第5話 恥ずかしがり屋の男の子

 水都の母親は、わたしたちが遊ぶのを複雑な表情で見ていた。


「あの子、友達と遊べるのね。今行っている幼稚園では、いつも一人でいるんです」

「ゆらりちゃんは明るいし、優しい子ですから。気が合うんでしょうね」


 先生の受け答えに、わたしはニカっと笑った。


「ミナトくんも優しいよ!」


 隣にいる水都に、同意を求める。


「ミナトくんと友達になりたい。いい?」

「ん」

「やったぁー! みなっちで呼んでもいい?」

「ん」

「ありがとう!」

「ん」


 水都には、はっきりとした表情の変化がなかった。

 それでも目の動きや、少し緩んだ口元から、わたしと友達になることを嬉しく思っているのが伝わってきた。


「みなっち、明日も来る?」

「ごめんなさい。明日は用事があって、来られないの。それに水都は、別の幼稚園に通っていて……」


 水都の母親が即座に謝った。

 その途端、水都の表情がキリッとしたものに変わった。母親を見上げ、毅然とした態度で言った。


「ボク、明日からここに通います」

「え……」

「お母様は、用事をしてください。ボク、一人でここに来ます」

「え、でも……」

「道は覚えています。一人で来られます」


 無口だった男の子の、いきなりの豹変。わたしも先生も目を丸くした。

 わたしは水都の両手を取ると、左右にぶらんぶらんと大きく振った。


「みなっちって、出来る男! かっこいい!!」

「……ん」


 水都の色白の顔が真っ赤になった。照れているのが可愛かった。



 次の日から水都は登園した……と、いうわけにはいかず。やはりそこは大人の事情で、どうしようもできなかったらしい。

 けれど、一週間後。水都は登園してきた。

 幼稚園の門で立ちすくんでいる水都に、わたしは手を振って駆け寄った。


「みなっち、おはよー! 会いたかったよー!!」

「ん」


 水都はつないでいる母親の手を振り払った。


「一人で行きます。お母様は帰ってください」

「本当に大丈夫? 吐いたりしない? ちょっとでも気持ちが悪いと思ったら、すぐに先生に言うのよ。帰りたくなったら先生に言ってね。お母さん、すぐに迎えに来るからね。嫌なことや困ったことがあったら、我慢せずに先生に言うのよ。お友達に嫌がらせされたら、お母さん、相手の親に言ってあげるからね」


 水都の母親はおしゃれな人だった。薄いベージュ色のワンピース。その服装に似合う、パールのピアスとネックレス。五センチのハイヒール。高そうなハンドバック。

 幼稚園ではなく、音楽会に行くような格好だと思った。

 母親は化粧がバッチリしてある顔で、わたしと目を合わせた。


「ゆらりちゃん。水都は胃とお腹が弱い子なの。もしかしたら吐いちゃうかもしれないんだけど、からかったりしないであげてね。それと、食が細くて。先生にはお話してあるのだけれど、食べられないものが多いの。残しても見ないふりをしてあげて。それと、乱暴な言葉は使わないでね。水都が真似したら困るから。それと肌が弱いから、あんまり太陽の下で遊ぶのは……」

「お母様! 帰ってくださいっ!!」


 大声をあげた水都に、母親は目を丸くした。


「あなた、大きな声が出せるの? 驚いたわ」


 わたしの母は放任主義。水都の母親は過保護。全然違うのがおかしくて、クスクス笑った。

 水都はバツが悪そうに、「お母様、それ以上言わないでください。友達に笑われたくないです」と小声で訴えたのだった。



 水都と同じ幼稚園になった。けれど、水都とだけ遊ぶわけにはいかない。わたしには友達がたくさんいる。


「みなっちもおいでよ!」


 ままごとをしている友達の輪に誘う。水都は離れた場所に立ったまま、首を横に振った。

 ままごと遊びをしたくないのだと思った。

 それからわたしは、事あるごとに水都を誘った。入ったばかりで友達のいない水都に、たくさんの友達を作ってあげたかった。でもいつも水都は遠巻きに見ているだけで、友達の輪に一回も入ってこなかった。

 それが一週間ぐらい、続いた。



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