第6話 結婚の約束
ある日。私はもどかしくなって、水都の手を引っ張った。
「みなっちがいないとつまんない! 一緒に遊ぼう!!」
「でも……」
「なに?」
水都はもじもじと顔を赤くした。
「ボク、迷惑じゃないかなって……」
「どうして?」
「邪魔しちゃ悪いかなって……」
意味がわからなかった。水都もはっきりとは言わなかった。ただ、耐えるように唇を噛んで、首を横に振っただけだった。
小学生になってこの場面を思い出したとき、ハッとした。
水都は、他人の視線や感情に敏感だった。
私と一緒に遊んでいた友達の、目。その目にあった嫌な感情を読み取って、遠慮したに違いないと思った。
私は友達に、水都も一緒に遊んでいいか、聞かなかった。聞く頭がなかった。
私は友達の気持ちにも、水都の気持ちにも鈍感だった。
私は五月十日生まれ。水都は三月十七日生まれ。同じ年中でも、私たちの間にはだいぶ差があった。
私はお姉さん気取りでいたけれど、実際は水都のほうが精神年齢が上だった。
そんな鈍感な私ではあったけれど、マイペースに楽しく、幼稚園時代を過ごした。
年長の夏。ビニールプールで遊んでいる私たちに、先生がホースの水を浴びせたことがあった。
キャーキャーとした、黄色い歓声があがる。
私はビニールプールから飛び出して、園庭を逃げ回った。
幼稚園の蛇口の中に一箇所だけ、井戸水の出る水道があった。そこだけは水をたくさん出してもいいことになっていて、先生は長いホースを引きずって、逃げる私たちを追いかけてきた。
すると、水都が大人用のビニール傘を持ってきた。
「ここに避難しよう」
「みなっち、あったまいいー!!」
水都が差した、透明のビニール傘。その下に入って、水攻撃から逃れる。
ビニール傘に水がボツボツと当たる。その音がおもしろくて、水都と一緒に笑った。
水都がこの幼稚園に来てから、十ヶ月がたっていた。水都は私以外の友達と遊ぶことはなく、一人で静かに本を読んでいることが多かった。けれど、私が一人になると本を読むのをやめて来てくれる。
この日も、ビニールプールで友達を遊んでいたときには、水都は一人でチャプチャプと水を揺らして遊んでいた。けれど一人になった途端、傘を持って私のところに来た。
「ねぇ、見て。水が揺れている」
傘の露先を持って振ると、ビニール部分に溜まった水滴がふるんと揺れた。
「綺麗だね」
「ん」
太陽を浴びて輝いている雫。キラキラと光る雫に見惚れていると、水都が緊張した声で名前を呼んだ。
「ゆらりちゃん」
「なに?」
「大人になったら、なりたいものある?」
「うーん……わかんない」
「ボクは、ある」
「なに?」
「……ゆらりちゃんと、結婚したい……」
「そうなの? うん。いいよ!」
「本当? 結婚の意味、わかっている?」
「一緒に暮らすんだよね? いいよ!」
水都は嬉しそうにはにかむと、キリッと引き締まった真面目な顔になった。
「ボク、一生懸命に勉強する。偉くなる。かっこいい男になる」
「なんで? みなっち、頭いいし、かっこいいよ」
「だめ。足りない」
「そっかなぁ?」
私は小首を傾げた。水都はひらがなもカタカナも読めるし、漢字も書ける。英語も話せるし、ピアノも弾ける。顔だって、かっこいい。それに気が利く。私が困っていると助けに来てくれる。お弁当を忘れると、自分のお弁当を半分くれる。
だから、私は言った。
「みなっちはかっこいいよ。私のヒーローだもん」
「え……」
いきなり、顔に冷たい水がかかった。先生が青いホースの先端を傘の中に入れたのだ。
「きゃあーっ!!」
私と水都は傘を捨てると、手をつないで走った。おもしろくて、楽しくて、二人して笑い転げた。
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