第37話 お見送りは、着衣

 浮津うきつさんを見送るからと、家を出た。妹を一人残して良いのか迷うところではあったけれど、彼女を一人で帰らせてもマズいと思った。


 彼女というのは、そういう彼女の意味ではなくて。


「……ごめん、巻き込んじゃって」

「あら? わたしが原因じゃないですか。佐志路部さしろべ君が謝ることではないですよ」


 たしかに、浮津さんが脱ぎだして、俺の服まで脱がせていなかったらあんなことにはならなかった。

 ただそうだとしても、浮津さんが場を納めなければどうなっていたか、正直考えたくもない。


「あの話ってさ、えっと……さっきのって本当に冗談だったんだよな?」

「ふふっ、それって難しい質問ですね。本当に冗談って」

「えっ、いやだから……冗談って言ってだけど」

「どっちだと思いますか?」


 制服を着直した浮津さんが、真っ直ぐ俺を見つめてくる。なんだろう、もう肌は見えていないのに、それでも下着が脳裏をチラつくせいか、彼女の瞳に何か攻め立てられているような気がするからか――目を合わせられない。


「わたしが下着姿になって佐志路部君を迫ったのが本当なのか、ただ裸族だったことが本当なのか。……佐志路部君はどっちだと思います? どっちが嬉しいですか?」

「嬉しいって……だって、浮津さんはっ」

「だってわたしは? ……仮の恋人で、試験期間ですもんね。それも佐志路部君が好きだから立候補したわけじゃなくて、ただ恋愛を経験したかっただけという理由の」


 俺が言いたかったことをすべて先回りして説明してくれる。

 心配りの行き届いたクラス委員長だった。そんな彼女の本心が、全くわからない。――いや、本当にわからないのか?


「ねえ、佐志路部君はどう思いますか? わたしが本当に裸族だったとして、それでもクラスメイトの前で服を脱ぐと思いますか? 好意のない相手とただ経験したいからと言って、彼女になりたいと立候補すると思いますか?」

「……そう思うって、だって浮津さんが言ったことだし」

「ふふふっ、佐志路部君は思ったことをだいたい口にするし、嘘なんてつかないですからね。そこが佐志路部君のいいところですし、人として素敵だと思いますが」


 俺に取って、誠意とは相手を信じることだと思っていた。

 相手につつみ隠さないで正面から向き合うことだと。


 しかし、どうだろうか。今の俺は、ずっと情けないばかりだった。


「本当は、そういう佐志路部君のこと上手く利用するつもりだったんですけど」

「えっ!?」

「だって佐志路部君、わたしのこと本当に表面でしか見ていないですよね? だからだいたいなに言っても信じてもらえるって自信ありましたから」

「……それは、まあ」


 困惑する俺をおいていくように、浮津さんが数歩、歩幅を大きく前に進んだ。


 黒い髪が背中にかかって、少しだけなびいた。


「だけど、さっきの妹さんのことを見ていたら……ちょっとだけ気持ちが変わりました。上手いこと騙しても、このままじゃ佐志路部君はやっぱり妹さんのことしか考えない人だろうなって」

「えええぇ!? いや、俺は」

「作戦、変えました。ちゃんと妹さんと向き合ってもらってから、改めて――」


 くるりと、浮津さんが振り返った。


「騙します」

「騙すのっ!?」

「襲います」

「襲っ!?」


 もしかして、また冗談なのか。

 にやりと笑う彼女は――本気なようで、だけど俺をからかっているようにも見えた。


 しかしおそらく、俺に求められている誠意とは――つまり彼女の言葉の意味を真剣に考えることなのかもしれない。


(え、そうなのか? ……わかんないって、普通に言って……言ってくれないとわかんない……)


 もしかすると、俺はまだまだ子供だったのかもしれない。

 そうか、高校生。もしかして、いつの間にか俺は周りに置いていかれていたのだろうか。


 ただ浮津さんのことは一旦置いておいて(彼女の見送りも完了した)、家に帰ると俺を待っている妹のことが問題だった。


 ――服、着ているんだろうか。


 まずそこが第一の問題だった。重大である。

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