第34話 出会う二人の趣味は、裸?

「え、え、え」


 俺の淡い期待はあっさりと破れて、妹の表情が固まった。

 半開きの口からは壊れたみたいに短い「え」が連続する。


「お兄ちゃん?」

「こ、これはっそのっ!!」

「嘘、嘘、嘘、幻、幻、幻」

波実香はみかっ!?」


 俺を呼びかけるか細い声に、慌てた。どうしていいのかわからないが、大きな声を出した。


 あたふたとみっともない俺を余所に、浮津うきつさんは「あーあ」とやけに大袈裟なため息を吐いた。どういうことだ? 俺を裸族に使用としていたところで、邪魔が入ったからか?


「残念だったね、佐志路部君」

「残念って!?」

「続きはまた今度。それより、妹さんどうにかしないとだね」

「続きっ!? しないよっ!?」


 うっすら笑みを浮かべながらも、浮津さんは俺の上から離れた。よかった、妹の前でこれ以上脱がされそうになったら、さすがの俺ももっと大きな声とか出していたと思う。


「波実香! おい、大丈夫か? お兄ちゃんのことわかるか?」

「わかんない……わかんない……」

「俺だぞ、波実香のお兄ちゃんだ!」

「わかんない! だって、だってお兄ちゃんが……家で女の子と裸で……ありえないし……わかんない……」


 妹の焦点が定まってきたと思えば、ぎゅっと目をつぶった。俺を見ようともしない。


「待て待て、裸じゃないぞ。ほら、服はちゃんと……」


 そう言いながら、外れかけていたベルトを戻す。シャツは向こうに落ちていて、上半身はどうにもならないが……今はそれどころじゃない。


「……着てなかったじゃん」

「そ、そりゃちょっとはその脱げてたけど」

「ちょっとってなに!! 女の人……下着だったよね!? 見覚えある……そうだ、浮津さん……だっけ? 浮津さん、下着だったよね!! そんなの、裸じゃんっ!!」

「は、裸ではないけど……」


 わかる。わかっている。

 年頃の妹からしたら、普通は裸も下着姿も大差ない。

 だけどそれを――裸族の妹に言われるとなんだか納得できない。


(妹は全裸、正真正銘の素っ裸でリビングうろうろしてましたよね!?)


 しかし、そんなことは今言ったところで反論にも言い訳にもならない。


「あーその……ごめん、波実香。兄貴がリビングで……こんなことして……帰ってきてこんなもん見ちゃって……嫌な気分だったよな。驚かせたろうし、怒っても仕方ないよな」

「謝罪っ……してほしいわけじゃないっ」

「いやっ、悪いのは俺だ! 俺だって……帰ってきて波実香がこんな風に服を脱いでいたら――」


 おっと、最近帰ってきたら妹が裸なのはいつものことだった。まずいまずい、心からの謝罪が嫌みや言い訳になってしまう。そんなつもりはないのだ。


 ないのだが――。


「で、でも、その……波実香なら理解してもらえるんじゃないか? 俺は正直抵抗有るんだが」

「理解!? お、お兄ちゃんの幸せを……応援しろって事!?」

「え? そうじゃなくてほら……波実香も嬉しいかなって?」

「どういう意味? ……お兄ちゃん、本気で言っているの?」


 裸族というのが、この世界にどれほどいるのかわからない。

 ただあまり大っぴらに公言するタイプとも思えないし、きっと同士――裸族仲間を見つけるのは難しいだろう。

 なるほど、もしかしてだから浮津さんは仲間ほしさに俺を無理矢理裸族に? なんだ、それなら妹は元から裸族なのだからちょうどいいじゃないか。俺が裸族になるよりずっと話が早い。なにより二人は女子同士――同性の方が、裸でいてもお互い気兼ねないだろう。


 いやまあ、仮に俺も黒沢と用もなく裸でいるのは、気兼ねしかないけど。したくないけど!


「俺は二人が仲良くなってくれると嬉しいんだけど……」


 妹が裸族だということも、浮津さんが裸族で俺を仲間に引き入れようとしていることも――裸族でない俺が勝手に言っていいことなのかわからなかった。

 仮に俺が裸族だとして、それを黒沢に広められたら――困る……のか? いや、別にそこまででもないのか? そもそも裸族って、同じスペースで暮らす人間以外には特に影響もないし、単なる個人の趣味嗜好みたいなものだし、変に俺が気を遣いすぎて腫れ物みたいに扱うのもおかしいのかもしれない。


 そうだよな、二人は同士なんだし、俺がバシッと仲を取り持つ意味でも――、


「つまり、二人は裸族なんだ! そうだ、だから仲良くなれるよ!」


 よかれと思って言った言葉だったが、妹も浮津さんも目から光が失われた。

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