第2話 わたしたちは絶交中

 水都みなとは突然、「じゃ」と話を打ち切った。

 高梨ひなが、「終わってないんだけど!!」と慌てふためく。

 それでも水都は、場を離れる。上履きの底が床に擦れる音が、こちらに近づいてくる。


(盗み聞きしていたのがバレてしまう!!)


 わたしはなるべく足音を立てないようにして、けれど猛ダッシュで、昇降口へと走った。

 ぶどうジュースを買えなかったため、口内がカラカラに乾いている。

 下足に履き替えると、ぶどうジュースの代わりに唾を飲み込だ。


「はぁー、焦った。で、結局。好きな人はいるのかいないのか、どっちなの?」


 ため息を吐きだしながら、額を拭う。九月の二週目になったが、残暑は強烈で、額にはうっすらと汗が浮いている。

 ふとなにげなく、横を見た。目の端に、男子の制服が映ったから。


 そこにいたのは──水都だった。


「あ……」

「…………」


 水都は、高梨ひなと別れてすぐに昇降口に来たらしい。

 

(告白の余韻を楽しんで、ゆっくりと歩いてくればいいのに! ……って、違うか。アレは振ったんだよね?)


 学校一の美少女に告白されたにもかかわらず、水都は迷惑そうだった。

 水都は顔が良いうえに背が高く、勉強もスポーツもできる。おまけに父親は開業医。

 水都なら女性の理想が高くても、その理想通りの女性と付き合えると思う。


 わたしは下に置いていた鞄を肩にかけた。水都は靴を履き替えている。

 校庭から運動部の掛け声が聞こえてくるが、昇降口は静かで、わたしたち以外には誰の姿もない。わたしも水都も無言だ。

 わたしたちは話さない。挨拶もしない。相手が見えていないかのように、振る舞う。

 なぜなら、わたしと水都は絶交しているから。

 

 五歳から八歳まで、わたしと水都は仲の良い友達だった。けれど、小学校二年生のときに絶交した。

 高校に入って久しぶりに同じクラスになったが、絶交はまだ続いている──。



 ◇◇◇



「いらっしゃいませー。十五日まで、揚げ物が三十円引きになっています。いかがでしょうかぁー」


 お弁当が並んだ棚を整えながら、わたしはときたま、割引キャンペーンのフレーズを叫ぶ。

 バイト仲間の大学生は声出しが恥ずかしいと言うけれど、わたしはむしろ、元気が出るというか、ストレス発散になるので好きだったりする。

 コンビニでのバイトを始めて、四ヶ月。平日は、火木の三時間。週末は五時間勤務。

 時給は安いけれど、気に入っている。オーナーとオーナーの奥さんは親切な人だし、バイト仲間たちとも気が合う。


 八時になったので退店し、気持ちのいい涼やかな風を浴びながら歩く。

 家までは、十五分。この十五分の途中に、水都の家がある。


 水都の家はでかい。そして、金持ち。

 まず、家を囲っている塀が高い。照明が植樹を照らしているのがおしゃれだし、門扉の奥には高級車が二台止まっている。

 家はモダンなデザインで、高級感がある。奥行きのある二階建て。両親と水都の三人暮らしなのだから、そんなに部屋数はいらないと思うのだけれど。

 水都の部屋はどこか知らないが、二階だろうと予想する。

 もし水都がたまたま窓から外を眺めていて、わたしに気づいたりなんかしたら最悪だ。


 歩く足を早め、さらに十分歩く。

 ゴミ集積所に裏に、わたしの家はある。名前は、『コーポ向井』

 昭和に建てられた、古いアパート。あまりのボロさに、住居人はわたしたち家族だけ。騒いでも安心。実に快適。

 錆びた鉄製の階段を上がると、煤けた灯りに照らされている玄関を開ける。狭い玄関と、これまた狭い台所。その奥に、六畳と四畳の和室がある。

 六畳の部屋で、妹弟がテレビを見ている。二人ともパジャマ姿だ。

 

「ただいまー! 今日のおみやげはすごいよっ!! 焼肉弁当と、ふわとろオムライスをゲットしましたー!!」

「わぁ、マジで⁉︎ やったね!」

「ボク、焼肉弁当がいいっ!!」

「やっぱり? くるりは焼肉だと思っていた。さらりはオムライスでいい?」

「うん!」


 我が家は賞味期限切れのコンビニ弁当に満面の笑顔になるほどの、貧乏家族である。

 

 

 

 

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