第14話 妹①

 お兄ちゃんが好きなのはおかしいことじゃないけれど、あたしの好きはやっぱりおかしい好きなんじゃないだろうか。


 お兄ちゃんだって、あたしのことが好きだ。あたし達は中高一貫校に通っていて、去年までは同じ中等部で、今年からはお兄ちゃんが高等部で別れてしまったけれど、それでもお兄ちゃんの噂が届くくらいだ。


『すごいモテるのにシスコン過ぎて彼女をつくらないやつがいる』


 初めて聞いたときは、まさかと思った。

 お兄ちゃんはあたしのことを誰かに話すのが――自慢するのが好きらしい。

 母が再婚して、お兄ちゃんたちと一緒に暮らすようになってすぐの頃からそうだった。


 あたしのことをあることないこと大声で誰彼構わず話して聞かす。

 もうあまり覚えていないけれど、最初はすごく嫌だった。恥ずかしかった。


 小さい頃のあたしは今よりずっと大人しくて、引っ込み思案で、なにより人見知りだった。

 だから、いきなり新しいお兄ちゃんができたって言われても、全然ピンと来なかったし、仲良くなれると思えなかった。新しい家に来て、一人部屋をもらえたのは嬉しかったけれど、同じ家によく知らない人が二人も――お兄ちゃんと、義理の父であるお父さん――居るというのは心が安まらなかった。


 母に似たのだと思う。母も、存外思っていることを言葉にしないし、どうにも人と踏み込んだコミュニケーションを避ける節がある。それが元の父――もう何年も顔を見てもいないのだけれど――との離婚原因だったのだろうと、今ではわかる。


 他人どころか、家族でも距離を置く。

 そんな母譲りのあたしが、どうしてここまでお兄ちゃんを慕うようになったのか。


『突然、家族なんて言われても困ると思うけど……でも俺は不思議なくらいにもう波実香はみかを家族として――妹として受け入れている。俺は、兄として波実香のためなら命を張れる! 本当だ、見とけっ!!』


 そう言って、お兄ちゃんなぜか境内にあった大きな岩を持ち上げようとした。


 そもそもなぜこの境内にお兄ちゃんとあたしがいるのか。確か叫びながら走るお兄ちゃんを追いかけて、気づいたらここにたどり着いたのだと思う。越してきたばかりで、全然知らない場所だ。一人では、新しい家に帰ることもできない。我に帰りながら、段々と未知の場所で、ほとんど未知なお兄ちゃんと二人きりであることが恐ろしくなっていた。


 泣きそうなあたしを励まそうとしたのか、それでも理解不能なことに、お兄ちゃんは自分より大きな岩を持ち上げようとした。明らかに無理だ。

 子供の筋力で自重より重たいものを持ち上げることなんてできない。


 しかし、岩は浮いた。


『妹はっ、俺が守るっ!! 岩めっ、許さんぞ。妹のかたきだっ!!』


 守ると言いながら、仇とも言っている。あたしはもう岩に潰された後という設定なのかもしれない。支離滅裂だ。そもそもあたしはその岩になにもされていない。無関係の岩だ。


 けれどもお兄ちゃんは岩を数センチ持ち上げて、そのまま『ああああぁああ!! 腕がぁあああ!!』と雄叫びを上げて倒れた。


 あたしは泡を吹く兄にあわてふためいて、大人を探した。ほとんど泣きながら、境内をうろついていると巫女らしいお姉さんを見つけた。事情を話すと、


『わ、八弥斗ややと君じゃん』


 とお姉さんは呆れていた。どうもお兄ちゃんは、近所の人だったら誰でも知っているような子供らしい。さもありなんである。お兄ちゃんはそれくらい目立つ。


『で、どうしたの? ……えー、この岩を持ち上げたって? さすがに無理でしょ。ヤヤ君より岩のが大きいくらいじゃん』

『本当ですっ! あたしを守るって……』

『守るって……君、この岩になにかされたの? されそうになったの?』

『それは……』


 でも本当だ。確かに、この目で見たのだ。

 浮いた、浮いたように見えたのだ。


 少なくとも、お兄ちゃんがあたしのためなら、どんな無茶でもやってのける――そう思えた。妹のためなら、できないことでもやる。お兄ちゃんは、そういう人だった。


 それから、あたしはお兄ちゃんを家族として受け入れた。兄として慕っていた。そのはずだったのだが、


『どしたの、ハミちゃん? 浮かない顔して。おみくじ引く? お守りいる? 安産のやつがいいかな』


 実はあれ以来、お兄ちゃんだけでなく、巫女さんとも仲良くなっていた。

 中学生になった今でも、一人で訪れている。

 巫女さん――津々羽つつはさんは、初めて会った時はずいぶんと大人に見えたけれど、当時が中学生で今は大学生になったばかりで、お兄ちゃんとは別に、あたしにとっては年上のお姉さんのような存在だった。


『お兄ちゃんが好きみたいで……』


 あたしは、津々羽さんに悩みを打ち明ける。

 いつもならなにかあればお兄ちゃんに、真っ先に相談する。だけど例外があって、それはお兄ちゃんに関する悩みのときだ。


『ヤヤ君が? ハミちゃん、お兄ちゃん大好きだもんね』

『そうじゃなくて!』


 はいはい、と津々羽さんは呆れた顔で笑う。あたしは真剣に悩んでいるのに。

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