第24話 見たいのは、裸?

 白くて長い脚をなるべく視界に入れぬようして、俺は蓮華院れんげいんの顔を見る。

 泣きそうに見える。でも泣きたいのは俺の方だ。


 人生で初めてのデートだった。

 相手や状況は特殊だけれど、俺は全力で挑むつもりだった。

 カラオケも久しぶりで、店に着く前はなにを歌おうかと楽しみにしていたのに。


「脚……こんな、誰かに見せたことないんだから……」

「そ、そうか? 私服でもないのか?」

「……私服でも、脚は出さないから」

「そ、そうなんだ」


 だからなのか。縫いだと言ってもただ脚だけなのに、なぜかとても扇情的に思える。

 落ち着け俺。脚だけだぞ。つい昨日も妹の全裸を見たばかりだ。脚だけでなにをうろたえている。こんなもの鼻で笑って終わりだ。興奮なんてするな。

 よし、妹の裸を思い出そう。あれに比べたら蓮華院の脚など、たいしたことない。


 蓮華院は確かに美人だ。高校一年生にしては大人びていて、美少女であり、美女とさえ言える。だけど妹は負けないくらいの美少女で、しかも裸だもんな。全裸よ、全裸。


「妹の裸に比べたら、たいしたことない。そう、たいしたことない」

「……佐志路部さしろべ?」

「ん? 悪い、声に出たか?」

「け、警察……呼ぶ?」


 真っ赤だった蓮華院の顔が、一瞬で青白くなった。


「えええぇ!? な、何でだよ! 蓮華院が自分で脱いだんだぞ」

「……わ、私のことじゃなくて……妹の裸って……佐志路部、やっぱり妹以外の女の子に興味ないわけ?」

「言っとくけど、まず妹を女子のカテゴライズで見てないんだよっ! 裸のことはちょっと例外で……」

「女子じゃなくて妹にしか興味がない……妹の裸にしか興奮しない……」


 なんだろう。ねつ造ってこいう風に生まれるんだろうか。


「……じゃあ、私の気持ちもわからないの? どれだけ脱いでも?」

「まず気持ちと脱ぐことの関係性がわからないんだけど……」

「……わかった。ブラウスも……脱げばわかるでしょ? 佐志路部の妹より、私のが大きいし」

「謝る! 気持ちがわからないのは謝るけど、俺の言葉も少しは理解してくれないか!?」


 蓮華院が二つ目のボタンを外した。

 上から二つ目――第二ボダンではなく、お腹の前のボタンだった。


「ど、どう? わかった?」

「……? ごめん、もうなにがしたいのかもよくわからないんだけど」

「お、おへそ……見える? そこからだと見えない?」

「あ、おへそ見せようとしてくれてたんだ……」


 妹より大きいというのはなんだったんだろうか。

 妹のおへそ。それこそ腹なんて、前からよく出してあるいていたからな。妹のおへそなら見なくても絵が描けるくらいだ。

 しかし――。


「……サイズは変わらないと思うけど? でも、綺麗でいい形だな」

「なっ!? へ、変態っ!!」

「変態なのか!? どうって言われたから、へその感想を伝えたのに!?」

「おへその感想なんて聞いてないっ!!」


 と逆ギレされてしまった。じゃあブラウスのお腹の前を開いて、俺に見せようとしていたのはなんなんだ。その白い腹と、小さなおへそは俺になにを求めているのか。


「……おへの気持ちはわからないな」

「おへその気持ちじゃなくて、私の気持ちを聞いているんでしょ!? ……わかった、私の覚悟が足りていなかった。そうだ、佐志路部は妹の裸を見て興奮する変態なんだ……脚とおへそだけじゃ……」

「あの、本当にごめん。蓮華院の気持ちも、本気でわからないです。やめてください、ブラウスのボタンにこれ以上触れないでください」

「……ずっとお腹出してろって言うの?」


 じとりとにらまれて、「そういうつもりじゃない!」と否定すれば、蓮華院がまたブラウスに手を伸ばした。お腹出していると冷えるからな。うんうん、早くしまって――。


「って、第二ボタンを外すんじゃないっ!! 言っていると事とやっていることが逆だっ」

「佐志路部だって……本当は、私の裸……見たいんでしょ。ムッツリなだけで……」

「ムッツリは否定できないけどっ!!」

「……シスコンムッツリ」


 飛んだ罵倒を浴びせながら、蓮華院がブラウスのボタンを外していった。すべてのボタンが外れ、白い肌と淡い色の下着が――。


 俺は急いで顔を逸らした。

 だけど目が吸い寄せられるようで、かなりしっかりと見てしまった。

 そういえば、全裸は妹で二度もおがんでしまったものの、女性の下着姿というのは――ちゃんと生で見たのは初めてかもしれない。


(下着姿より全裸を先に見た……レアな経験なのでは!?)


「ちゃんと見て。顔、逸らさないで、シスコン」

「シスコンじゃないんで……ちょっと無理です……」

「シスコンじゃないなら、私のことも見なさい」


 ダメだ、やっぱり俺はシスコンなのかもしれない。

 仮の交際相手で、俺を嫌っている女子の下着姿を見るなんて――妹に顔向けできないと思ってしまった。


「……俺、やっぱりシスコンなのかな?」

「わ、私に聞くの!? この状況で!?」

「蓮華院が言ったんだろ、俺のことシスコンって」

「そうだけど……え、シスコンじゃないの? 佐志路部がそこに疑問があるとは思わなかったのだけれど」


 そういえば、昨日の面接の時も俺はかなり妹好きだと思われているようだった。

 妹好きではある。しかし世間的に、それが広く認識されているのはどうなんだろう。

 それに――。


「シスコンはともかく……妹の裸に変な気を起こさないように彼女をつくったのでは?」


 つまり俺は、蓮華院の下着姿を見てもいい?


「見るぞっ蓮華院!!」

「ちょっと!? え、なに!? なんで、そんな急に心変わりして――ひゃぁっ」


 かっぴろげた両目を彼女に向けると、なぜかビンタされた。


 ――理不尽すぎる。自分で脱いで、見ろと言ってきたのに。


 やっぱり見るなら、妹の裸のがよかったのではないか。

 痛む頬をさすりながら、俺はそう思った。

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