第26話 見たいのは、裸?
頬の腫れは引いたが、心の痛みは癒えていない。
それほど強く叩かれたわけではなかった。しかし、俺がなにをしたというのか。
家に帰ると、今日もいろいろあって遅くなったから妹が待っていた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「……ただいま」
全裸だ。
これ誰か俺以外の来客があったらどうするつもりなんだろう。まさかそのまま玄関に行くこともないだろうけれど。
親父も母さんも帰ってくるのはもっと遅いし、その頃には妹も服を着ている。
それでも予期せぬお客さんだって、時間指定されていない宅配便だってありえるわけだ。
やっぱり心配だ。心配だけど、
「まじまじ見てもビンタされない……なんて幸福なことなんだ……」
おかしいな。妹の裸を見て邪な感情が抱かないようにと頑張っているはずが――いや、暴力のない平和な裸に感謝の気持ちを感じているし、全然邪ではない清らかな精神なのか?
「お、お兄ちゃん?」
「なんだ?」
「……あ、あたしの体、すっごい見ているけど……なにかなって」
「え?」
そう言われてみると、今まで――過去の二回はなるべく見ないようにしていたのを思い出す。
もしかして、俺は成長したのか? 妹の全裸をこんなに真正面から見ている。
だが言われて意識し出すと、やっぱり可愛い可愛い妹が裸なのだ。なにか変な気持ちになってきた。
「……悪い。そんなにじろじろ見るつもりじゃなかったんだ」
「べ、別にいいけど。見ても」
わずかながら成長を感じたけれど、やっぱりまだまだ妹の裸と向き合うには俺の経験値が足りないようだ。
――初めてデートして、女子の下着姿を見て、ビンタされて。
けっこう一日でいろいろなことを体験してきたとは思う。でも妹の全裸と比べると、まだまだたいしたことのない経験なのかもしれない。
(ん? 待て、妹の全裸をものともしないようなことってなんだ? 俺はいったい、なにに慣れたら妹の裸が平気になるんだ?)
辛いものが平気になるには、多分同じくらい辛いものをいっぱい食べて感覚を麻痺させるのが早い。
もっと辛いものでもいい。
少なくとも、同等以上で慣れる必要があるはずだった。
妹の柔肌よりも――俺に何かよこしまな感情を抱かせるもの。
待て待て、家族の裸と、クラスメイトの女子の下着姿だ。
これで後者に勝ち目がないということもないだろう。
いくら脱いでいる量が多いからと言って、家族として一緒に育ってきた妹相手だ。クラスメイト女子の下着の方がよほど非日常的であり、扇情的なものであるはずじゃないのか。
――やはり、見たって言っても一瞬だったからか。
つまり、俺がするべき事は。
◆◇◆◇◆◇
翌日、話したいことがあると
「
お昼休みの校舎裏、蓮華院はいつになく不安げな顔で現れる。
俺に脅えているのか? 下着姿を見てきた男だから? いや、まあ俺も悪かったのかもしれないけれど、自分で脱いで見ろとまで言って、しかもビンタまでしてきたのに……そんなに警戒するか?
「昨日のことだけれど、私……」
でもこういう時ってのは、たいてい向こうにも向こうの言い分がある。
俺からすれば、俺に非が一切なくても、蓮華院には蓮華院の事情があって、それを考慮すれば俺にも悪いところがあるのかもしれない。
気づいていないだけで、俺に少しでも非があるなら謝る。
「昨日は、ごめん」
深々と頭を下げる。
だいたい意地の張り合いってのもある。俺が頭を下げることで、誤解がすんなり解けならそれでいいのだ。
親父が言ってたいた。『自分が悪くないなら、謝る必要なんてない――と言う男もいるが、そんなやつはモテない』と。
「ごめんって……なんで佐志路部が……謝るのは、私の方じゃないの」
「そんなことない! 俺が悪いんだ。……その、どうしても蓮華院の下着姿が見たくなって」
「わっ、私の下着姿がっ!?」
「ああ……」
クラスメイトの下着姿という妹の裸より強い刺激があれば、俺は兄貴としてまた一つ成長できたはずだった。昨日は衝動的にがっついてしまったが、改めて頼むつもりだ。
「……興味ないフリしてたくせに。ムッツリシスコンなくせに……そ、そうだったんだ」
むふっと蓮華院が笑った。
妹好きであることは、時に嘲笑の的になる。しかし俺は――俺の妹は胸を張って大好きだと言えるほど可愛いのだ。俺は笑われたって、ビンタされたってかまわない。
「頭……上げてよ。私も、悪かったから。……自分で脱いでおいて、佐志路部と目が合ったら急に恥ずかしくなって……本当にごめんなさい」
顔を上げると、蓮華院は赤い顔でなぜか少し嬉しそうだった。
嫌いな相手である俺が頭を下げたことに、興奮しているのか?
「俺のこと、許してくれるか?」
「……最初から、佐志路部に怒っていないから。ただ反射的にやったことで……ごめん」
「いや、怒っていないならいいんだ! 仲直りしよう!」
よし、予定通り事が進んでいる。
蓮華院が俺を突然ビンタしたり、謝罪させて喜ぶような嗜虐性の持ち主であることは多少懸念であるものの――これで俺は、当初の目的をお願いできる。
「それで、改めてお願いしたいんだが、いいかな」
「……お願いって? お詫びじゃないけど、私にできることなら」
「もう一回下着を見せてくれ! 今度はもっとしっかりと!!」
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