武人


 西園寺は竜宮を介抱している。竜宮に怪我はない。気絶していたが、意識は取り戻した。少し腰が抜けている程度だ。


「……返事をしろ。貴様はRレアだぞ。先程説明しただろ。Rレアはこの世界でごく一部の人間だけであり、全く使い物にならない下級国民だ」


「や、俺この国の住人じゃねえし」


 兵士の眉間にシワが寄った。説明は受けている、この世界の住人の殆どはSRランクで稀にSSRが生まれるだけだ。


「ちょ、ちょっと御子柴! あ、あんたあの人に謝んなさいよ。超怒ってるじゃん!」

「……へ? 謝る場面なのか? 俺、ちょっとよくわかんねえわ」


 兵士は一瞬の沈黙の後、大笑いをした。その顔の裏には怒りを押し込めている。


「がはははっ、それは非常に珍しい愚物だ。そんな奴今まで見たこともない。……俺のベーススキルは『剣士B』だ。行くぞ」


 俺は知っている。こういう時は自分の能力を隠して周りに悟らせない方がいいって。陰で動いた方が得策だって。


 ジョナサンが剣を構えて迫る――


「動くんじゃねえぞ」


 ジョナサンにだけ聞こえる言霊。それは意志を持って相手に命令させる。


 なんとなくだが、模擬戦を見ていてスキルの仕組みがちょっとだけわかった。

 スキルを介して魔力という存在を身体に取り込み、自分の身体に合った適切な魔法を行使する。剣士の場合も同じだ。スキルを介し魔力を取り込み、技量を高める。その剣は岩おも切り裂くだろう。


 並列思考は必要無い。本気を出すまでもねえ――


 身体の抑圧を解き放ち、威圧を兵士に向けて放つ。剣を構えていた兵士の動きがさらに鈍る。

 それでも兵士は俺に向かって剣を振るってきた。

 その軌道は俺の首筋、本気で俺を殺そうとしている。さっきの竜宮の時と同じだ。あれも死んでもおかしくなかった。


 ――ということはRレアは死んで当然の立ち位置なんだ。


 動きが遅ければなんてことはない。人体の急所はきっと同じだろう。


 スローな剣をギリギリで躱し、見えない速度で喉元に拳を突き立てる――


「ぐっ、ほっぁっ……、かっ……」


 返す拳を兵士の腹にゆっくりと打ち込む。着込んでいる鎧は意味をなさない。なぜなら衝撃は背中を抜ける。

 兵士は昏倒して地面へと倒れ込んだ。


 ……この程度で昏倒するのか。まあ想定内だな。スキルについて勉強する必要があるな。

 多分、この場所は知識の宝庫だ。いられるうちに全部記憶しておこう。


「えっと、殴ったら倒れちまったぞ? 俺ってラッキーだな。ははっ」


 周りから見たら俺が必死に躱して、軽いパンチを当てたら倒れたっていう風に見えるだろな。

 そういう演技で殴ったからな。誰も俺が異常だって思わないはずだ。この兵士以外は。

 ほら、クラスメイトたちは雑談をしている。兵士たちはこの兵士が遊んでいるって思ってんだろうな。

 他の兵士がやってきてこの場を取りまとめる。


「全く、ジョナサンは余裕かまし過ぎだ。こいつはこの前子供が出来たばかりで張り切っているんだ。全く、大方押されて倒れた衝撃で頭でも打ったんだろう。今日はここまでで終了だ! 風呂に入って食事をしてもらう。その後、これからの事について説明しよう」


 ……悪い、あの攻撃は内蔵を破壊して、一日後に身体に異常が発生して手遅れになる技なんだよ。殺そうとするなら殺されても仕方ない。

 それが俺の常識だ。



 ***



「王女様、あのRは幾分強いのではないですか?」


「ふむ、素手で王国兵士を倒したか。しかし、スキルが無いRは使い物にならない」


「ただの喧嘩自慢がまぐれで勝っただけ、ということでよろしいでしょうか? 私はどうもあのRを手元に置いた方が良いかと――」


「くどいぞセバス、所詮はRだ。いくら鍛えてもSRの能力を超えられない」


「失礼しました。……今回の模擬戦で死ぬ役割にならなかったので、いつも通りダンジョンで死ぬまで放置でよろしいでしょうか」


「構わん、それよりもURの育成方針を考えておけ」


「はっ、失礼いたします」


 人が死ぬと必死さが伝わる。Rの役割は見せしめになる事が多かった。

 非常にもどかしい。魔法水晶で模擬戦を観察していたが、碌な人材がいなかった。あのSSRたちを育て上げるのは非常に難儀な仕事だ。このセバス、与えられた仕事は必ずこなす。

