第4話 水都との出会いは幼稚園

 一時間目は英語。

 水都の席は、廊下側の前から二番目。私の席は、廊下側から三列目の、前から四番目。

 そういうわけで、水都の整った横顔を観察できる。

 スッと上がった眉毛と、目尻が上がったねこ目。長くてふさふさの睫毛に、綺麗な鼻筋。薄くも厚くもないちょうどいい唇。

 口の悪い男子が「整形してまで、女にモテたいのかよ」と陰口を叩いていたのを聞いたことがある。

 つまりそれほどに、水都は顔がいい。肌はきめ細やかで、どんな手入れをしたらつややか卵肌になれるのかご教授願いたいほど。

 黒髪は無造作だが、そのラフさがかっこいい。


 笑ったらもっとモテると思うのに、水都は基本的に無表情。

 魅音は水都のことを、クール系不思議男子に分類している。


「なにを考えているのかわからないし、口数が少ないじゃん。明るい性格か暗い性格なのかも、わからない。でも、そのミステリアスさがかっこいいけれど!」


 私は付き合いが古いので、水都は明るい性格と暗い性格の中間に位置していると思っている。

 初めて出会ったときのことを思い出す。水都は、トトロの映画に出てくるカンタみたいだった。「ん」ばっかり言っていた。

 水都を見ていると、思ってしまう。今までも何度も、思ってきた。


(もしもあのとき絶交しなかったら、どうなっていたのかな……)



 ◇◇◇



 私と水都の出会いは、幼稚園。

 水都は有名な私立の幼稚園に入ったのに、馴染むことができなかったらしい。毎朝トイレに閉じこもって登園拒否をしていたそう。

 水都の父親は大病院に勤めていて、激務だった。母親はワンオペ育児に疲れ果て、近所の幼稚園に見学に来た。

 それが、年中の九月。私は五月生まれなので五歳で、水都は三月生まれなので四歳だった。

 水都はチビでひょろひょろしていて、肌が白かった。もやしっ子という表現がぴったり。


 水都は幼稚園の門から中に入ってこなかった。母親が、つないでいる手を引っ張っても動かない。足を踏ん張り、顔を真っ赤にしてその場から動こうとしない。

 目に涙を浮かべながらも泣くことをせず、口をへの字に曲げていた。先生が優しい笑顔で話しかけても、頑なに黙っている。


(へー、おもしろい子!!)  


 私は興味を引かれて、駆け寄った。


「先生、その子だあれ?」

「ミナトくん。見学に来たのよ」

「そっかー。ミナトくん、なにして遊ぶ?」

「…………」

「ままごとがいい? それともクルマ? 砂場もあるよ。砂に恐竜を隠して遊ぶ?」

「…………」


 水都の代わりに、母親が答えた。


「水都は恐竜が大好きなの。トリケラトプスやスピノサウルスが好きなのよ」

「スピノサウルスって、なに? どんな恐竜?」


 水都の唇がかすかに動いた。私はそれを見逃さず、上半身を折って、水都に顔を近づけた。


「教えてくれるの?」

「……白亜紀後期の、魚を食べる恐竜」

「私も、魚好きだよ。あ、いいこと考えた!! 砂場に魚を泳がせて、スぺノサウルスに捕らせよう!!」

「ん」


 私は水都の手を引っ張ると、園内へと走った。水都は抵抗しなかったので、スムーズに走ることができた。

 ままごと道具の中からサンマを引っ張りだすと、砂場に作った池に泳がせる。それから、おもちゃ箱の中からナイロン製の恐竜を持ってきた。


「持ってきたよー!」

「……それ、ティラノサウルス」


 幼稚園のおもちゃ箱の中には、スピノサウルスはいなかった。仕方がないので……。


「この恐竜の名前を、スぺノサウルスにしよう!」

「ん」


 スピノサウルスを、スペノサウルスとインプットしてしまった私。でも水都は同意してくれた。

 私は泥水に手を突っ込んで、サンマを泳がせる。


「食べたいなら、捕まえてみろー! がおーっ!!」

「ん」


 私が手にしているのはサンマ。スペノサウルスを持っているのは水都である。

 それなのに、私は恐竜ばりの雄叫びを放って、勢いよくサンマを泳がせた。水都はスペノサウルスを手に、泳いでいるサンマを追いかける。 

 楽しくなった私はすっかり調子づいて、サンマをジャンプさせた。

 

「飛びまーす! 追いかけておいでー!!」

「ん」


 空を飛んだサンマは、すべり台をのぼって銀色の坂を滑り落ちる。スペノサウルスも後に続く。

 その後サンマはトンネルに隠れ、見つけたスペノサウルスに食べられた。

 はちゃめちゃな遊びなのに、水都は文句を言うことなく付き合ってくれた。


 

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