第21話 ハンバーガーを食べるときは、着衣

 実に愚かな中学生時代である。


 黒沢くろさわは俺が女慣れしていないと言っていたけれど、あの頃と比べればいくらでも成長しているのではないか。


 ――いや、本当にあの時の俺はなんにも考えていなかったのだ。


 蓮華院れんげいんは別に自分の容姿に自信があるからとお高く止まっていたわけじゃないし、親が金持ちだからってそんなこと気にしなくていいなんてこともなかった。


 俺が間違っていたのだ。


「……あの、改めて本当にすみませんでした」


 ハンバーガーをかじる蓮華院に、俺は深々と頭を下げた。


「やめて。頭あげて」

「……ゆ、許してくれるのか!?」

「許すとかじゃ……あーもう、わかった。許す。許すから、とにかく」


 顔を上げると、蓮華院が目を細めていた。にらまれている……のだろうか?


「はぁ、本当に佐志路部さしろべって……わかった。私も、もう一度謝るから。前も言った通り、あの時のことは手違いだから。原因は私で、佐志路部が悪いわけじゃない」


 蓮華院はハンバーガーの包み紙を綺麗に折りながら言った。


 育ちが良いのだろう。やはりハンバーガーをかじるといっても、大きく口を開けるようなことはしない。小さな口で、丁寧に端からかじっている。口元も汚れていない。


 あの時のこと――というのは、蓮華院家の黒服に連行されかけた事件だ。謎の黒服サングラスに経過して逃げようとする俺を追いかけてきて、『いいから蓮華院様の家に来てもらうぞ』というのだが、なにが待ち受けているのか想像するのも恐ろしいので死に物狂いで抵抗した。


 当時バスケ部で、足腰を、瞬発力を鍛えていなかったら――。


 今頃、俺はどうなっていたのだろうか。


「……もしかしたら、俺もこのハンバーガーみたいに」


 挽肉だ。

 まあ、俺は国産なので、このハンバーガーチェーンのパティにはならないだろうけれど。


「あれは、親に少しだけあなたの話をして……そしたら、その私の親も早とちりして……まあ、私もあんまり親にその男……友人ね、友人の話ってしたことがなかったから」

「俺、グラムいくらくらいなんだろう。そこらへんのスーパーで売っている肉より安いのかな? 国産って言っても、食用じゃないし……」

「……聞いてる?」

「聞いてる聞いてる! ……俺が身の程をわきまえてなかったことは、本当に反省しているんだって!」


 万が一ミンチにされたことも考えて、前向きな人生設計を模索している場合ではなかった。

 でも蓮華院の話は聞いていた。やっぱり、彼女が親に密告したか。『学校に舐め腐った庶民がいるのよ、お父様、お母様。いえ、別にわたくしから何かしてほしいということではなないのだけれどね。ただ蓮華院家の人間にそんな態度を取るとどうなるのか、教える必要がるのではないかしらと、そう思っただけよ』とこんな感じだろうか。


 恐ろしいな、貴族はこういう遠回しなやり取りで『自分には責任はない。やったのは下の人間だ』というのを常に頃から徹底しているのだろう。


「わかってない。……佐志路部って、シスコンばっか有名だけど、もっと他の部分の異常性も着目されるべきよね」

「え? 俺の妹が可愛いって……?」

「もういい。食べ終わったし、次行きましょう。……私の行きたい場所でいい?」

「えっ、いいけど」


 蓮華院がトレーを持って立ちあがった。俺は慌てて、「片付けは自分の仕事です」と引き取ったが、また眉をひそめられた。彼女が動く前に俺が片付けるべき仕事だったのだ。


「どこ行くんだ?」


 店を出て、俺はおそるおそるたずねた。『地獄だ。しかし行くのはお前だけだけどな』みたいなこと言って、路地から大量の黒服が現れる可能性もある。俺は帰宅部になってだいぶ鈍っているから、逃げ切れないかもしれない。


「カラオケ」

「……カラオケか」


 身構えていたが、存外普通の回答にほっと胸をなで下ろす。

 普通だ。普通に、デートっぽい。


「よし、俺のaiko聞かせてやるよ!」

「……え、佐志路部、aiko歌うの?」

「おう、十八番だ。俺のミドルハイパーボイスに聞き惚れてくれよ」

「……え、なんかキツいからやめて」

「キツいってなんだよ!? もしかして、aiko嫌いなのか!?」

「……aikoは好きだけど、佐志路部がキツい」

「カラオケ行くと、毎回妹もすっげー聞き入ってくれるぞ! 他の曲の時はマラカスとかタンバリンで騒がしいのに、あの時だけ真顔でな」

「……それ聞き入っているわけじゃないでしょ」


 妹と二人でカラオケに行くと、だいたいかなりにぎやかになる。俺のタンバリン芸は中々なもので、妹もリズム感があるから、二人してお互いの歌を盛り上げ合うのが恒例だった。

 しかし、俺のaikoだけは別だ。妹も手を止めて、顔の表情も止めて、俺の歌声に酔いしれるのだ。


「ま、蓮華院も聞けばわかるさ」

「……歌が目的じゃないけど」


 俺はいくつかの持ち曲からどれにするか悩んでいると、蓮華院が「こっち」とずかずか歩いて行く。


「え、カラ館あるけど」


 すぐ近くのカラオケチェーンには目もくれず、蓮華院は明後日の方向へと進んでいく。別の店がいいのだろうか。俺も特にこだわりがないのでついて行くが。


「ま、待て……これ、本当にカラオケか?」


 どうにも俺の知っているカラオケチェーンではなく――というか、なんか明らかに高級な店構えだった。


「なに? 文句あるの?」

「……い、いえ」


 大丈夫かな。俺が知っているカラオケ機種入っているんだろうか。

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