第36話 これからしたいことは、裸?

 服を脱ぎたくなるときというのはいつだろうか。

 暑いとき、汗をかいたとき、服が汚れて着替えたいとき――それ以外では、入浴時くらいしか思いつかない。


 他に、あるのか? リビングで脱ぐ必要、あるのか?


 けれども今、妹が服を脱ごうとしている。

 思えば、全裸の妹には何度か出くわしたものの、目の前で服を脱がれるのは初めてのことだった。


 って、止めなくては!!


 目の前で妹が服を脱ぐのを黙って見ている兄貴がいてなるものか。

 まして浮津うきつさんもいるのに。


波実香はみかやめろっ、なんで服を脱ごうとするっ! 落ち着けって」

「なんで止めるの!? お兄ちゃんだって脱いでるのにっ」

「俺はだって自分の意思じゃなくて……」

「じゃあなに!? 服が勝手にどっかいったっていうの!?」


 クラスメイトの女子に脱がされた――というのは兄として、どうにも口にしづらい。情けない。本当に情けない。


「俺はほら、男だから……?」

「じゃあ浮津さんは? お兄ちゃんとなにしてたの、誤魔化さないで正直に言えるの?」

「だから誤魔化すもなにも!」

「もうお兄ちゃんなんて知らない……勝手に脱ぐから放って置いてよ」


 別に俺だって、妹が自分の部屋や俺の居ないところで脱ぐのは構わない。だけど、兄の前で脱ぐなと言っているのだ。

 けれど上半身裸の俺に説得力がないのもたしかでまごまごとしていると、妹は鞄を床に放ってそのままブレザーをスルリと肩からずらした。


「ねえ、妹さん」


 もう先に脱いでいる(わけでもないけど)浮津さんが、白い肩を見せる妹を呼ぶ。


「なんですか」

「ごめんなさい、冗談なの」

「冗談って」

「あはは、全部です。全部。びっくりさせちゃってごめんなさい、ね、佐志路部君も」


 浮津さんが声を出して笑った。え、冗談って。


「妹さんもそうですよね?」

「あ、あたしっ!?」

「佐志路部君が――お兄さんがあんまりにもものわかり悪いから、からかってたんだよね?」

「からかってって……」


 妹がふざけているようには見えなかった。

 いや、兄の俺には、妹がなんでこんなことをしているのかわからなくても、本気なのだということは間違いなくわかった。

 怒っていて、いつもよりだいぶ感情的になっていたが、嘘とか冗談ではなかった。


「ねえ、違うんです? 言って置くけど、佐志路部君が言っているのは本当ですよ。わたしが無理矢理脱がしただけで、佐志路部君がなにか……その、わたしとなにかしようなんてことは微塵もないです」

「なにかって!! そ、それ……本当なんです?」

「ええ、誓って」

「……お兄ちゃん?」


 妹は、浮津さんと俺を交互に見た。

 俺は情けない気持ちで黙っていた。


「それとも、本気だったのかな? 妹さんは、お兄さんに自分の裸を見せようとしていたの? それが目的で、今まで見せてきたの?」

「見せつけるとかじゃなくて……!!」

「だったらどうして脱いだんです? 自主的に脱ぎたくて脱ぐんだったら、呼び方は自由だけれど……佐志路部君に裸族って思われてもおかしくなかったなーって」

「それは……そう、かもだけど……」


 よくわからない。よくわからないが、女性同士だからこそわかりあっているのだろうか。一向に俺の話を聞いてくれそうになかった妹が、浮津さんの言葉で落ち着きを取り戻していた。


「もしね、本気だったら。わたしは服を脱いで、佐志路部君に迫ってたことになるし、今日はタイミングよく妹さんが来ちゃって残念だったけれど……次の機会もまた同じことするかもしれない。そう思わないです?」


 にこっと、と浮津さんが笑った。

 言っている内容もとんでもないのだが、俺はなぜかその笑みそのものに背が冷えた。――妹を説得してくれているんだよね?


「……あ、あたしも……本気じゃなかった。冗談っていうか……ら、裸族だった」


 妹はそう言いながら、服の乱れを直し始めた。


「お兄ちゃんも……浮津さんも……冗談だったなら、服、着た方がいいよ。いつまでもその格好は……」

「あ、ああ! そうだな!」


 俺は、あわてるようにして服を着た。浮津さんも「そうですね」と続く。

 解決したのだろうか。いや、俺にはそう思えなかった。



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