第35話 三人ですることは、裸?

 やっぱり隠しておきたいことだったのか?

 裸族同士であっても、「この人裸族なんですよー」って勝手に第三者が言うのは失礼だったのだろうか。


 だが信じてほしい、決してこの場を誤魔化すために言ったわけじゃないんだ。二人が裸族であることによって、これから友情が生まれるんじゃないかと思っただけなんだ。


 本当によかれと思ってで。


「お兄ちゃん……なに、言っているの?」

佐志路部さしろべ君……なに、言っているの?」


 戸惑う二人だが、表情は違って見える。

 妹は口をぱくぱくと動かしながら、徐々に顔を赤くしている。驚きと困惑と……照れ?


 浮津うきつさんは一瞬開いた目を、じっとりと細めて俺を見つめている。驚いた後、呆れているようだ。


「なにってえっと……だから二人とも裸族だから、仲良くなれるんじゃないかなって」

「裸族ってなに……」

「裸族ってなんのことですか?」

「えええぇ!?」


 いやいや、二人ともその反応はおかしくないか。じゃあなんだ、君たちが今までしていたことはなんだったんだ。


 しかし、二人はしらばっくれているようにも、恥ずかしさから嘘をついているようにも見えなかった。


「……波実香はみか?」

「えっと……裸族ってさ……あたしのこと……?」

「違うのか? だって――」

「あれはそういうんじゃ……っ!」


 そういうんじゃない? 裸族じゃない? そういうことなのか。

 確かに、俺がずっと裸族になったと思っているだけで、妹の口からそう説明されたわけでも公言されたわけでもなかった。


「え、でもじゃあ……なんで裸に……?」

「それはっ……えっと……」


 妹の視線がふわふわと宙をさまよった。一度浮津さんの方を見ると複雑な顔になった。まだ下着姿だからだろうか。妹はあんなおしゃれな下着持っていないだろうし、そういう気持ちもあるんだろうか。


「……なんか、ちょっと裸になりたかっただけ……だよ?」

「ちょっと!? 最近ずっとだったろ」

「……それが習慣になってただけで」

「それを裸族って言うんじゃないのか!?」


 よくわからない俺に、妹も言葉を選びかねているようだった。もしかして言いづらい事を無理に言わせているのか。


 ――そうだよ。兄貴の俺にも裸族だって言ってなかったくらいなのに、その友人がいる場所で「お前は裸族だろ」なんて無神経過ぎた!


「すまん、俺が勘違いしてたみたいだ」


 事実はともかく、俺が決めつけて良いことではなかった。

 俺は訂正して頭を下げるが、


「待ってください。妹さん……波実香ちゃんは、佐志路部君の前で裸になるんですか? それでえっと、それは裸族ではないんだよね?」


 浮津さんが口を挟んだ。

 さっきまでの委員長らしからぬ表情から、いつもの優しげな微笑みに戻っている。下着姿のままだが、こちらの方が浮津さんらしい。


「あたしは、裸族ってわけじゃ……だいたい、いつも裸じゃないし……」

「それはつまり、佐志路部君の前だけってことかな?」

「そ、そういうわけじゃ……たまたま……そうってだけで」

「ふぅーん、たまたま」


 兄の俺よりもずばずばと聞いている。さすが仕事もできるクラス委員長だ。対比で兄としての威厳が失われないか心配だった。


「だったら、わたしも裸族じゃないなー」

「どういうことだ……? だったらって?」

「わたしもたまたま佐志路部君の前で服を脱いで、たまたま佐志路部君の服も脱がしたくなっただけだから」

「たまたまでそんなことあるのか!?」


 いくらなんでも無茶苦茶じゃないか。

 しかしまた俺が無理矢理決めつけてしまっても仕方ない。


「ふふっ、なーんて嘘です。たまたま脱ぐなんてありえないですよ。ねえ佐志路部君」

「おいっ、どっちなんだよ!?」

「そんなの見てほしいから脱いだんですよ。わたしは佐志路部君に見せたかったから脱いだんです」

「えっ、いやそれは……!? 浮津さんがそんな」


 浮津さんは、さっきからなにが言いたいんだ。

 ころころと話を変えている気がして、なにがなんだか。だいたい見せたいって。


「見せたいって……そんな……」

「女子が、男子に体を見せようとする理由って何だと思いますか? ふふっ、佐志路部君にはわかりますかね」

「えっ、いやだって……そんなの……」

「妹さんはどう思います? お兄さんは難しくてわからないみたいですけれど」


 急に、浮津さんは妹に話題を振った。俺はわからないから黙っていたわけではないが、かと言って頭に浮かんだことが正解とも思えなかった。


 だって、浮津さんは――。


 面接で彼女は、俺のことを嫌いと――は、言ってなかったか。それは蓮華院れんげいんだけだ。でも俺のことを好きだという女子には帰ってもらった。明確な好意で答えられない以上、好かれている相手にこんなことをするのは不誠実だと思ったからだ。


 だから浮津さんは、俺のことを好きなわけではない。

 あくまで恋愛を経験したいだけ。

 つまり、恋愛として俺に下着姿を見せようとした!?


 高校生の恋愛事情って……俺が知らないだけで、そんなに進んでいるのか!?


「あ、あたしは……だって……その……」


 中学生の妹は頬を赤らめながら黙ってしまった。くっ、高校生の兄として代わりに答えるべきなのか。妹の裸に正気で向き合えるよう、お兄ちゃんは恋愛体験中なのだ。正確に言うと体験前の試験中……という意味のわからない状況なのだが、まあそういうことだ。


「どうしたのかな、妹さん?」

「……や、やっぱり、やっぱりおかしいよっ!!」

「は、波実香!? おかしいのはその通りなんだが……その落ち着いてくれ……悪いのは俺で……」

「それだったら、あたしが今脱いでもいいってことじゃん。……あたしだってたまたま脱ぎたくなってもいいよね……」


 ――いやいや、そっちのがおかしいよ!? どういうこと、なんで脱ぎたくなるの!?

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