第18話 放課後デートは、着衣

 放課後、俺は隣駅の改札付近で人を待っていた。

 わかっているのにスマホで時間を何度も確認して、どうも落ち着かない。


 行き交う人々――時間が時間だけに制服姿も多い――は、いったいこれからどこへ向かうのだろうか。はたまたただ家に帰るだけなのか。


 俺はと言えば、わざわざ電車に乗って事まで来た理由は一つだ。


「……ちゃんと待ってたみたいね」


 お待たせ、ではないのか、と思ったが、


「当然。蓮華院れんげいんさんを待たせるわけにはいかないですから」


 と忠義を示してみせるが、蓮華院は怪訝な顔をした。

 さっきまで同じ教室にいたのだが、お互いの事情を考慮して別々に移動した。


 三十分ほど前と変わりない制服姿の蓮華院は、しかしどこかいつもと違って見えた。


 ――彼女、だからなのか。


「電車とか乗るんですね」

「……ねえ、それもうやめて」

「え、電車を!? 交通機関を止めるのは俺には……」

「…………敬語の方。あと、私も電車は普通に使う。ないと困るってことはないけど」


 都内に住んでいて、電車がなくて困らない人間相手にタメ口なんて使って良いのか。

 ただ蓮華院の要望であるなら、努力するべきだろう。


「行こうか、蓮華院さん」

「呼び方も」

「……蓮華院様」

「ふざけてるでしょ、佐志路部」


 もちろん、ふざけてなんていない。ただ『さん』と言わないようにしたら自然と口から出ていたのだ。

 わかるか。黒服の連中に拘束されて、黒塗りの車に詰め込まれそうになった人間の恐怖が! そんなすぐ変えられるものじゃないんだ。

 俺は、グッと下っ腹に力を込めた。できる。中学の頃、無鉄砲だった当時の俺にはできたことだ。


 本人からの許可もある。

 それに――多分、俺の目的にとっても、彼女の目的にとっても必要なことだろう。


「蓮華院」

「……ふん、なに?」

「いや、なにって……えっと、どこか行きたいところってある? なかったら、俺が適当に連れてくけど」

「じゃあ任せる」


 人の波を抜けながら、俺は改めて自分がすべきことを考える。

 蓮華院を怒らせないこと――はもちろんその一つであるが、優先度で言えば二番目なのではないか。


 この場において俺がすべきことは、仮とは言え恋人の蓮華院を満足させることだ。怒らせることはもちろん問題だが、今までのように無闇矢鱈と距離を取るだけではいけない。


 もちろん、俺も蓮華院という爆弾のような女子をエスコートして、女子への扱いのなんたるかを学ぶつもりだ。

 妹と他の女子とは違う。

 蓮華院という俺に取ってのキラーパーソンが、どのように認識を変えてくれるのかは未知数だが。

 それでも、こんな美少女と放課後二人で出歩けば、妹には抱かなかった感情をしっかりと意識できるのではないか。

 そうすれば、やはり妹相手に覚えた浮ついた感情は、ただの気の間違いだったと正気になれる。


 ――そう、つまり俺がすべきことは、全力で蓮華院と放課後デートすることだ!!


 女子とのデートなど、俺には初めての事であり、正直なにをどうしていいのかわからない。

 ただ蓮華院が相手となれば策はある。


「蓮華院は行ったことないと思うんだけど、庶民は放課後こういうところに行くんだ!」


 駅から歩いてすぐ、チェーンのハンバーガー屋についた。

 中高生なら、みんな来る場所だ。最寄り駅にもあって、放課後見慣れた制服が入っていく姿を見たこともある。


 普通の高校生でも行く場所で目新しさはないが、金持ちの蓮華院ならとても新鮮に違いない。


「……いや、あるけど。入ったことくらい」

「えええぇ!? お嬢様なのに!? あるのか、ハンバーガーを食べたことが!?」

「あるでしょ、それくらい。……私のことなんだと思っているの?」

「……そ、そうか。じゃあ他の場所に」


 よく考えたらファーストフードいっても大手企業、アメリカからやってきた黒船には違いない。お嬢様だからと行って、社会勉強の一環で一度くらい店内に入っていてもおかしくなかった。

 とはいえ、しょせんは客単価千円を超えないようなお店だ。物珍しさというフィルターなくして、蓮華院を満足させられるような場所ではないだろう。

 もっと庶民しかいかないような場所は――。


「別に、ここでいいんじゃない」

「ほ、本当に!? ポテト食うのか!?」

「……そんなに驚くこと?」


 たしかに、こういうのは良い店を探すあまりに、歩き回って女子を疲れさせるのが一番ダメだとも聞く(親父が言ってた)。

 候補がないわけではないものの、蓮華院が良いというならここでいいか。


「えっと……席は……あ、空いてるな。蓮華院、座って待っててくれるか? それで食べたいものあったら、俺が頼んでくるけど」

「……じゃあ、ハンバーガーとホットコーヒー。ミルクとレモンはいらないから砂糖だけ」

「ポテトは食わないのか!?」

「……佐志路部が食べたいなら頼めばいいでしょ」


 二人でポテトをつまむのが、『らしい』と思っている俺は、とりあえず頼むことにする。

 列があったけれど、そんなに時間もかからず品を受け取って戻るが、やたらカラフルで固いポール椅子に座っている蓮華院は違和感しかない。

 どうも大人しく待っていてくれたようなので、それは助かったけれど。スマホをいじっているようだ。お嬢様ってスマホでなにしているんだろう。ソシャゲとかはしなそうだしな。


「お待たせ」

「調理工程を考えると、それほど待っていないから、よく頑張った方ね」

「それは俺じゃなくて企業努力だけど……よかった」


 食べ物が出てくるまでのスピードで考えれば、待ったという程の時間ではない。さすがファーストフードだ。


「ほら、パンケーキ用のナイフとフォークももらってきたぞ!」

「え? パンケーキも頼んだの?」

「いや、頼んでないけど……蓮華院なら、ハンバーガーもこういうの使って食べるかと思って」

「……普通に、手で使って食べるけど」


 放課後デートが始まって、二度目の衝撃だった。

 え、お嬢様ってハンバーガーはナイフとフォークで切り分けながら食べるんじゃないの!?

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