第3話 わたしの家庭事情
両親は、わたしが中学一年生のときに離婚した。
学校から帰ってくると、母がメソメソと泣いていた。母は情緒不安定な人なので、特に気に留めなかった。
母は泣き腫らした顔で「驚かないでね」と、前置きした。
「うっく。ひっく。ママね、彼氏と結婚しようと思うの。でも彼氏がね、自分の子供じゃないと愛せないって。他の男と出来た子供と暮らすのは嫌だって。昌幸さんがね、ゆらりとさらりとくるりを引き取るって。向こうのおばあちゃんも面倒を見てくれるって。離れても、ママはゆらりのことを愛しているからね」
昌幸さんというのは、わたしの妹であるさらりと、弟のくるりの父親。残念ながら、わたしとは血がつながっていない。
けれどわたしは、昌幸さんが大好き。
わたしの家庭は少し、複雑。母は一回離婚している。わたしは前の人の子供。わたしは産みの父親の顔も名前も知らない。物心着いたときには、昌幸さんというパパがいて、ゆらりとくるりがいた。
わたしは冷静に状況を理解した。
(彼氏? 最近楽しそうに仕事に行っているから怪しいと思っていたけれど、そこの会社の人?)
正解。母はガス会社の事務員をしていて、そこの社員と恋に落ちてしまったらしい。
わたしも、さらりも、くるりも、父の味方をした。父は大病をしていて、入院中だった。
「わたしたちがパパを支えようね!」わたしと妹と弟の三人は一致団結して、父を助けようと誓った。
両親が離婚した後。父のおばあちゃんは家を引き払い、わたしたちの町に来てくれた。わたしたちの学校のことを考えて、住み慣れた町に別れを告げたのだ。
優しい父とおばあちゃん。
裕福な生活ではなかったけれど、楽しかった。けれど去年、おばあちゃんが病気で亡くなった。
裕福とはほど遠い、慎ましい生活。けれど、倹約には自信がある。貧乏だって、楽しく生きていける。
さらりとくるりは夕飯を食べ終えていたけれど、食べたいというのでお弁当を温めた。
中学二年生の妹さらりは、ふわとろオムライス。小学六年生の弟くるりは、焼肉弁当。わたしは二人から半分ずつもらう。
【つぶラン】に感想を流す。
【ゆり@yurarinko・1分前
バイトを終えて腹ペコ。オムライスと焼肉弁当が美味しすぎる! 幸せだー❤︎】
裕福な人にとったら、わたしたちはかわいそうに見えるかもしれない。
でも、父は優しくてかっこいいし、お味噌汁を作るのが上手。今夜は介護仕事の夜勤でいないけれど、具だくさんのお味噌汁を作っていってくれた。
わたしは大変に幸せだ。
◇◇◇
翌朝。教室に入って早々、友達の
「ゆらり! 驚かないで。落ち着いて聞いて。いい? 落ち着いてよ。とり乱さないで。これから衝撃的なことを話す」
「ええっ⁉︎ なになに。宇宙人に学校が乗っ取られたとか?」
「ちょっと!! ハードルを高くしないで」
魅音は拗ねたように唇を尖らせたが、すぐに好奇心を剥き出しの顔に戻った。
「水都くんが、あの高梨ひなに告白されたのに振ったんだって!!」
「あー……うん」
「なにその、冷めた反応。驚いてよ!!」
「驚かないでって言ったくせに」
自分の机に鞄を置くと、水都の席を見る。廊下側の前から二番目は、案の定、空席。水都は時間ギリギリに登校してくる。
「魅音。絶対に誰にも話さないって約束できる?」
「んー、難しいな。超絶おもしろいことだったら、話しちゃうかも」
「だったら大丈夫。そこまでおもしろくはないから」
「オッケー。だったら秘密にする」
「昨日の放課後。その告白現場を見てしまった」
「えぇっ! 超絶おもしろいじゃん!! ゆらり様、詳しく話して!」
「でも、誰かに話しちゃうんでしょう?」
「王様の耳はロバの耳みたいに、穴に向かって話すとするわ」
名は体を表すというのは本当だと思う。魅力的な音と書いて、
わたしは特徴ある声ではないし、歌が下手。
魅音は癖の強い性格をしているが、自慢の友達だ。
わたしは昨日のことを話した。
魅音はこぼれそうなほどに大きな目を、さらに大きくした。
「まさか、それで終わりじゃないよね?」
「終わりだよ」
「いやいやいや、謎が多すぎる!!」
「謎って?」
「まず、水都くんは好きな子がいるのかいないのか。高梨さんのなにが嫌だったのか。そして、かっこいいと言われて不機嫌になったのはなぜか?」
「そこはわたしも気になったけど、本人に確かめるわけにはいかな……」
慌てて口を噤む。水都が教室に入ってきた。
水都が学校一の美少女である高梨ひなを振ったという噂は、すでにクラス中に広まっているらしい。
視線が水都に集まる。
だが水都はいつもどおりのポーカーフェイスで、席に座った。
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