第4話 怒っているのは、着衣

 妹がどうして突然裸族になってしまったのだろうか。そんなことを考えながら過ごす歴史の授業はいつも以上に他人事だった。


 ――いや、テストの成績があるから、他人事でもないんだけど。


 一応は、将来的に大学受験を考えている。あまり気の抜けたことはできないけれど、それでも裸の妹とアメリカ大統領、どちらが俺の人生に大きく関わるだろうか。


 顔を洗って気持ちも切り替えたつもりだったが、苦手意識の強い相手と出くわしたせいで結局また勉強への熱意が戻ってこないままだ。


 もちろん、俺は蓮華院れんげいんのことが嫌いというわけではない。

 金持ちの娘で、美人で、男子生徒からの人気は計り知れない。高値の華というやつだろう。俺だって、それだけなら、「いいじゃん」と思う。


 ただまあ、中学時代のヤンチャな俺がおいたしたせいで、洒落にならない制裁を受けそうになったから、彼女とはなるべく距離を取っていこうというだけだ。


 それに、俺が苦手な女子というのは別に蓮華院だけじゃない。


 ――苦手というのも語弊があるけれど、強いて言うなら得意でないというか、仲がいいというわけじゃないというか。


 俺と仲のいい女子なんて、委員長の浮津うきつさんくらいだ。

 品行方正、八方美人――は、悪い意味か。でもどの方向から見ても美人だよ?――な彼女は、クラスメイト誰彼構わず優しくフレンドリーである。

 なので、俺に取っては唯一仲がいい女子ではあるけれど、浮津さんからすると俺は多分ただのクラスメイトだ。悲しい現実だったが、いや、俺は友人関係は双方向性がなくてもいいと思うんだ。いいだろ、俺だけが友人だと思っていたも。


 友人関係だけじゃない、相手への気持ちなんて、多くの場合一方的なもので――しかし、それが悪いものでもないはずである。



   ◆◇◆◇◆◇



 昼休み、適当に黒沢を連れて食堂へ行こうとした。


 いつもなら、あいつも「おーう、行くべ行くべ」と話は早いはずが、


佐志路部さしろべ、そんな場合じゃないぞ」

「昼休みに飯より大事なことあるか?」

「八十七人だ」

「え? なにが?」

「お前の彼女になりたいって立候補した人数だよっ!」


 ――おい、黒沢よ。まだその冗談を続けるのか。


 腹も減って、もっと悩むべき問題もある俺は、いくら友人同士の冗談でも顔をしかめてしまう。


「あのなぁ……冗談も大概に……」

「マジなんだって」

「わかりやすい嘘をつくな! そもそもクラスの女子より多いだろ!」


 クラスのグループチャットで募集したはずだ。男女合わせて三十二人、女子はちょうど半分の十六人しかいない。

 彼女たちが黒沢のおふざけに悪乗りした――としても、八十七人という数に膨れ上がるわけはない。


「さっきから俺をバカにして楽しんでいるんだろうけど、冗談のレベルが低すぎるだろ……」


 せめて一人二人なら、俺も一瞬まさかと信じかけた可能性がある。

 だが八十七人という物理的に不可能な数。俺をバカにしている以外なにものでもなかった。


「いやーオレも予想してなかったけど、他のクラスとか、他の学年からも応募があってな。ちなみに男子も何人かいたけど……今回は佐志路部の女子慣れが主目的だから断っておいた」

「え? クラス外? 男子?」

「中等部からの応募もあるけど、こっちはどうする? 別に一つ二つの歳の差は問題ないだろうけど、佐志路部の場合は妹ちゃんも中等部にいるし、下手したら厄介になるんじゃないかと思ってな」

「中学まで!? 洒落にならないだろっ!!」


 俺が通う下連雀しもれんじゃく高等学校は中間一貫校なので、同じ校舎内に中等部――下連雀中等学校がある。

 中学には、妹が通っている。

 万が一にも、『兄貴がグループチャットで彼女募集中』だと妹の耳にまで届いてはいけない。……これ、冗談なんだよね?


「安心しろ、ちゃんと中等部の子にはお断りを入れておいた」

「お断りだけじゃなくてな……えっと、それで何人になったんだ?」


 それよりも、黒沢の話が――こいつのオチに察しが付いてしまった。


(実際には募集もしていないし、誰も集まっていないのだけれど、それだけではオチとして弱い……)


 黒沢は「八十七人集まった」というわかりやすい嘘で俺の意識を逸らし、しかし応募者の中には男子や中学生もいたことと、彼らには既に断りを入れたと説明する。

 そうすると、


 ――結果的に立候補者が残らなかった。


 最初から誰一人として俺の彼女になりたいという女子なんていない。いないが、まるでたくさんいたかのような空虚をつくりあげたのだ。


 黒沢という男は、俺を元気づけるために、俺に架空のモテをプレゼントしてくれたというのか。


(いや、言っとくけど別に嬉しくないよ!?)


 モテたかったわけじゃない。モテないから、妹の裸を見て変な気分になっているわけじゃない――と思いたい。

 思いたいが、黒沢の言っいる通り女慣れはしていないし、彼女がいないから女性に対して妙な意識が強いのかもというのは多少納得できる。


 それでも、モテたいという俗物的な悩みではなかった。

 俺はもっと、家族のことを真剣に思い悩んでいて――。


 まあ、それとは別に、男子高校生として普通にモテたいって気持ちもあるけれど。


「それで最終的な人数だが……百十五人だ」

「増えてるっ!?」


 ――え、俺がモテたいって気持ち、バレた? ……じゃなくて、なにこの話続くの?

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