第27話 頼み込むのは、下着

 目が丸くなって、口が数度パクパクと動いた。

 それから、「え?」と声が漏れて、「なんて言ったの?」と呟いたと思うと「でも……下着見せてくれって、聞き間違えじゃない……し」と勝手に自己解決すると、


「なっ、なっ!! なんてっ、なんてこと言ってっ!!」


 蓮華院れんげいんは耳まで真っ赤にして叫んだ。

 いくら人気ひとけのない校舎裏だからって、大声出すなよ。誰か来たらどうするんだよ。


「下着見せろって……そんなだって!」

「待て待て、落ち着いてくれ。無理にとは言っていないぞ!」

「無理矢理なんて犯罪でしょっ!!」

「だからな……蓮華院が良ければだけど……」


 こんな反応されると思っていなかったので、俺の声はどんどん小さくなっていく。

 あれ、おかしいな。昨日自分から脱ぎだした人は誰だ。


 しかし蓮華院の表情を見ていると、――もしかして、俺はとんでもないことを言っているんじゃないだろうか。


(え、俺、クラスメイトの女子に下着見せてってお願いしちゃった?)


 しかも相手は俺を嫌っていて、加えてなにかあれば俺を家族ごと日本から消せるような力の持ち主(多分)だ。


「あれ……警察……呼ばれる?」


 司法の手に委ねられるならまだいい。だが国家権力よりも恐ろしい蓮華院家の一人娘の逆鱗に触れたとなれば――。

 俺や親父だけならまだいい。親父が急に海外出張を命じられて、明日から一人シベリアで働くことになっても笑顔で見送れる。単身赴任、頑張ってくれ。俺は寒いと鼻水が出ちゃうからついていけない。

 しかし妹や母になにかあるようなことは、長男として絶対に阻止しなくてはならない。


「蓮華院……っ、待ってくれ!」


 俺は両膝を地面についた。

 恥も外聞もない。兄貴として、長男として家族を守らなくてはいけない。


「さ、佐志路部……っ!?」

「頼むっ!!」

「そ、そんなになの!? そんなに……私の下着が見たいのっ!?」

「えっ?」


 頭を下げようとする俺に、なぜか蓮華院は明後日の勘違いをする。

 たしかに先ほど下着姿を見せてほしいと頼んだばかりだった。だが、さっき言った通り『無理に』ではない。蓮華院が俺に『下着を見ろ』と言って、俺も女子の下着姿を見て、妹の裸に耐性を付ける必要があるのだ。


「佐志路部……そう、なんだ。へぇ」


 頬を赤らめる蓮華院の表情はどこかとろけてみた。


(……よくわからないが、怒っていない?)


「ふっ、ふふっ……なによ。シスコン……やっぱり昨日の最後のも、そういうことだったんだ。ちゃんと興味あったんだ」

「えっと……興味は……まあ……」

「土下座してまで私の下着姿が見たいと……ふーんっ、変態」

「いやまぁ」


 ここ数日、変態であることを否定できるような振る舞いはできていなかった。


「……わかった。いいよ、見せてあげる」

「えええぇ!? い、いいのか!?」

「ここじゃ無理。……昨日みたいに、二人きりの場所なら」

「でもっ」

「大丈夫、次はビンタしないから」


 クラスメイトの女子に、下着姿を見せてもらう約束を取り付けてしまった。

 昨日既に一度見せてもらっているとは言え、突如始まった交際(審査期間)と同じくらい信じがたいことである。

 ――いや、今回に関しては紛れもなく俺から頼んだんだけど。


「でも、条件が一つあるから」

「金か!?」

「……見せるとき、私が言うことをちゃんと信用すること」

「ん? えっと?」


 どういう意味だ、それ。

 蓮華院に下着姿を見せてもらうときに、言われたなにかを信じろ――それは、まあいいけど。


「……ずっと誤解したままだと、困るから」

「えっと……まあ、わかった」

「あっ、でも審査……面接……まあいいか、浮津うきつも私と同じようなものだろうし」

「浮津さんがどうしたって?」


 俺の質問には答えず、蓮華院は「準備しておく」と手の平をヒラヒラさせて去った。

 準備か。昨日の明らかに庶民のカラオケじゃないお店も、なにかの準備だったんだろうか。しかしいったい何の準備だったのだろうか。


 でもまさか下着姿になる準備でもないだろうし。やっぱり、金持ちが行くカラオケはあれが普通なのかな。

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