ダンジョン街

 王国はこの世界でそんなに大きな国ではない。

 東には帝国、西には共和国、北は海に面していて、南には自由都市がある。

 国力としてもそこまで強いわけではない。


 この世界が悪魔という種族に定期的に襲われて、そのトップである魔王という存在も本当にいるという事はわかった。

 だが、それは自然災害に近いものであって、読み物のように勇者が討伐をしに行くようなものではない。


 ファンタジーの世界。クラスメイトたちはこの世界をそう言っていた。俺はあまり詳しくないからピンと来ないが、きっとそうなのだろう。


 王国はダンジョンという迷宮を保有している。そこからは魔物が湧き出て、貴重な資源が採掘出来る。


 そのダンジョンに集まる冒険者、そして、訓練目的で兵士たちが利用している。


 俺達転移した二年D組の生徒たちはそのダンジョンで訓練をすることになった。

 といっても、URレアの生徒四人は城で騎士団から直々に訓練を受けている。

 このダンジョン都市に派遣されたのはSSRと、俺達Rの生徒だけだ。


 SSRとRとの待遇の格差はひどい。

 潤沢な資金と装備を提供されたSSRは指導役とともにダンジョンを順調に攻略している。

 俺達は数日間生活出来るだけの資金を受取り、後は放置だ。自力でこのダンジョン都市で生活しなければならない。




 一番安い宿屋の一室で俺達Rレアの三人はダンジョンの計画を立てている。


「はぁ……、マジでお金ないわよ……。ていうか、明日の宿代稼がないとやばいわよ」


 西園寺沙也加、西園寺家のお嬢様で元のクラスでは女子で一番影響力があった少女だ。Rレアというレッテルを貼られ、元クラスメイトからは見下された存在になってしまった。


 このベーススキルというのはゲームでいう『職業』と同じ意味を持つ……、と竜宮が言っていた。俺はゲームに詳しくない……。隣のアルファベットは強さを表している。最上位はS級で、最低はEだ。


「うん、最低でも100Gを稼がないと……。薬草と取りながら鉱石を探さなきゃね」


 竜宮疾風、クラスで一番イケメンで、カリスマ性抜群の生徒であった。だが、こいつもRレアという事でクラスメイトからは見下されている。

 といっても、こいつは運動神経が高いのに戦う事ができない……。

 暴力が苦手なんだとさ。というか普通はそうだろうな。


 この二人は元の世界の感性を保持したまま、この世界で悪戦苦闘している。

 スキルというものがない俺達は弱い魔物さえも中々討伐できないのであった。



「ていうかさ、聞いてよ。今日、美樹ちゃんに超バカにされたわよ。あいつら高級宿屋に止まってるんだって。しかももう五層まで攻略してるって……」


「うん、人それぞれだよ。僕たちは弱いから仕方ないよ」


 レア度の違いによって保有しているスキルの数が違う。俺に至ってはベーススキルさえない。それに、基礎ステータスというものがレア度によって全く違う。

 SRとSSRで比べると、大人と子供くらい違う。ということは、俺達RとSSRを比べると、雲泥の差だ。

 そりゃ攻略速度が違うだろうな。


「まあどうにかなんだろ。明日に備えてもう寝ようぜ!」

「あんたは全く……。でも、疲れちゃったね。……ママ、心配してるかな」

「西園寺さん、あまり考えすぎると身体こわしちゃうよ。……明日もダンジョンか、正直僕もこの生活は辛いよ」


 至って普通の精神だと、この世界は非常に辛いものだ。

 ……こんな時に俺の人生経験が役に立つとは思っても見なかったな。


 俺は二人を見ながらこの先の事を考える。

 情に絆されるような育ち方はしていない。というか、そんな感情は存在しない。

 俺は地獄のような人生を送っていた。今、このダンジョン都市で劣悪な環境にいるが、正直そこまでひどいとは思っていない。

 街がある、商店がある、雨風をしのげる屋根がある宿に泊まれる。

 十分だ。


 俺がこいつらの行動を共にしているのは……、セバスの頼みを聞いたからだ。


『私の研究によると、Rレアは特殊なスキルを保有する可能性がある。この世界では一人の強者では生き残れない。ミコシバ、君がこの世界で生き残るのは仲間が必要だ。Rレアを成長させるのだ』


 考え方は間違っていないと思う。URレアよりも割合が低いRレア

 それに、俺は……セバスとの模擬戦でボロ負けした。セバスは俺の能力に驚いていたが、何十回殺されたかわからない。


 セバスが敵か味方がわからんが、陰ながら俺のバックアップをしてくれると言ってくれた。まあどうでもいいが、負けた奴の言う事を聞こう。


「はぁ……、俺、友達いなかったからどんな風に接していいかわかんねえんだよ。てか、マリの奴そういう事教えろよな」


「あんた何言ってんのよ! 明日のダンジョンはどうするの? ていうか、あんたも私達もベーススキルもない……、ううん、こんな事言っても仕方ないわね。あんたを責めたらアイツラと一緒だわ」


 面白いもので、下に見られて人間は更に下の人間を見下す。この二人は率先して俺を守ろうとしてくれた。


「うん、御子柴君は友達だからね」

「え、俺達いつの間にか友達になったのかよ⁉」

「今更何いってんのよ。あんたマジでコミュ障? ていうか、ま、前から友達だったでしょ!」

「初耳だぜ」

「あははっ、やっぱり御子柴君って面白いね」


 初めてのダンジョン、一番安い装備を買って、裏路地で戦闘の練習をして、酒場で情報を集めてダンジョンに挑んだ。

 この時の俺はまだどちらに転ぶが判断がついていなかった。だから成り行きに身を任せていた。


「一ヶ月後の招集の時に10層までクリアしてないと駄目なのよ。……なんか一生ここにいる羽目になりそう……」

「10層はこのあたりの中堅冒険者でも中々クリア出来ないって言ってたよね」


 盗み聞きした限りだと、俺達Rは要らない存在だ。このダンジョンで破棄されるだけだ。

 ゲームが好きな竜宮が一番それを理解している。普通のゲームだと、低レアのキャラは成長素材にしたり、破棄して換金するみたいだ。


「あっ、料理が来たよ。僕が取り分けるね。……はい、御子柴君」

「……あんたなんか御子柴に甘いわよね」

「え、ええ、そ、そんな事ないよ。ふ、普通だよ」

「怪しいわ。あんた女の子に言い寄られても全然興味ないし。もしかして――」

「ち、違うよ! 僕は、その」

「おいおい、喧嘩はやめろっての。ていうか、お前ら以外とたくましいよな。結構最悪な状況なのによ」

「諦めてるだけだわ。……どんなに頑張ってもSSRには敵わないし」

「下級魔物さえも満足に倒せないよ。でも、せっかく三人が仲間になったんだから精一杯努力したい」

「そっか……」


 マリの言葉を思い出す。

『あんたは友達を作って普通に生活を送りなさい。壊れてるあんたでも大切な人ができればわかるわ』

 ……大切な人、か。俺にはわからん。情にも絆されることはない。


「難しいな。俺ってコミュ障なんだよ……。はぁ……少し長くなるが、俺の話を聞け。これは俺の昔話だ。この話を聞いて嘘だと思ったらそれで構わねえ」


 誰かに俺の人生を話すのは初めてだ。だが、俺を理解してもらうためには必要な事だ。

 だから――


「俺は――」

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