第7話 妬み

 私は単純で鈍感で感覚的。水都は複雑で敏感で思考的。

 私は体力おばけで滅多に風邪を引かない。水都は体調を崩しやすくて休みがち。

 私は外遊びが好きで、水都は室内で本を読むのが好き。

 私は虫を素手で触われるけれど、水都はダンゴムシもカブトムシもカタツムリもてんとう虫も触れない。


 私たちは違うところがたくさんある。でも、仲良し。


 私が転んで泣いていると、水都は飛んできて心配してくれる。水都は転んでも、意地悪なことを言われても、泣かない。

 自分のことでは泣かないのに、私が泣くと、水都も泣く。私が笑うと、水都も笑う。水都の笑顔と泣き顔は、私と連動しているらしい。

 私は、そんな水都の世界が好きだった。ずっとずっと、大人になっても、友達でいられると思っていた。

 


 幼稚園を卒園し、私と水都は市立小学校に入学した。クラスは同じ、一年一組。


「同じクラスだね。やったね!」

「ん」


 小学生になっても変わることなく、私たちは仲が良かった。近所なので、登下校は毎日一緒。

 幼稚園とは生活リズムが全然違うけれど、でも、水都との仲の良さは変わらない。

 けれど、世界はそれを許さなかった。動物の世界と同じように、人間社会も弱肉強食。

 

 同じクラスに、川瀬かわせ杏樹あんじゅという、気の強い女子がいた。一組のボス的存在。

 杏樹は自分の考えを変えない。その考えが間違っていたとしても、絶対に謝らない。私は杏樹が苦手だった。

 

 二年生の冬のこと。水都は風邪を引いて、学校を休んだ。

 一人で帰っていると、川瀬杏樹と、その友達三人に呼び止められた。近くの公園に連れて行かれる。

 その日は風が強くて、寒かった。公園には私たちしかいなかった。

 私は、四人に取り囲まれた。

 川瀬杏樹はサラサラの髪をかきあげると、ツンとした真顔で言った。


「由良くんはみんなのものだから。独り占めしないで」

「え……」

「ここにいる、みーんな! 由良くんが好きだから!!」

「え……」


 水都は綺麗な顔をしているし、勉強ができるし、字もうまいし、絵も上手。走るのはちょっと遅いけれど、水泳は早い。さらには、ピアノを弾けるし、英語も話せるし、お金持ちなのでブランドものの洋服を着ている。

 水都は、他の男子みたいに悪ふざけをしない。自分の席で一人、静かに本を読んでいる。おとなしいけれど、意見が必要なときははっきりと話す。

 そんな水都を好きになる女子は多いだろうに、恋愛感情に疎い私は全然気づいていなかった。


 杏樹は、威圧感のある鋭い声で命令してきた。


「由良くんは、うちらの王子様だから。あんたのものじゃないんだから、独り占めするのはやめて!」

「あ……ごめんなさい。知らなくて……」

「なにを知らないって?」

「その……みんなが、みなっちを好きなこと……」

「はぁ? ねぇ、みなっちだって。どう思う?」


 杏樹は、友達三人を見回した。三人は意地の悪い笑い声をあげながら口々に、「水都くんにあだ名をつけるなんて生意気!」「そういうところが嫌われるんだよねぇ。全然わかっていない」「っち、ってなんなの? ダサすぎなんですけど!」と攻撃してきた。


「あのさぁ……」


 杏樹はドスの効いた低い声で睨んだ。眉間に青筋が浮いている。


「由良くんをダサいあだ名で呼ばないで!!」

「……ごめんなさい……」


 取り囲む四人が怖くて、何度も謝った。

 体の震えが止まらないのは、寒さのせいだけじゃない。

 私たちの他には誰もいない公園。誰か来て──、私は心の中で助けを求めた。


「あんたのこと嫌い。見ているだけでイラつく!!」

 

 杏樹は、私の肩をいきなり押した。身構えていなかったので、思いっきり尻もちをついた。

 杏樹は上から睨みつけ、友達三人は「だっさー!」と手を叩いて笑った。


「いじめられたい?」

「やだっ……」

「だったら、由良くんと仲良くしないで。絶交して!!」

「でも……」

「だいたいさ、ゆらりって名前、生意気。由良くんと被っていて、すっげーイラつく。名前、変えろ!!」

「…………」

「こんなのどう?」


 渡辺わたなべ美晴みはるが、笑いながら口を開いた。


「ブスだから、ぶらりがいいんじゃない?」

「それいいーっ! ぶらりのぶは、ブスのブーっ!!」


 四人全員が大笑いした。

 私は信じられない思いで、渡辺美晴を見上げた。美晴とは、幼稚園からの友達。小学生になって遊ぶ回数は減ったけれど、友達だと思っていた。もしかしたら、助けてくれるかも……と、淡い期待を抱いていた。

 けれど、助けてくれるどころか、ひどいあだ名をつけた。


 家に帰ると、父がいた。福祉施設に勤めているので、平日のほうが休みが多い。

 父は、おやつにポテトチップスをだしてくれた。

 話したかった。いじめられたって訴えたかった。

 でも、父の優しい笑顔を見ていると、なにも言えなかった。父を悲しませたくなかった。

 その夜。布団にもぐって、声を殺して泣いた。

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