【改稿前】純粋な気持ち、擦れる心
「着いたぞ」
「シグザー、一人暮らしなの?」
「そうだ」
「……じゃあ、どうして椅子が二つもあるの?」
「それは──」
ベレッタの純粋な疑問に、言葉が止まる。
リビングに、種類の違う椅子が二つ。
「……ッ、昔は一緒に住んでた奴が居たんだよ」
「へえ……今、その人は──」
「これ以上聞いてくんな。……部屋はそこだ。好きに使え」
「あ、うん。ありがとね」
ベレッタは何か言いたげだったが、追求してくることは無かった。俺は自分の部屋に入り、ベッドに寝転がる。
「何やってんだよ、俺は……」
独りごちた言葉は、静けさに消えていった。
◇
翌朝。俺はベレッタに、ここを出て他を当たれと言った。咄嗟だったが『今日だけだ』と昨日言ったのだから、嘘にはならねえはずだ。
だが、ベレッタは首を縦に振らなかった。
「どうして? あたしと暮らすの、そんなに嫌?」
「そうじゃねえ。この地区には俺なんかより親切な奴はいくらでも居る。だから、俺よりお前を幸せにしてくれる奴を探せって言ってんだ」
「シグザーじゃダメなの? あたし、シグザーと暮らしたいよ」
「……ッ、俺は人と一緒に暮らしちゃいけねえんだ。とにかく出てけ」
無理やり言葉を絞り出すと、ベレッタは悲しそうな顔をした。
「そっか……分かった。そこまで言うならそうする。でも、親切にしてくれてありがとう」
そう言うと、ベレッタは出ていった。
これでいいんだ。これでベレッタは幸せに生きられる。俺はまた独りに戻っただけだ。
なのに、どうしてこんなに辛いんだ。
◇
それから俺は、掃除や洗濯なんかをして過ごした。とにかく何かをしてねえと落ち着かなかった。
そうこうしているうちに日も暮れた頃、ドアベルが鳴った。ドアを開けると──ベレッタが居た。
「お前、なんで……」
「えへへ、来ちゃった」
ベレッタは照れくさそうに笑う。
来ちゃったじゃねえよ。他を当たれって言っただろうが。どうして戻ってきやがるんだ。
「あたしね、やっぱりシグザーと一緒に暮らしたいと思ったの。言われた通り家を回ったけど……みんな親切だった。あたしがテクノトピアから抜け出してきたって言ったら、すごく心配してくれて……色んなことを教えてくれたよ」
「だったら──」
「そこでね、シグザーが助けてくれたって話したの。そしたら、みんな言ってたよ。『シグザーは良い人だ』って」
「っ……」
「いつもみんなのことを気にかけてるし、困ってる人がいたら必ず助けてくれてたって。……でも、レミンって人が居なくなってから、自分たちから距離を置くようになっちゃったって。みんな心配してたみたい」
「そんな訳──」
「シグザー。あなたはみんなから慕われてるのに、どうして独りで居ようとするの? あたし、あなたと暮らしたい。あなたのことをもっと知りたい」
ベレッタは真っ直ぐに俺を見つめてくる。
やめろ。そんな目で俺を見るな。ああ、もう──
「……勝手にしろ」
「えっ?」
「……勝手にしろよ。家に上がんなら、好きにすりゃいい」
「……! ありがとう、シグザー!」
ベレッタは嬉しそうに笑う。
出ていけと言うべきだった。だが、言えなかった。
◇
「シグザー、ソーシャライツの人たちはホントに優しいね」
家に入ってからも、ベレッタはずっと話しかけてくる。
「みんな、テクノトピアからこっそり抜け出してきたって言ってた。それで、最初に集まった何人かがソーシャライツ地区を
「……」
「みんな、ここを新しい故郷にしようって頑張ってるみたい。人と人が交わって、一緒に暮らせる場所を作っていこうって。……あたし、ここに来て良かったって思う。あたしが望んだ幸せは、誰かと心を通わせながら生きていくことだったんだって、気付けたから」
ベレッタの弾んだ声が、耳を通り過ぎていく。だが、その言葉は俺の心に重く響いた。
誰かと心を通わせながら生きていくこと。ベレッタはそれが幸せだと言った。それは、俺にとっても同じだった。
レミンと暮らすようになって、初めて手にできた幸せだった。レミンが連れていかれてから、自分の意志で手放した幸せだった。
ベレッタの言葉は、話す声は、段々とノイズみてえに聞こえ始めた。
うるせえ。黙れ。そんな話なんざ聞きたくねえ。俺は独りでいいんだ。
「やっぱり一人より、みんなと暮らした方が幸せだよ。だからシグザーも──」
「うるせえッ!!」
俺は思わず怒鳴っていた。ベレッタは驚いた顔で固まっている。
「勝手に決めつけるんじゃねえよ! 俺は人と馴れ合う気はねえんだ! 独りで生きていくって、そう決めたんだよ!!」
「……っ、どうして? どうしてそんなに人を
「黙れって言ってんだろ! これ以上踏み込むんじゃねえよ!」
俺は椅子から立ち上がり、ベレッタに詰め寄る。だがベレッタは
「嫌だ! あたしはもっとシグザーのことを知りたい! なのにどうして壁を作るの!?」
「ッ……もう俺に構うな!」
「シグザー……!」
俺はベレッタを突き飛ばし、逃げるように部屋を出た。
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