 ……あのR、明らかに動きが違った。

 手を抜いている。レア度とスキルに頼った戦いしか見ていない者にはわからない。奇っ怪な術を使い、兵士の動きを鈍らせ、神速の一撃で喉を貫き、鎧をも通す拳の一撃。

 ……いや、私は王女の命令に従うだけだ。

 しかし、どうしても気になる。Rの生存率は0.1%だ。あの者もいつかダンジョンで死ぬであろう。

 それでも――


 足が模擬戦場へと向かっていた。



 ***



「セ、セバス様⁉ こ、このような場所になぜ?」


「私が英雄たちの様子を見に来るのがそんなにおかしいことか?」


「い、いえ……」


 このダンディーなおっさんは王女と呼ばれた女の隣にいた男だ。

 立ち方が半端じゃない。歴戦の兵の空気をまとっている。倒れている兵士を観察している。

 そして俺を射抜く。

「……気絶、か。奇妙な技だ。興味深い」

「いやいや、まぐれっすよ」

「ふむ、私についてこい」



 足音が全く聞こえない。

 というかどこに向かってんだ? 俺はこの後、城を散策しようと思ってたのによ。


「私の名前はセバス。王女様の護衛をしている従者だ」

「うっす、俺は御子柴翔、Rレアの普通の男だ」

「……Rレア。ミコシバカケル、お前は普通じゃない」

「いやいや、何いってんっすか。俺って――うおっ⁉」


 いきなり後ろ蹴りが飛んできた。俺はとっさに躱してしまった。


「ここなら誰にも見られない。監視の目を阻害出来る。ここは私の鍛錬所だ。……服を脱げ」


「え、ちょ、俺そんな趣味ないって」


「勘違いするな。ここで私がお前を見定めてよう。……本気を出さないと、死ぬ、ぞ」


 その瞬間、不可視の刃が俺の服を切り裂く。

 上半身があらわになる。

「なるほど、そちらの世界の戦士といった所か」

 セバスが俺の身体を食い入るように見つめる。銃創が珍しいのかもな。


「だから、俺はそんな趣味が無いっすよ。てか……、あー、これ無理なパターンじゃん。はぁ、しゃあねえな。マジであんたしかここにいねえんだよな?」

「わかるだろ? この場で見られている感覚が無いことを」


 あーー、マジでこのおっさん駄目だ。本気で俺を殺すつもりでかかってくる。

 俺はまだ死ぬつもりはねえ。


「わかったよ、あとで服くれよ。はぁ……」

 頭の中の意識を切り替える。なんてことはない、俺にとって死地は日常だ。そんな日常に戻ってきただけだ。


 並列思考を加速させ、未来思考へと進化させる――

 足首を切り落とそうとする不可視の刃を飛んでかわす。それは予想通りだ――

 切り替えた思考が俺の全てを切り替える。


「動くな――」


 俺の言霊が威圧に変化し、他者に命令を下す――


「ふんっ」


 だが、セバスは呼吸一つで相殺させた。

 おっさんの口角が釣り上げる。


「――面白い。これがRレアの威圧だと? はははっ、ならば全力で戦おう!! 私はこの王国の最強のURレア、ベーススキル『武神』、補助スキル『心眼』『神降ろし』『精霊の加護』、ミコシバいざ尋常に――」


「……うぜえな、面倒だから消してやるよ」


 頭の中で警告音が鳴り響く。これまでの人生で最大の危機的状況。

 自分の感情が初めて動いたような気がした。





 ******



 Rレア。

 それはこの世界の尺度だ。

 現実世界で能力を持っているとスキルが得られない。

 竜宮、西園寺からは学校にいた時から妙な匂いが感じていた。


 相手の攻撃を見た瞬間、原理を理解し自分のものに変換する。

 並列思考が相手の行動を予測する、それは未来を視ているのに等しい行為。

 感情を排除する事により、身体の限界を引き上げる―― 

 それが俺の才能だ。


 御子柴翔Rレア、スキル『』レベル5

 ”””””””””””””””””””””

 隠しステータス

 御子柴翔 才能レベル60

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