第15話 外で走るときは、着衣
いつもより早く起きた。
親父より早く起きた俺に、母さんが驚く。「鈍った体を動かそうと思って」と説明して、俺はジャージ姿で軽くジョギングにでかけた。
バスケ部の中等部には、朝練はなかった。だから妹もまだ眠っているし、俺もこんな時間から走るなんて経験はない。
眠いし、体もだるい。
だが走る。俺は失いつつある妹からの信頼を取り戻さなくてはならない。そのために、少しでもカッコイイ兄貴になれるよう努力を始めたのだ。
足腰を鍛えるには階段ダッシュだ。瞬発力とゆるみきった精神に活を入れる。
ここらへんで一番長い階段があるのは、神社だな。小さい頃の俺は、神という絶対的な存在を、いつかは倒すべき最大の敵として認識しており――言って置くけど、今は違うよ? 普通に慎ましく生きているよ?――敵情視察のつもりでよく神社に来ていた。
百五十段くらいの階段を三往復ほど上り下りして、久しぶりの運動でこんな動いて、体がとんでもないことになるのでは――と薄ら恐怖を覚え始めたので、境内で休憩する。
「あぎゃ、
竹箒を持った巫女さんが俺を見つける。
「あぎゃってなんすか……新しい挨拶?」
「朝っぱらから境内に忍び込でいる少年――
「……俺の二つ名だったんすか」
仮にも神社で働いている人間がそんな無茶苦茶なルビで、こんな幼気な男子高校生に二つ名をつけていいのか。ダメだろう。
「どうしたの、アタシに会いに来たの? 照れるなー。でももうヤヤ君も高校生だもんね。そういう歳かー。ついに初恋のお姉さんにプロポーズ。やー、ヤヤ君あの頃は豆狸より小さくて可愛かったのに、もうっすかりおませさんだ。うんうん、ごめんなさい。日本の法律的に結婚は無理です」
「え? あ? ちょっと運動して疲れているんで、ツッコミどころそんなに用意しないでもらえます?」
会いに来てない。
プロポーズじゃない。
豆粒ならともかくわざわざ狸を比較対象にするな。(俺が狸に見えるのか!?)
すっかりおませさんって、おませさんだと結局子供のままだろう。
「だから――告白もしていないのに振った感じ出さないで!!」
「ハハハハハッ! 相変わらず元気そうだねー。でも告白が失敗したからってそうやって誤魔化すのは男らしくないぞ」
「いや、そんな豪快に笑って俺の告白を既成事実にしようとしないで……」
さすがに二回目なので元気なくツッコむ。巫女さんはもう一度「ハッーハーッ!」と威勢良く笑って、特に気にしていない様子だ。本当に大丈夫なのか、こんな巫女がいる神社。
たしか俺が子供の頃――巫女さんは多分中学生くらいからこの神社で働いている。彼女は神主さんの娘で、手伝いということらしい。
「ちょっと運動しようと思って、ここの階段がちょうどよかったから借りてただけですよ」
「ふむ、少年。さては悩みだな」
「話聞いてます? 巫女さんだから俺に見えないもの見えてるの?」
「むむっ! ヤヤ君は妹のことで悩んでいるっ!! 見えましたぞ!!」
巫女さんはインチキさしか感じないしゃべりで、竹箒をパタパタと振るった。
「……え、いや、悩んでないけど」
「本当に? でもヤヤ君は顔も下半身も正直者だからなぁ、図星だってほら、書いてある」
「……書いてませんよ」
「妹――ハミちゃん、最近変わった?」
適当なことを言っているだけだろうと、適当に聞き流すつもりだったが、どうもしつこい。
しかも、当たっているのだから質も悪い。巫女さんは俺の妹のことも知ってはいる。この神社には家族で来ることもある。ただここ最近の妹に詳しいはずもない。それがわかっているということは、――まさか本当に占いとかできるんだろうか。
「もしかしてあるんですか。神仏パワーみたいの?」
「ぶっちゃけあります。巫女だからね」
「……巫女、すげぇ」
「神に純潔誓っているので最強です」
やっぱり、巫女ってすごい。
お姉さん自体はうさんくさいが、それでも巫女さんであるのだから、俺の力になってくれるかもしれない。
悩みを聞いてもらおうか。しかし、妹のことは自分で解決したい。兄貴としての威厳を取り戻すのに、神仏パワーを頼るようではあまりに情けないではないか。
「あの……別の話で、相談聞いてもらっても良いですか?」
「みんなそれ言うよね。友達の話って。……ああ、まあよかろう」
「友達? えっと、……その、ちょっと訳あって、誰かと付き合うことになっているんですが」
「付き合う!? ハミちゃん……思ったより攻めたんだ」
占いで見えていない部分だったのか、巫女さんが目を丸くした。
「え? いや、妹の話じゃなくて……」
「うんうん、わかるよ。そういう建前って必要だもんね。特に兄妹だと世間の目とかあるし」
「そうじゃなくて……それで、正直俺は付き合うことが正解なのか悩んでいるんですよ。それこそ、別の意味でこっちも世間の目とかあるし、学校で……まあ、噂になったらどうなんだって」
「……そうだね、義理っていっても、兄妹でってなると、そういうのは心配だよね」
巫女さんは何度もうなづくが、俺の話をちゃんと聞いているんだろうか?
俺が悩んでいるのは、本当に
どういう付き合いになるのかはわからないが、学校で噂になるかもしれない。
俺はまあ、いいよ。俺なんて最初からたいした評判もない。むしろ「誰? 佐志路部って誰?」みたいな感じだろう。
だけど相手は、浮津さんと蓮華院という、良くも悪くも名の知れた女子だ。浮津さんの男の趣味が疑われないだろうか。蓮華院がついに「恋人という体裁で大っぴらに奴隷を使役し始めた」とか言われないだろうか。
「……当人同士が一応納得している形ではあるんですが、それでお試しで付き合うってどう思いますか?」
「いいかいヤヤ君。義理って言っても養子にしない限り、法律上は他人なんだ。戸籍さえ新しく作れば結婚だって可能なんだよ。だから世間の目なんて気にせずに――」
「あの、巫女さん? 巫女のお姉さん?」
「んん? なんだって? ああ、えっと……付き合うかどうか悩んでいるんだったっけ? そんなの、自分の気持ち次第だよ、ヤヤ君。ただ最強のアタシから言えるのは、応援しているってことだ!」
「応援……してくれるんですか」
よくわからないが、巫女さんは背中を押してくれるらしい。
「ありがとうございます」
「うんうん。あと、ヤヤ君ももっと神社に顔出しなさい。昔はヤヤ君、お姉さんのこと世界で一番綺麗だ。天女だって散々口説いてくれていたのに、久しぶりだったので寂しいぞ」
「……あの、昔のことは本当に……あれは親父の教育方針がイカレれたのが原因なんで……」
その話を持ち出されると本当にばつが悪い。事実なので否定もできないし。
頬をかきながら、
「トレーニング始めたんで、しばらくは来ますよ」
と俺は休憩を終えて、家へと帰る。
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