【改稿前】純粋な気持ち、擦れる心

「着いたぞ」

「シグザー、一人暮らしなの?」

「そうだ」

「……じゃあ、どうして椅子が二つもあるの?」

「それは──」


 ベレッタの純粋な疑問に、言葉が止まる。

 リビングに、種類の違う椅子が二つ。


「……ッ、昔は一緒に住んでた奴が居たんだよ」

「へえ……今、その人は──」

「これ以上聞いてくんな。……部屋はそこだ。好きに使え」

「あ、うん。ありがとね」


 ベレッタは何か言いたげだったが、追求してくることは無かった。俺は自分の部屋に入り、ベッドに寝転がる。


「何やってんだよ、俺は……」


 独りごちた言葉は、静けさに消えていった。



 翌朝。俺はベレッタに、ここを出て他を当たれと言った。咄嗟だったが『今日だけだ』と昨日言ったのだから、嘘にはならねえはずだ。

 だが、ベレッタは首を縦に振らなかった。


「どうして? あたしと暮らすの、そんなに嫌?」

「そうじゃねえ。この地区には俺なんかより親切な奴はいくらでも居る。だから、俺よりお前を幸せにしてくれる奴を探せって言ってんだ」

「シグザーじゃダメなの? あたし、シグザーと暮らしたいよ」

「……ッ、俺は人と一緒に暮らしちゃいけねえんだ。とにかく出てけ」


 無理やり言葉を絞り出すと、ベレッタは悲しそうな顔をした。


「そっか……分かった。そこまで言うならそうする。でも、親切にしてくれてありがとう」


 そう言うと、ベレッタは出ていった。

 これでいいんだ。これでベレッタは幸せに生きられる。俺はまた独りに戻っただけだ。

 なのに、どうしてこんなに辛いんだ。



 それから俺は、掃除や洗濯なんかをして過ごした。とにかく何かをしてねえと落ち着かなかった。


 そうこうしているうちに日も暮れた頃、ドアベルが鳴った。ドアを開けると──ベレッタが居た。


「お前、なんで……」

「えへへ、来ちゃった」


 ベレッタは照れくさそうに笑う。

 来ちゃったじゃねえよ。他を当たれって言っただろうが。どうして戻ってきやがるんだ。


「あたしね、やっぱりシグザーと一緒に暮らしたいと思ったの。言われた通り家を回ったけど……みんな親切だった。あたしがテクノトピアから抜け出してきたって言ったら、すごく心配してくれて……色んなことを教えてくれたよ」

「だったら──」

「そこでね、シグザーが助けてくれたって話したの。そしたら、みんな言ってたよ。『シグザーは良い人だ』って」

「っ……」

「いつもみんなのことを気にかけてるし、困ってる人がいたら必ず助けてくれてたって。……でも、レミンって人が居なくなってから、自分たちから距離を置くようになっちゃったって。みんな心配してたみたい」

「そんな訳──」

「シグザー。あなたはみんなから慕われてるのに、どうして独りで居ようとするの? あたし、あなたと暮らしたい。あなたのことをもっと知りたい」


 ベレッタは真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 やめろ。そんな目で俺を見るな。ああ、もう──


「……勝手にしろ」

「えっ?」

「……勝手にしろよ。家に上がんなら、好きにすりゃいい」

「……! ありがとう、シグザー!」


 ベレッタは嬉しそうに笑う。

 出ていけと言うべきだった。だが、言えなかった。



「シグザー、ソーシャライツの人たちはホントに優しいね」


 家に入ってからも、ベレッタはずっと話しかけてくる。


「みんな、テクノトピアからこっそり抜け出してきたって言ってた。それで、最初に集まった何人かがソーシャライツ地区をつくったんだって。ね、シグザーも知ってる?」

「……」

「みんな、ここを新しい故郷にしようって頑張ってるみたい。人と人が交わって、一緒に暮らせる場所を作っていこうって。……あたし、ここに来て良かったって思う。あたしが望んだ幸せは、誰かと心を通わせながら生きていくことだったんだって、気付けたから」


 ベレッタの弾んだ声が、耳を通り過ぎていく。だが、その言葉は俺の心に重く響いた。


 誰かと心を通わせながら生きていくこと。ベレッタはそれが幸せだと言った。それは、俺にとっても同じだった。

 レミンと暮らすようになって、初めて手にできた幸せだった。レミンが連れていかれてから、自分の意志で手放した幸せだった。


 ベレッタの言葉は、話す声は、段々とノイズみてえに聞こえ始めた。

 うるせえ。黙れ。そんな話なんざ聞きたくねえ。俺は独りでいいんだ。


「やっぱり一人より、みんなと暮らした方が幸せだよ。だからシグザーも──」

「うるせえッ!!」


 俺は思わず怒鳴っていた。ベレッタは驚いた顔で固まっている。


「勝手に決めつけるんじゃねえよ! 俺は人と馴れ合う気はねえんだ! 独りで生きていくって、そう決めたんだよ!!」

「……っ、どうして? どうしてそんなに人をけるの?」

「黙れって言ってんだろ! これ以上踏み込むんじゃねえよ!」


 俺は椅子から立ち上がり、ベレッタに詰め寄る。だがベレッタはひるまなかった。


「嫌だ! あたしはもっとシグザーのことを知りたい! なのにどうして壁を作るの!?」

「ッ……もう俺に構うな!」

「シグザー……!」


 俺はベレッタを突き飛ばし、逃げるように部屋を出た。

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