第9話 残った二人は、着衣

 最後の一人だ。


 あれだけいた彼女立候補の皆様は、ほとんどに帰ってもらって――今残っているのは俺を心底嫌っている蓮華院れんげいんと誰にでも優しくフレンドリーな浮津うきつさんだった。


 先ほど、蓮華院との面接は終わって、どうにも納得はできないが、彼女として俺が求める条件は満たしているらしい。――本当か!?


 このままでは、俺のことが大嫌いな蓮華院と付き合うことになってしまう。

 そうなった時、最後に残ったのが浮津さんだった。


 浮津さんは肩にかかるくらいの黒髪で、派手な見た目の蓮華院とは真逆みたいに落ち着いた美少女だ。

 帆月千波ほつき ちなみが学年一位のモテ女子なら、おそらく二位か三位に入るのが浮津さんだろう。委員長ながらも目立った言動を取らず、どこか一歩引いた慎ましい性格からあまり男子からの注目も集めてはいないが、同じクラスにいる男子は九割彼女に惚れるという。


 つまり、学年単位で言えば、その可愛さで評判な帆月千波は強いものの、日頃接する関係性や範囲を考慮すれば、浮津さんが最強のモテ女子である。


 ――俺だって、誰と付き合いたいか、学校から一人選んで良いって言われたら……。


「わたしも自己紹介いらないかな? うーんでも、一応しておくね。他のみんなもしてたし。えっと浮津未来みらいです。十六歳で、部活は入ってないです。趣味は家庭菜園……あ、そんなすごいのじゃなくて、プランターでだけど。あとは読書かなぁ、読むのは小説で、ミステリーとか」

「へぇ……」


 自分のことを話す浮津さんは慣れた様子で、今までの面々とは違った雰囲気だった。

 どことなく、自然体である。蓮華院だって、別に気負っているようなこともなかったろうが、いつもより不機嫌なのかどこかおかしく見えた。


 けれど浮津さんは、教室で話すときと全く変わらない様子だ。


(ちょっと安心するかも……)


 よくわからない状況は続いているが、やっと正気の人間と――信用できる人間を見つけられた気分だ。地獄に仏。彼女立候補者の中に普通のクラスメイトだ。


(って、浮津さんもここにいるってことは――)


「自己紹介、ありがとう。……えっと、浮津さんも、そのここにいるってことは」

「うん。わたしも、佐志路部君の彼女にしてもらいたくてここに来てます」


 にこりと微笑むその仕草も、やはりいつも通りの浮津さんだった。「数学のノート、集めてるんですけど、いいかな?」と言って、教師の頼まれ事に文句一つもなくクラスメイトをまわっているときとなんら変わらない。


 少しだけ敬語混じりで、だけど距離感はあまりない。

 誰とでも親しい委員長だ。


「……理由、聞いてもいい?」

「理由かー。わたしも花澄かすみちゃんと同じような理由かなぁ」

「俺が嫌いだから!?」

「違う違う。それに花澄ちゃんも嫌いだからとは言ってなかったよね?」


 嫌いだとは言われたけど、それが理由ではなかった。

 あんなにはっきり嫌われる経験もあまりなかったから、そこばかり印象に残ってしまっている。


「えっとそれじゃあ……」

「わたしも、勉強ばっかりで忙しいから。あんまりさ、誰かと仲良くなって、お互い好きになってってゆっくり恋愛は無理だなーって。それでも、高校の間に一度くらい彼氏がほしいって思ったんです」

「あぁ、そっちか」

「そういう理由は、ダメですか?」


 ダメではない。

 なんだったら、俺がこんな方法で彼女の募集したのだって同じような理由と言える。恋愛してみたいから、という可愛らしいものではないけれど、特殊な事情で正規のルートではなく緊急で彼女をつくろうとしている。


「……ダメじゃないよ。浮津さんが俺でいいなら」

「本当です? じゃあ、これからよろしくお願いしま――」

「ちょっと!!」

「どうした蓮華院っ!?」


 あまりの大きな声に、数年ぶりに名前を呼び捨てにしてしまった。怒られるかとすぐ訂正しようとしたが、蓮華院はそんなこと気にしていないようだった。


「待ってよ。え? なにそれ、私もいるじゃない。……なんで、そのもう決定する流れになってんの」

「え、いやそんなことはないけど……」

「今もう浮津がそういう流れにしてたでしょ。それで佐志路部も満更でもない感じで!」

「えええぇ……そうだったか?」


 蓮華院の圧から逃れるように、黒沢へ視線を送る。『助けてくれ』というアイコンタクト。『任せろ』と黒沢が頷く。


「蓮華院よ。早まるな、まだ佐志路部はなにも言っていないだろ」

「そうだけど……そういう顔してた」

「こいつは女子に笑顔向けられると、すぐ鼻の下伸ばすんだよ。わかるだろ?」

「まぁ……そうか」


 本人が全然わらかないのに、蓮華院の方はなるほどとうなずいた。


 ――え? そうなの?

 ともかく、黒沢の言葉で蓮華院も少しだけ勢いが収まった。


「それに佐志路部だって、蓮華院と浮津の二人じゃ、すぐにどっちかなんて選べないよな?」

「え、まあ……うん」


 はい、内心では浮津さんと思っておりますが、そう言ったら蓮華院が怒りそうなのでどうしようか悩んでいます。そういう意味ではすぐに決められません。


「じゃあどうするの? 三次審査でもするわけ?」

「三次審査かー。なにするんですか?」


 どうも二人とも、気持ちは変わっていないらしい。

 このまま進めば、俺の彼女になるつもりのようだ。


「あー……どうしようかな」

「二人と付き合うってのはどうだ? 日替わりでも週替わりでもいいんだぞ」

「黒沢、今俺真面目に考えてるから」

「重婚はできないぞ? それは法律がちょっとな」


 真面目に考えているのはそういう意味じゃない。

 しかし、なにかしら新しく審査することで二人の内どちらかを選ぶことはできるだろうが、正直なところもうなにを審査して良いのか思い当たらない。


 それよりも――。


「もう一度確認するけど、二人とも本気なんだよな? 本気で、俺と付き合うつもりあるんだよな?」

「……そうだけど」

「はい」


 二人の返事に、俺も覚悟を決めた。


「二股か」

「だから違う! ……二人とも、俺の話を聞いて、もう一度考えてほしい。それでもまだ、気持ちが変わらない方と……その、付き合わせてもらいたい」


 二人の事情は聞けた。だったら俺もしっかり事情を話すべきだ。そう思って、俺は――。


「まずことの発端だが、昨日……俺は妹の裸を見てしまった。それもかなりしっかりと」


 裸族になった妹の話を始める。

 もちろん、妹が平然と兄の前で裸をさらすという話は省く。場合によっては、妹の尊厳を傷つけかねない。――いや、兄に裸を見られたというのも悪評ではあるんだろうけれど。


「え、ちょっと、どういう話?」


 いつも自信満々で堂々としている蓮華院が目に見えてうろたえ、


「妹さんが……えっと、佐志路部君がそこから彼女をつくろうってなった理由が全く想像つかないですけど」


 浮津さんの微笑みもやや苦々しいものに変わった。


 ――二人とも、俺に引いて終わるかもな。

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