第16話 並んで通学は、着衣

 完全に同時というのも、日替わりというのも気がおかしくなりそうだ。


 交渉というか話し合いの末に決まったのが、一週間ごとに浮津うきつさんと蓮華院れんげいんの交互にということになっていた。

 一人に二回ずつ、計二週間の審査期間を終えて、一ヶ月後に結果を出すと言うことなのだけれど――待て。俺は女慣れが目的で、浮津さんも蓮華院もちょっとした恋愛経験をしたいだけなんだよね?


 一ヶ月で十分なんじゃないの? 審査したあと結果だす必要ある?


 この審査期間こそ、お互いに求めていたものなのではないか。

 これ以上、俺たちがなにを求めているのか。


 ――いや、そうとも言えないか。


 つまり、目的に対して俺は一ヶ月で十分じゃないかと思ったが、実際一ヶ月で目的が達成できるかはわからない。もし達成できなければ、審査の結果を出す必要がある。


 そうなれば、俺は浮津さんか蓮華院か選ばなくてはいけないし、審査期間として付き合う以上の交際関係となるはずだ。


(なんとしても、審査期間で終わらせるべきだな)


 俺だけでなく、二人の目的を一ヶ月で終わらせる。

 そして成長した俺は、妹の悩みを聞き出して解決する。


 できる。妹を思う兄貴であれば、なんのそのではないか。


 そんなことを考えながら、妹と一緒に通学していた。

 昨日は例外で、いつもは二人で登校している。


「昨日は……用事でもあったの?」

「え、用事ってほどでもないけど……なんか気分が落ち着かなくて」

「ふぅん」


 横を歩く妹は、制服を着ている。

 中等部と高等部の制服の違いは、チェックスカートの色だけだ。

 ちなみに男子はネクタイの色が変わる。


 ――なんだろう。おかしなことに、妹の裸がチラつくせいか、見慣れたはずの制服姿すらなにか……。


「どしたの? 変な顔して……」

「今日も、妹の制服姿が可愛いもんでな」

「……えへっ」


 本格的にマズい。

 裸族の妹の存在が、いつもの妹の存在すら俺の中で変化しようとしている。

 このままでは、俺は妹を妹として見られなくなるのではないか。


(あるいは、数ヶ月も裸族の妹と接していれば慣れてくるのかもしれないけど……)


 俺がおかしくなるのが先か、妹の裸に慣れるのが先か。

 そんなものを検証したくはない。


「お兄ちゃん、褒めてくれるの久しぶりな気がする」

「そうか? ……波実香はみかは毎日めちゃくちゃ可愛いんだけどな」

「えふふっ」


 はにかむように笑う妹は、なにか思い悩んでいるようには見えない。

 しかしなにもなければ全裸にもなるまい。なるまいよね? ただ全裸になったわけじゃないんだよね?


 ――こんな基本的なことすら、結局まだ聞けていない。


 どうにかもっと聞き出せないか。脳内でシミュレーションしていると、


「あっ、おはよう。佐志路部さしろべ君」


 見知った顔――委員長の浮津さんだった。

 気づけばもう校門の前で、偶然出くわしたのだろう。


 朝から爽やかで温かい――小春日和みたいな美少女だった。


「……うっす」


 いつもなら、いくら陰キャな俺でも「おはよう」くらいは言えるのだが、なぜか言葉が出てこなかった。

 この人と俺、一応付き合っていると言うことになるのか。


(審査期間だし……お試し交際だし……だいたいそのお試しの順番も蓮華院からで……)


 だが、昨日までの関係とは違う。

 浮津さんは、俺のことが好きという訳ではない。正式な交際関係では全くない。

 だけれども、ただのクラスメイトだった機能までとはやっぱり違う。


「なんですか。その気のない返事。わたしと佐志路部君の仲なのに……。あっ、妹さんもおはよう。えっとね、わたし、お兄さんの――」

「あっ、波実香! この人は浮津さんだ。クラスメイトで、委員長なんだ!」

「へ、へぇ……おはようございます。あの……お兄ちゃんがお世話になってます?」

「ふふふ、妹さんのお兄さんはクラスメイトの中でも一番世話がかかんですよ」


 問題児として紹介されて複雑な気持ちになるが、今はその訂正よりもこの場を早く解散するべきだと思った。

 ――妹のためとはいえ、兄貴がクラスメイト相手によくわからない不誠実な交際をしていると知られてはマズい。兄の尊厳が下がること確実である。


「それで佐志路部君」

「あ? えっと、なんだろう。とりあえず今は妹と一緒だから話ならまた後で」

「むふむふ」

「兄妹仲睦まじいところ邪魔して悪いんですけど、さっきの紹介……わたし、クラスメイトで委員長……だけですか?」


 中等部と高等部は同じ校内にあるけれど、校舎は別だ。校門さえ通ってしまえば、妹は中等部の校舎棟へと向かい、離れることになる。

 その後ならいくらでも話を聞いてやるから、と俺は逃れようとするのだが、浮津さんが俺の袖をつかんだ。


「え? だけって……」

「お兄ちゃん?」


 横で、妹が俺をじっと見ている。

 真正面で、浮津さんも俺をじっと見ている。


「……あ、あのぉ」


 どうする。妹からの信頼を守るためには、いかがわしい関係を言うことはできない。

 しかし、浮津さんがそれだけでないと言うように、彼女との関係を隠しているのは事実だ。このままクラスメイトとだけ言うのは、浮津さんに対して不誠実ではないか。


 でも、「あーお兄ちゃん、昨日彼女募集したらいっぱい立候補してくれた女子がいて、それで三次審査でお試し交際している一人が浮津さんだよ」と言って、妹は俺をどう思うだろう。


 ――だが俺は知っている。嘘やごまかしというのは、その場しのぎでしかない。いつの日か真実を知られたとき、相応の対価を支払うことになる。


 妹にどう思われたとしても、それが俺の責任なのだ。


「妹よ。波実香よ、兄の話を心して聞いてほしい」

「お兄ちゃん……?」

「この人は――」


 意を決した俺だったが、その言葉はさえぎられてしまう。

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