第8話 俺を嫌っているのは、着衣

 驚くことに、残りの数人も『彼女募集に立候補した理由』を聞けば、言葉を濁し、終いには謝罪してきた。


「……す、好きに決まってるじゃん! 好きじゃないのに彼女になりたい方がおかしいよっ!!」


 何人かには逆ギレもされた。

 ――俺が、悪いのか?


「気持ちはわかる。男ってのは無理矢理ものにしたいみたいな、なんつうか征服欲があるんだよ。な、佐志路部」

「やめて、フォローみたいに俺の性癖をおとしめないで」


 黒沢が余計なことを言うので黙らせる。

 ともかく、思ったよりサクサクと面接を進められているのは良かった。このままなら、幸か不幸か、結局誰も残らずに終わるだろう。


 ただ、次の女子は、


「私の番ね。自己紹介はいるの?」


 必要ない。

 よく見知った顔の一人だ。


「……なんで、蓮華院れんげいんさんが」

「なに? 文句あるわけ?」

「ないけどさ」


 蓮華院花澄れんげいん かすみ、下連雀高等学校(通称、スズ高またはスズ学。下学はアレなのであまり使われない)きってのお嬢様。人目を引く整った容姿ではあるが、その人を寄せ付けない性格と家柄でモテるとはまたちょっと違う次元にいる。


 しかしそんなことよりも――。


「蓮華院さんは俺のこと嫌っているはずなのに、なんでここに!?」

「はぁっ!? 私がなんで――」

「おいおい佐志路部。自分で好きなやつは出て行けって言って、今度は嫌いなやつにまで文句を言うのか? どんだけわがままなんだ」

「そ、それはそうだけど……俺のこと嫌いなのに彼女に立候補するのはおかしくないか?」


 嫌いな相手と付き合いたいと思うのだろうか。

 ただ黒沢の言うことも一理ある。

 好きという人は追いだして来たのだから、残ろうのが嫌っている人間でもおかしくないのかもしれない。


「まぁ、そうか。……蓮華院さんなら俺のことを好きって心配はないからな」

「そ、そうね! 私はあなたのことを嫌っているから、彼女候補として条件を満たしているでしょ!」

「そんな自信満々に嫌わないでほしいけど……」


 胸を張る彼女に、少し複雑な気持ちになった。

 けれど、先ほどまでの女子達と違って、嘘で好きじゃないフリをしている可能性もない。間違いなく蓮華院は俺を嫌っている。


「……そうなると、どういう理由で立候補してくれたの?」

「そ、それは……その……」


 さっきまでの自信に満ちた視線が急に泳ぐ。

 言いにくいことなのか。もしかして俺への嫌がらせか?


「だいたい、家も厳しいんだし……蓮華院さんなら許嫁とかいるんじゃないの?」


 よく知らないが、あれだけ有名な家の娘なのだから、跡取り候補みたいのがいるんじゃないだろうか。


「許嫁!? いつの時代よ、それ。そんなのいないけど……そ、そうね! そうなのよ、私の家って厳しいでしょ。だから恋愛をしようにも、軽はずみにできなくて」

「なるほど?」

「だから、あなたが募集しているならちょうどいいかなって」

「すごい軽はずみじゃない!?」


 家が厳しいから、簡単に恋人もつくれない――というのはわかるけれど、だったら尚更こんな嫌いな相手の怪しげな彼女募集で恋人をつくろうとしていいのか。ダメだろ。


「……じゅ、熟考した上でだけど? なに? 私の判断に不満あるの?」

「えっ、いやだって、両親や家の人に怒られないの? ……自分で言うのもだけど、俺、すっごい一般人だよ? 蓮華院さんの家と釣り合うと来ないよ?」

「そういう心配は別にないけど。誰も私の交際相手にまで口だしなんてしないし」

「じゃあ、厳しいっていったいなんなの?」


 面接官というのは初めてやるが、さっきから相手の話がどうもすんなりと頭に入ってこない。

 別に疑ってかかっているつもりはない。俺の性格が悪いのかもしれない。長い陰キャ生活で、人間不信が育ったせいだろうか。


「そ、それは! えっと……そう、習い事や家の用事に私も顔を出したりで忙しいの! だから、その……中々恋人をつくる暇がなくて……そういう意味で厳しいってこと! そうなのよ!」

「なるほど?」


 なんだか蓮華院は自分で言って自分で納得しているようだったが、確かにお嬢様らしく乗馬や楽器、様々な外国語を習っているとか聞いたことがある。

 蓮華院家の人間として、厳かなパーティーに呼ばれることも多いとか。


「高校を出たら、尚更遊んでいる時間なんてなくなるでしょ? でも、せっかくなら今のうちに……その青春っぽい事って言うの? 恋愛も少しは試してみたいって思ったの。だからよ。あなたに興味なんてないし! むしろ嫌いだけど!? でも他に彼女募集している男なんていないから仕方なくなのっ!」

「え、えぇぇ……蓮華院さんが頼めば、どんな男子でも付き合ってくれると思うけど」


 高嶺の華的な位置づけではあるが、その美貌からも人気自体はとても高い。

 自分からアタックするような屈強な男子がいなくても、付き合ってほしいと言われて断るような男子もいないはずである。


「……じゃあ、佐志路部はどうなの?」

「お、俺?」

「あなたも、頼んだら私と付き合うの?」

「……いや、それは……えっと」


 俺は蓮華院のことが苦手だ。

 向こうからも明確に嫌われているし、正直付き合いたいかどうかで言うと、かなり気が進まない。


「なに……嫌なの? 私のこと、嫌いなの!? 嘘でしょ!?」

「えっええっ!? 嫌いって事は無いけど……」


 嫌いではないが、さっき俺のことをあれだけはっきり『嫌い』と断言しておいて、俺が『嫌い』だということは許さないとばかりの口調だ。なんでだ。不公平じゃないだろうか。


「じゃあ、私は面接合格でしょ!?」

「……そ、そうなるのかな?」


 面接合格。

 蓮華院に関しては、今までの基準で落とすような要素はない。だが合格となると――。


「え、付き合うのか? 俺と……蓮華院さんが!?」


 まさか、まさか過ぎる。

 家に帰ったら妹が裸だったことと、並ぶんじゃないかというくらい信じられない展開だ。


 ――ど、どうしたらいいんだ。妹、俺はどうしたらいいんだ!?


「あのぉ。わたしの面接がまだなんですけど」


 絶望的な状況に待ったをかけたのは、もう一人の顔見知り――クラスの委員長である浮津うきつさんだった。

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