第6話 泣いたのは、着衣

 視聴覚室に集まった大勢の女子(彼氏無し)と黒沢と俺。


 これで俺がいなければ、イケメン黒沢のバチェラーが始まるんだろうという状況だ。


 しかし、彼女たちは明らかに異物として紛れ込んでいる俺の彼女に立候補してきたという。

 嘘だ。騙されている。俺か彼女達かのどちらかが。


 しかし騙されたところで、よくよく考えると俺はたいして困らない。さすがに勘違いピエロのあだ名が学校中に広まると、中等部の妹に迷惑がかかると思う。

 ただ仮に騙されたとして、俺は被害者だからな。その時は、悪いのは黒沢だ。


「あーそうだな。俺から最初に言いたいこと……俺からの条件って言うと偉そうになるけど……一つ、ある」

「胸か。F以上か? 以外とFって言っても実際にはそんな大きく見えないから注意な。目に見えてでかいのは、オレの経験上H以上だが……一般人の高校生相手にはちとハードルが高いから、これだけ居ても一人二人いるかどうかだぞ」

「黒沢、違う」


 俺が真剣な顔で彼女の条件に、巨乳であることを上げるなんて思わないでくれ。


「……まさか、小さい方が?」

「あーその、胸の大きさは気にしていない。というか、その、大変申し訳ないんだが」

「お、男!? 男子は全員断ったぞ! ま、まさか……オレか!? そうだよな、ここにはオレとお前しか男子はっ!!」

「黒沢、うるさい」


 せっかくこちらが真面目に考え出したというのに。


「えっと、さっきからのやり取りでも察してもらえていると嬉しいんだけど、彼女募集は俺じゃなくて黒沢が始めたことで」

「どういうこと!? チャットに書いてたのは黒沢君だったけど、ちゃんと佐志路部君の彼女募集って書いてあったよ!!」

「公式って書いてあったし、青いチェックのアイコンもあった!」

「え、いや、それこそどういうこと!?」


 それは、何の公式なんだ。

 少なくとも、俺の公式は俺以外いないはずだ。


「……あーともかく、集まってくれたみんなに、今更こういうのも悪いんだけれど、俺もなんていうか真っ当な理由で彼女を募集しようとしていたわけじゃなくて」


 さっきからの俺の言葉に、女子達がざわつき始める。


 ――まあ、これで全員が帰ってくれるなら、俺はそれでもいいからな。


「説明は……できない。できないけど、彼女ができたら、変わるんじゃないかっていう理由なんだ。だから、みんながどんな気持ちでここに集まってきてくれているのかわからないけれど、真剣な交際を希望している人には、悪いけど応えられれない」


 俺のことが好きだった――なんて人がいるとも思わないが、これで本当に付き合うことになったら、付き合っていく内にお互い心から好意を持つかもしれない。


 不誠実なことをするつもりなんてない。

 ないけれど、そもそもこの募集自体がどういう意図だったのかは説明する必要があるし、真剣な交際が希望な人(そういう人がこんな謎の募集に立候補するのかは別として)には別を当たってもらいたい。


「それって……どういうことですか?」


 大きくなったざわつきの中、一人の女子が立ちあがった。


 クラスメイトではないが、見覚えのある顔――名前もわかる。

 帆月千波ほつき ちなみだ。とても可愛らしい、守りたくなるようなあどけない顔。たしか、学年で一番人気のある女子だ。黒沢が「彼女にしたい女の子ランキングが存在したら間違いなく一位。もしくは既に殿堂入りしている」と言っていた。


 そんな、学年で一番のモテる女子が、なんでここに?


「どういうことって……俺はその、真剣に好意を持って交際しようってつもりはないから……立候補している人で、俺にそういう誠意とか求めている人とか……あとまあ、いないと思うけど、俺が本当に好きだから付き合いたいみたいな人がいたら、困るってことだけど」


 言っていて、なんとなくクズな感じがすごい。しかしこれを隠したままというのは、あとでバレなかったとしても、尚更不誠実である。


「……佐志路部君のこと、好きな人はダメ、なんですか? 嫌っていないとってことですか?」

「え? 嫌っている必要はないけど……えっと、あんまり本気で好きなのはちょっとダメかな」

「軽い気持ち、ならいいと」

「そうなるかな」


 突然、帆月さんがポロポロと涙をこぼし始めた。


「えっ!? えっ!? どうしたの」

「……わかりました。私は……辞退します。佐志路部君のこと、ずっと……本当に、本当に大好きだったので……」

「う、嘘でしょ!? 俺のことを好きっ!?」

「……自分でも、重いの、よくわかります。そういうのが佐志路部君は困るというなら、身を引きます。……ごめんなさい。こうやって、言葉にして、それもみんなの前で佐志路部君に伝えるのも、重いですよね」


 重いというか、どういうことだ。

 何故か俺の彼女募集に、学年で一番モテる女子が立候補していて、しかも俺を本気で好きだからと辞退しようとしている。わけがわからない。

 いや、最後の理由は、俺がそういう人がいたら遠慮してくれと言ったからだけど。


 帆月さんは、そのまま涙をすすりながら部屋を出て行った。後に、何人かが続いた。

 彼女たちも、俺を本当に好きだったというのか。もしかしたら、部屋から出るタイミングを見計らっていて、帆月さんに合わせただけかもしれない。だけど――。


「佐志路部、お前……人の性癖のこと言うけど、お前もすごいな。普通『自分のことをちゃんと好きな人』って交際相手に求める条件でありがちすぎてわざわざ言わなくてもいいやつなのに……それがNG条件って、どんだけ屈折した恋愛観なんだよ」

「ち、違うよ!? 趣味趣向でつけた条件じゃないからね!?」


 学年で一番モテる女子を泣かせて、サイコパスにされかけてしまった。

 このまま、本当に無事俺の彼女が決まるのだろうか。

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