ダンジョン一層


 俺はこの世界の書物を記憶した。あの城にいた際に、書物を片っ端から触れて記憶した。一番重要な地図もあった。異常な能力だと思うがそれが俺にとって普通の事だ。


 城にいた兵士の顔、従者の顔、重要人物、全て覚えている。

 スキルの原理は理解した。魔法の理論も理解した。この世界の生い立ちも理解した。『世界樹戦争』というのも把握した。


 その上で、この世界で生き残るためには強さが必要だと理解した。

 並列思考を展開しながら俺は話しながら今後の事を考えていた。


「――というわけでこれが俺の人生だった。だから俺はお前らを生き延びさせる。重要なのは生き残る事だ。最終目的は日本への帰還。そのためには強くなる必要がある」


 西園寺の瞳からなぜか涙が流れていた。竜宮も啜り泣いている。


「え、ちょ、待てよ⁉ な、なんで泣いてんだよ! そこは怪しむ所じゃねえのかよ!」


「ううん、僕は信じるよ。そうじゃなきゃ悲しいよ……」


「……ひぐ、べ、別に泣いてないわよ。……同情なんて、しないわよ」


 言葉とは裏腹に西園寺は俺の手を握っていた。これになんの意味があるかわからない。ただ手が温かいと感じるだけだ。


「このまま何処かへ逃げる選択肢もあるが、それは得策じゃねえ。召喚した王国を離れない方がいい。まだ調べられてない場所もある。だから、当面はこの流れに沿って、一ヶ月後の騎士団招集を目指す」


 竜宮が袖で涙を拭って俺に問いかける。


「でも、どうやって? 僕たちRは最底辺のスキルで……」

「簡単な話だ。鍛えるんだよ」

「あ、あんたバカなの⁉ 鍛えるだけでURに勝てると思ってるの!」

「わからねえ、だが、スキルは無くても元々持っていた『才能』は使えんだよ」

「才能……ってなに?」


 Rレアは何もスキルを持っていない。その代わり、現実世界で培った才能が普通に使えている。

 才能は才能でも、普通の才能じゃない。特殊な『才能』は誰しもが持っているものじゃない。特殊な実験体、生まれつきの者、覚醒した者、まあ色んな条件が必要だよな。

 こいつらもそんな才能の持ち主だ。


「ここからが本題だ。……お前ら、本当に強くなりたいか?」


「もちろんだよ」「当たり前よ」


 二人は即答であった。目に強い力を感じられる。絶対に日本に帰りたい、という意志の力だ。

 ……意志の強さは力へと変換できる。


「そっか……。ならちょっと見ててくれ。これをこうして……」


 酒場のテーブルに指で魔法陣を描く。俺が城の書物で覚えた物だ。正確な発音で詠唱を行う。そして、西園寺の手を握った。


「な、なによ⁉ え、エッチな事するの⁉」

「――『回復』せよ」

「え……」


 擦り傷があった西園寺の手が小さく光り輝き、たちまち傷がなくなった。

 成功だ。

 酒場の店主が俺の行動に気がついて拍手をしてきた。


「おうおう珍しいじゃねえかよ。魔法陣と詠唱を使って魔法を行使するなんざ久方ぶりに見たぜ」

「やっぱ廃れてんだな」

「おうよ、みんなスキルが便利だからそればっか使ってんだよな。店ん中で攻撃魔法は使うんじゃねえぞ。ていうか、俺はお前らで生き残る賭けしてんだから頑張れよ」


 店主が去ると西園寺がズズッと顔を寄せてきた。近い……。


「あ、あんたなんかズルっこしたの?」

「ち、ちげえよ。正しいやり方で魔力を身体に通しただけだっての。知識があれば誰にでもできる」

「ち、知識?」

「御子柴君、僕たちはスキルが無くて」


「いいか、与えられた力は信じるな。自分自身が持っている力だけを信じろ。人間はな、可能性が秘められてんだよ」


 もろくてすぐ死んじゃうけどな。


 竜宮は俺と西園寺の手を見つめている。

 そしてその上に手を重ねてきた。


「うん、僕、死ぬ気で頑張る。だから、教えて御子柴君。この世界で生きる術を」



 ***


 ダンジョン一層。魔法により明かりが照らされており、低級魔物が徘徊する場所。

 一般人でも棒を使って倒せるレベルの魔物だ。

 俺達はダンジョン一層の誰も探索しないような部屋で練習することにした。


「異世界に転移した事により、自分自身の『才能』が見られるようになった。いいか、これはこの世界のスキルってものじゃねえ。現実世界にいた時の能力だ。頭の中で自分を見つめ直せ、そうすればすぐにわかる」


 俺の場合は眼の前にパネルを開く感覚だった。

 この二人は二人なりのやり方があんだろう。


「自分の才能、自分の見つめ直す……」

「私は西園寺家の長女、こんな事くらいやってみせるわ」


 瞑想に近いものがあるが、これは非常に重要な事だ。自分自身を知らない人間が多すぎる。自己をしり、特性を理解する。


「あっ、眼の前にパネルがでたよ⁉」

「わ、私も出たわ! ……Rレア、スキルなし。……保有才能⁉」

「す、すごいね。本当にゲームみたいだよ」

「ちょ、ちょっとまって、これって本当に私が持っている才能? あと、レベルって何よ……」


 そう、名前の横にレベルの項目があるんだ。

 御子柴翔、Rレア、スキル無し、レベル5

 このレベルは俺が模擬戦場でジョナサンと男子生徒を倒した証拠だ。


「この世界のレベルとは違うものだと思うぜ」


 この世界の書物によれば、生命力を持つ生物を殺すと経験値が得られる。一定の経験値がたまるとレベルが上がる。それにより基礎的な身体能力や大気中の魔力の変換量が増えて強くなれる。


 隠れステータスにある才能レベルは別物だ。俺達があっちの世界で保有していた物だ。しかし、こちらの世界だと成長原理が違っていた。

 向こうの世界だと、頭の中のなにかと引き換えに成長したり、心を壊したり、脳を弄くると強くなった。

 こっちの世界では、単純だ。通常のレベルを上げるのと変わらない。生物を倒すと才能レベルも上がる。

 ちなみに、俺はレベルが59だった。模擬戦の時にレベルが上ったのを確認した。


 ……簡単で楽な世界だ。


「ダンジョンの魔物をぶっ殺せば才能レベルが上がるぜ」


 竜宮の目の色が変わる。それは強い意志を伴っている。

 西園寺もだ。拳を握りしめている。


 と、その時、部屋に入ってくる魔物の気配を感じた。

 二人も魔物に気がつく。息を飲む二人。この一週間こいつらは魔物から逃げ回っていた。最弱のネズミ魔物しか倒せなかった。まあ一般人と強さが変わらねえからな。


 今、眼の前にいる魔物は――ゴブリンと言われる魔物だ。

 醜悪な顔つきに子供のような背丈。手には木の棒を持っている。


 竜宮と西園寺がナイフを構える。


 自分を知ることによって自分の武器が理解できる。

 なんてことはない。


 だって、あの西園寺家と竜宮家だろ? 


 あっちの世界では俺でも敵に回したくねえ家柄だ。

 そりゃ『才能』をもっていてもおかしくねえ。


 ……あれ、ていうか竜宮家って娘しかいねえんじゃねえか?






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