妹が、新しいシャンプーを兄好みの香りで選ぼうとしているだけ――だと思うのだが、どうやら彼はクラスの女子に聞き回って評判のシャンプーを探そうとしているようだ。
相変わらず、ズレて遠回りなことをしている。
友達に聞いたり、ネットで調べたりしていない時点で、求められているのはそういう情報ではなく好みの話だ――と教えることは簡単だけれど、妙に彼と仲良くなりたくない。
わたしは、質問された通りに、自分が使っているシャンプーを教えた。
「浮津さん、ありがとう!」
感謝されるが、本当に彼のためになる答えを知っていながら黙っていたので、少しだけ罪悪感もわいた。
けれど、次の日。
「どうかな、昨日浮津さんに聞いたシャンプー試してみたいんだけど……俺の髪どうかな!? ツヤとか匂いとか、浮津さんみたいか!?」
「えっ、妹さんに聞かれたんだよね? ……佐志路部君も同じの使ったんです?」
「いやっ、浮津さんのオススメだから間違いもないと思うんだけど……一応俺がまず試そうと思ってな。ほら、せっかくなら実際に使った上でオススメしたいし」
「へぇ……佐志路部君は本当に妹さん思いですね」
多分、すごく苦笑いだったと思う。
彼の妹がわたしと同じシャンプーを使うのと、彼がわたしと同じシャンプーを使うのは、似ているようでだいぶ違った。
なんだか、すごく嫌な気分だった。
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