第20話 回想は、着衣

 しかし、あれから蓮華院れんげいんをいつ見ても忙しそうなときなんてなく、いつも独りで暇そうだった。


 授業中は多分真面目に受けているだろう。たまに遠目に横顔を見ると、端正な顔は真っ直ぐに黒板へ向けられていた。


 だが休み時間は、いつも独りだ。

 本を読んでいたり、窓から外を眺めていたり。もちろん本を読むのが好きな人間からすれば、本を読んでいるのは暇つぶしではないのだろうけれど。


(……でも誰かと話しているとこ、見たことないんだけど)


 余計なお節介かもしれないが、少しだけ気になった。

 昼休みも、一人で弁当をつついているみたいだし。


「おーい、蓮華院」


 俺は弁当をひっさげて、蓮華院の席に近づいた。


「なに? えっと、漢字四文字の……」

佐志路部さしろべね。覚え方は別にそれでもいいけど」


 俺の名前に「ああ、そうだったっけ」と蓮華院がつぶやく。どうやら冗談ではなく、本気で忘れていたらしい。顔まで忘れなかっただけ良しとするべきだろうか。


「それで、なにか?」

「あー……えっと」


 ボッチみたいだから声をかけに来た、とは言えない。


「……俺のこと、待ってたかなって」

「はぁ? 誰があんたみたいな軽薄そうな男を……」

「軽薄!? ボッチのくせにひどい言いがかりだっ」

「ぼっ、ボッチ……?」


 蓮華院は、澄んだ瞳を何度もぱちくりとまばたきした。

 俺の言葉を心外に――という様子でもない。


「……もしかしてボッチ、知らない? 独りぼっちのボッチだけど」

「なにそれ、私のこと……独りで寂しいやつだって言いたいわけ?」

「え、違うの? 本が好きで読んでただけ?」

「……あ、あなた、デリカシーないのね」


 面と向かって人を無神経扱いするのもどうかと思うが、よく言われるので事実なのだろう。


「ま、俺は大きな男だからな。小さいことは忘れるんだ」

「……それ人に嫌がられてから言うの、普通にダメ人間じゃないの」

「ちょっとくらいダメな部分があっても、他でカバーすればモテ要素だって親父が言ってたから」

「悪いけどほぼ初対面だし、今のところダメな部分しか見えてない」


 なんだ、こいつ。

 当たりが強いし、口も悪いな。だからボッチなのではないか。

 もしくは――。


「そうやってお高く止まってるから友達できないんだぞ」

「なっ、お高く止まってなんてない……っ」

「そうかー? いつも澄ました顔であなた達とは住む世界が違います、みたいなオーラ出しているだろ」

「そんなことっ! だってそれはっ」


 だってそれは? 何だ?

 まさか本当に自分は住む世界が違う人間だと思っているんだろうか。たしかに、蓮華院は人目を引く美少女だ。というか、髪色からして違う。白と金の中間みたいなまぶしい色だ。


 それこそエルフだなんだと思ったくらいだった。

 しかし、だからと言って――。


「蓮華院、俺の妹の写真見るか?」

「はい? 見ないけど……なに妹っていきなり」

「遠慮するな。ほら、すごく可愛いだろ? 世界一なんだよ、俺の妹」

「はぁ……まあ、可愛いけど……」


 俺が中学校に入るということは、まだ小学生の妹とは離ればなれということになる。

 俺は親から買い渡されたスマホの待ち受けを妹にしてた。これで、少しでも妹が寂しくないようにな。


『妹よ、俺はいつでも一緒だ。だから寂しく思うなよ』

『……お兄ちゃん、それってあたしがお兄ちゃんの写真を待ち受けにするのが普通じゃない? まだあたしスマホ持ってないけど』

『こうやって俺はいつでも妹のことを思っているんだ! だから寂しくない! そういうことだ!!』

『えええ!? それよりあたしのスマホも買ってくれるように頼んでよー。小学生でもみんな持ってるってー』


 などのやり取りがあった。

 ちなみに交渉中だが、親父は妹にゲロ甘いので多分もう直ぐスマホを買ってもらえるだろう。そしたら、俺の写真を待ち受けにしてもらわないとな。


「どうだ、身の程をわきまえたか!?」

「……え? 自分の家族の写真を見せて、なにを聞いてるの……?」

「妹はこんなに可愛いけどな、ちゃんと自分から友達をつくりにいけるんだぞ! えらそうになんてしてない、気さくでフレンドリー、可愛くでチャーミングだ!」

「……佐志路部の妹の話はわかったけど、それがなに? 自慢したいの?」


 当然、妹のことはいつだって自慢したい。


「違うって。蓮華院もなに考えてるか知らないけどさん、いくら美少女だからって黙ってたら友達できないぞ。自分でも動かなくっちゃ。ほら、俺が一人目の友達になってやるから。二人目は自分で頑張れ」

「あなた……さっきから勝手なことを……」

「なんだ? 違うのか? プライドが邪魔して、ボッチなんだろ?」


 勝手に決めつけるが、蓮華院も「ぐぬっ」と憎々しげな顔で反論してこない。図星だな。


「……友達、ね」

「おう、頑張れ」

「はいはい。佐志路部がうるさいし、一人目の友達つくってくる」

「ん? 二人目だぞ? 一人目はもういるぞ?」


 ――ということが、中学校に入ってすぐの頃あったのだ。

 この後、蓮華院は自分からクラスメイト達と交流するようになって、すぐ友達もたくさんできてクラスに打ち解けたようだった。


 俺もお役御免かと思ったが、まあたまに話しかけていた。

 ただ俺は知らなかった。蓮華院が、あの有名企業蓮華院グループの社長娘だとは。

 もちろん、そんなことは関係ないと思った。親がどうだなんて、子供同士が友達ならそんなこと気にする方が野暮ではないか。


 そう思って、それからもフレンドリーに接していたのだが――。

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