【改稿前】真っ直ぐな少女、揺れる想い

 家に居ると気が滅入りそうで、俺は出かけることにした。いつものように、人通りの少ない道を選んで歩く。だが、今日はやけに虚しかった。その虚しさを振り払うように、早足で歩く。


 気が付くと、辺りの様子が変わっていた。どうやら隣の地区まで歩いてきていたらしい。


《テクノトピア地区へようこそ! 世界一幸せな都市・クォンタムメトロポリスで、あなたも幸せな暮らしを!》


『世界一幸せな都市』。この都市にはそんな看板が至る所に掲げられている。

 クォンタムメトロポリスは、かつて人間によって統治されていたらしい。だが、権力者たちはもっと幸せな暮らしを住民たちへ提供すべく、AIを導入した。そしてAIを搭載したアンドロイドが、都市を治めるようになったという訳だ。


「幸せ、か……」


 テクノトピア地区の人間は、アンドロイドの管理下で幸せに暮らしている。俺もかつてはそうだった。アンドロイドが決めた、幸せな生活。俺はそれに従っていれば良かったし、それが幸せだと思っていた。

 ……そう、思っていれば良かったのに。


 俺は看板から目を離す。ここに居ると嫌なことばかり思い出しちまう。早く別の場所に──そう思った時だった。俺の耳に、こんな声が飛び込んできた。


「……何よ! 別にいいじゃない!」


 誰かが揉めているような声だ。感情の込もった、エネルギーに満ちた声。人間の声に違いなかった。

 声は狭い路地の方から聞こえてくる。俺は路地の中へと足を踏み入れ、物陰から声の主を探す。左を向くと、そこにはスーツ姿の男と若い女がいた。


「駄目だ。勝手な行動は許されない。居住区域に戻れ」


 男は表情一つ変えずに淡々と言う。見た感じ、アンドロイドだろう。


「嫌! あたしは自由に生きたいの!」


 若い女は力強く言う。ハイティーンくらいだろうか。横顔からも強い意志が感じられる。こいつは人間に違いねえ。


「これもお前の幸せな暮らしのためだ」

「何が幸せな暮らしよ! あたしの幸せは、あんな暮らしをすることじゃないわ!」


『何が幸せな暮らしだ』。他人事ひとごとだと思って聞いていたが、その一言が俺の心を揺さぶった。女の姿に、あの日の俺が重なる。

 やめろ。そんなこと言うな。お前は幸せなんだ。そのまま幸せに生きろ。俺みたいになるんじゃねえ。


「そうか。我々の定める幸せを否定するというのならば仕方ない。少し手荒になるが連行させてもらう」


 男はそう言ったかと思うと、ふところから何かを取り出し、女に振り下ろした。


「っ! きゃあっ!!」


 女は間一髪のところでそれをかわした。一瞬、青白い光が目に映った。スタンガンだ。また振り上げられ、女に──


「やめろッ!!」


 気付いた時には飛び出していた。痛みを覚悟し、目をつぶる。が、何も起きない。ゆっくりと目を開けると、勢いのまま振り下ろされるかと思えたスタンガンは、俺に当たる寸前で止まっていた。


「何者だ。邪魔をするなら容赦はしないが」

「っ……待て! こいつを傷付けるな! ……その、なんだ、こいつは俺の連れだ。……そうだ、ここでの暮らしに慣れてねえんだ」


 咄嗟とっさのことに上手い言い訳も浮かばず、口から出た言葉は無茶苦茶だった。が、男は意外にも納得した様子だった。


「そうか。ならば、お前が彼女を送り届けろ。勧誘者であるなら、それが務めだろう」

「あ、ああ。分かったよ。すまねえな、手間かけさせちまって」


 俺は軽く頭を下げた後、女を引っ張るようにしてその場を離れた。



 男の姿が見えなくなってから、俺は女の腕を離した。

 ここまで来れば──いや、何が大丈夫なんだ。何やってんだ俺は。こんなことしてどうすんだ。


「あ、あの……ありがとう。助けてくれて」

「……礼なんかいらねえよ。つーか、お前こそなんであんな真似したんだ。アンドロイドに歯向かうなんて、危険すぎんだろ」

「だって、ここでの暮らしは息苦しいんだもん。……幸せになれるって聞いてたから、この都市に来たのに。決められた生活以外、認めてもらえないなんて。そんなの……幸せじゃないよ」


 女はむくれたように呟く。俺は──何も言えなかった。


「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」


 女の一言で、俺は我に返る。


「……シグザーだ」

「シグザーね! あたしはベレッタ!」


 女──ベレッタは、眩しい笑顔を俺に向ける。俺は思わず目を逸らした。


「ねえ、シグザー。どうしてあたしを助けてくれたの?」

「それは……」


 ──似てるんだ。昔の俺と。お前を助けたいと思ったのは、昔の自分への贖罪しょくざいなのかもしれねえ。

 そう言いかけ、口をつぐむ。


「……別に。気まぐれだ」

「ふうん……?」


 ベレッタはどこかいぶかしんでいる様子だったが、すぐに屈託のない笑顔を見せた。


「まあいっか! それじゃ、助けてくれてありがとね!」


 そう言うと、あろうことかベレッタは地区の外へと歩き始めた。


「お、おい! どこ行くんだ!」

「え? どこっていうか……分かんない! ここじゃないところ!」

「お前な……住む場所はどうするつもりなんだ?」

「そんなの決めてなーい」


 ベレッタはあっけらかんと言う。

 なんなんだ、どうしてこいつはここまで俺と似てやがるんだ。


「あークソッ! ……来い!」


 俺は頭をガシガシと掻くと、なかばやけくそになってベレッタの手を引いた。


「わわっ!? な、何?」

「俺の家に泊めてやる」

「え? いいの!?」

「仕方なくだ! 今日だけだからな!」

「わーっ! ありがとう、シグザー!」


 俺はベレッタを引き連れ、家路を急いだ。

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