第13話 思い悩むのは、裸
彼女のぎこちない笑みの奥に、戸惑いどころか、おびえのようなものが見えた。
多分、俺も同じだったからだろう。
両親の再婚が決まってから、同棲する前にも何度も顔合わせしていた。
義母になる人は、優しそうだったが少し距離をつくる人だ。気づかいなのか、性格なのか。幼心に俺はそれを察して、必要以上に新しい母として甘えるようなことはしなかった。
まあ、うざったいくらいに構ってきて、ずかずかと無神経に距離の近い親父もいたから、別に親恋しさみたいのもなかったのだ。
『小学校楽しいか、
騒がしく、アホなことしか言わない親父だ。
だから俺はそれで良かった。
だけど義母は、俺が連れ子だからってよそよそしいわけじゃなかった。
親父が生まれつき馴れ馴れしいように、義母は元々どこか踏み込めない人らしい。それは、実子相手にも。
デリカリーなんて置いて忘れて生まれた親父との相性は悪くなかったみたいだが、当時まだ五歳だった妹は、父親と離れることになって、どこか距離感のある母親には甘えきれず――寂しかったんだんだろう。
それに加えて、大して知らないオジサンと大して歳の変わらない坊主が急に家族だって、一緒に暮らすことになって、さぞかし辛かったはずだ。
親父なりに気を遣ったのか、五歳の妹には一人部屋を用意した。元々俺の部屋だった。俺は荷物置き場になっている部屋が片付くまで、物置を部屋代わりにされた。虐待じゃないのか。しかしそんなことより、妹が自室から全く出てこない日々が続いた。
もしかしたら離婚か再婚が原因なのかもしれない。母親との仲は、傍目にもなんともいえない。
子供相手にも気を遣ってしまう母親と距離があるまま、独りで部屋にこもる妹。
俺は、妹が部屋を出て来た瞬間、なんとか話しかけることにした。
『部屋で、なにしてんの?』
『……本、読んでる』
『五歳でっ!? 天才かっ!? 可愛い上に、天才なのか!? 俺の妹は顔も良いし、頭も良いのか!?』
『え、絵本だよ……普通の』
久々に声を出したみたいに、か細い妹の声をむしろかき消すくらいに大声でしゃべった。
絵本か。そういえば、俺も昔は読んでいた。そう考えると、五歳が一人で絵本を読むのはそんなにすごいことでもないのかもしれない。でも俺は大人しく座っていられるようなタイプじゃなかったから、ずっと一人で絵本を読むのは無理だった。
読めるのは最初の数頁だけ。だから、やっぱり妹は天才だと思った。
それに可愛いのは間違いない。くりくりした大きな眼と、子供ながら整いが既にわかる顔立ちだ。間違いなく将来は美少女、やがては美女だ。
『ご近所に報告しないと!! まだ新しい妹のこと知らない人も居るしっ!!』
『ほ、報告って……?』
俺は家を飛び出した。
『聞いてくださーいっ!! 俺の新しい妹すっごい可愛いでーすっ!』
玄関で叫ぶと、慌てて妹が追いかけてきた。
構わず、俺はそのまま外へと走る。
『まだ五歳なのにっ! なんとっ本が読めまーす!』
『よ、読めないっ。平仮名だけ……』
『嘘つけ!! カタカナも読めるだろ!!』
『よ、読める』
妹のよたよたした足に合わせて、俺は追い付かれないくらいの速度で走る。
『聞きましたか!! 俺の妹は英語もできまーす!!』
『できないよっ』
『カタカナは英語だ!』
一応、言って置く。
この時の俺は六歳だ。バカだし、心を全く開いていない妹相手に、ちょっと間違わなくてもかなり無茶なコミュニケーションを取ったと今では反省している。
ただまあ、この日を境に、俺が家を出ようとすると。
『だ、ダメだよ……また嘘いいふらしちゃ』
と妹が俺についてくるようになった。見張りだ。監視だ。
けれど一緒に出かけるから、どんどん話すようになって仲良くなって――。
数ヶ月することには、すっかり兄妹だった。それから何年も、仲良し兄妹だった。
妹は、俺にすっかり心を許してくれていて、なにかあればすぐ俺に言った。悩みだって聞いて来たし、俺だって全力で兄貴をやってきたつもりだ。
そうだ。中学生に入るちょっと前の頃なんて、
『し、下着とか……買うんだけど……どういうの選んだら良いかな? ブラジャーとか』
『ブラジャー!? ……いや、俺買ったことないし』
『こ、好みとかないの?』
『……丈夫なやつかな』
なんとなく、ゲームで女戦士が付けている胸当てをイメージして応えた。だって当時の俺、中一だよ。下着の好みとかないよ。
去年くらいだって、
『告白されちゃった。クラスの男子に……』
『嘘だろ!? ……それで、え、何の報告だ?』
『どうしたらいいのかなって……初めてだから、相談で』
『どうしたらって……赤飯炊くかどうかってことか?』
そうだよ。あんなに何でも俺に話して、相談してくれていたじゃないか。
なのに、なぜ、妹は俺になのも理由を言わず裸族になってしまったのか。
――きっと、ここ最近の俺が兄として不甲斐なかったからだ。
思えば、中学時代は付き合いだったけれどバスケ部で、毎日頑張っていた。妹もそれの影響かバスケを始めて、今や中学の女バスではエースでキャプテンと聞く。かくいう俺は、『バスケすると疲れる気がする……』という心理に気づいて帰宅部だ。
おまけに妹は中等部で一番の美少女と名高い。自慢の妹だ。五歳の頃からずっとそうだ。
しかし俺は――。
挽回しなくては!!
正直に言おう、二回目で、いろいろあって冷静だった分、前回よりもまじまじと見てしまった。
妹の裸に抱いてはいけない感情が、ふつふつと浮き上がってきそうだった。
このままでは俺もマズい。
妹が内に抱えた悩みも解決しなくてはいけないし、俺の兄としての尊厳も守らなくてはいけない。
すべては、突如現れた彼女候補にかかっている。
――のか!? 本当に、俺が彼女つくったら解決するのこの問題!?
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