第19話 思い出の中の君は、着衣

 俺と蓮華院れんげいんは、カウンター席に並んでハンバーガーを食べている。たまに、ポテトもつまんでいる。

 どうも蓮華院はハンバーガーの経験がそこそこあるようだった。


「佐志路部と違って、友達がいるから。慣れたものでしょ」

「……俺もいるよ、友達。あと妹もいる!」

「いたんだ。ああ、黒沢くろさわか」

「妹は波実香はみかっていうんだよ!」


 お嬢様に庶民体験してもらって楽しませる作戦は失敗するし、俺の話題にはどうも興味がなさそうだった。

 おかしいな。俺の予想だったら、「手でつかんでものを食べる!? 信じられないっ!!」とあわてふためく蓮華院を横に「こうやって食うのが美味いんだ!」とバクバクかじりついて男らしい様を見せるはずだったのだけれど。


 蓮華院は、こう見えてクラスメイト達とは上手くやっているらしい。

 こう見えてというよりは、お嬢様のくせに、というべきか。


「いじめられたり、いじめたりとかないのか……」

「さっきから金持ちへの偏見すごいけど」

「えええっ!? そんなことないって……逆に蓮華院だって庶民への偏見が――」

「だから友達普通にいるから。……庶民と思って接しているわけじゃないけど」


 ――もしかして、陰キャの俺よりよほど普通の高校生なのか?


 しかしそうなると、俺は蓮華院相手になにをすればいいのかわからない。

 金持ちのお嬢様なのに一般常識もあります、となればただの男子高校生にどんなエスコートができるのか。


 待て、陰キャか? 庶民のことは知っていても、陰キャの生態は知らないのでは?


「なあ、蓮華院って俺に興味あるか?」

「はぁ!? い、意味わかんないこと急に聞かないでよ……」

「え、そうか……じゃあ妹の話のがいいかな。蓮華院ってキョウダイいるの?」

「……いないけど」


 なるほど、それなら妹の話でも新鮮味があって面白いのではないか。


「いいか、妹ってのは可愛いんだぞ。こうな、俺を兄として慕ってくれて……」

「佐志路部はその妹の裸を見て……おかしくなったんでしょ?」

「おかしいってのは誤解があるぞ」

「おかしいのは元からか」


 蓮華院が細い指でポテトをつまんだ。食べた後、紙フキンで手を拭いているが、やはり素手でものを食べることに抵抗はないらしい。


「こうしていると、前みたいね」

「……え? 前って?」

「中学の頃はもっと普通に話してたでしょ」

「……そ、その節はっ!!」


 思えば中学時代、まだ俺が蓮華院をお嬢様として意識していなかった頃は、よく妹の話をしていた。



   ◆◇◆◇◆◇



 中学生になって、初めて教室に入った時、既に新しいクラスメイトたちは思い思いの交流を始めていた。

 ざっと見渡すだけで、数人ずつのグループに分かれて楽しそうに話しているのがわかる。

 小学校の時は、たまたま最初に話しかけたやつが人間(特に男子)を痛めつけるのが大好きな女子で六年間大変な目に合った。今回は仲良くなる人間を間違えないようにしよう。


 俺は慎重にクラスメイト達を観察していると、中に一人だけ、誰とも話さずにじっとしている女子がいた。おとなしい子なのだろうか。もしかして誰かと話すタイミングを失って独りになってしまったのか。しかし、小学生時代、散々俺に噛みついてきた狂犬女子も最初は大人しそうに見えた。


 あの子も、危険かもしれない。


 そう思いながらも、彼女の少し寂しそうな横顔に、俺はついつい言葉をかけてしまった。


「……人を殴るのが好きだったりする?」

「はぁ!? え、誰……あなた……なに、急に?」

「え……誰って言われても名前は……その、あなたが人間に噛みついたりするかどうかで教えるか決めるから。教えられない可能性もあるよ」

「……クラスメイトじゃないの? どうせ、あと少ししたら自己紹介があるでしょ」


 その通りだ。

 もし彼女が人間を殴り、噛みつき、ものが壊れる様を喜ぶ人間だとしても、俺の名前は結局知られてしまう。


「佐志路部……八弥斗ややとです。君は?」

「蓮華院花澄かすみ

「蓮華院か。なんかすごそうな名前だな。かっこいい」

「あなたも……えっとサシロベ? どういう字?」


 俺が適当な紙に書いてみせると、


「……初めて見る苗字ね」

「漢字四文字だからな。テストで答案用紙に名前書くのでいつも五分は損している」

「ふふっ、大変そうね」


 蓮華院が、少しだけ笑った。

 それで改めてまじまじと彼女の顔を見たのだけれど、


「え、君すごく美人じゃない?」


 日本人離れした容姿、ハリウッド映画だかに出てくるエルフとかそんなんかと思った。


「急に、なに」

「あっ、ごめん。別にナンパとかそういうわけじゃ……ほら、ちょっと独りで暇そうに見えたから話しかけただけで」

「……別に、暇じゃないけど」

「まあ、また忙しくないときにでも話そう」


 そろそろ先生が来る時間だろう。俺はそう言って彼女と別れ、自分の席を探した。

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