パチンコ玉
嫌な空気感は一瞬で伝播する。
クラスの立ち位置が一瞬で変わる。
聖女エリザベスの元に集まったレア度URの生徒四人。確かクラス内では大人しいタイプの生徒たちだ。
ほんのりと頬を染めて恥ずかしがっているが、喜んでいるのがわかる。注目されるのに慣れていないからだ。
それを誇らしそうに見守る生徒たち。
突然の異世界転移、そして聖女と名乗る女、現実の世界に帰れない状況、それなのに、だ。
竜宮が恐る恐る手を上げた。
「あ、あの、僕たちが救世主って? どうやって元の世界に? 僕らは平和な世界にいて――」
「ごめんなさい、あなたは少し黙って頂戴ね」
「あ、うっ……」
思いのほか鋭い口調で聖女は竜宮に言い放つ。威圧がすごい。このレベルの威圧はあの日以来だな……。中3の時に俺が任務を初めて失敗した時の事だ。あいつの顔は今でも忘れねえ。
……あ、今はどうでもいいな。
というか、やっぱあれか。ゲームの事はあんまり知らねえが、漫画で見たことあんな。レア度が低いって事は弱いんだろ? アイツラにとって重要性が低いんだろ?
今までは竜宮はクラスのリーダーであった。
だが、今生徒たちが竜宮を見ている視線は前と全然違う。あれは――見下している視線だ。
「な、なによ、なによこれ……。わ、私、西園寺家の娘なのよ」
誰かが西園寺の声を拾う。
「え? こんな時に家の自慢って関係なくない? あっ、そんな頭だからRなのよね」
「いやさ、俺ゲーム好きだからわかるけど、Rって雑魚レベルだよね」
「これってさ、ステータス見れねえのかな? レベルとかもあるのかな?」
顔を真っ赤にして口を開こうとした西園寺を龍宮が止めた。
「……今は大人しくした方がいいと思うよ」
「で、でも……」
俺も西園寺の身体を抑える。
「龍宮の言う通りだっての。正直、俺達は勝手に召喚されて誘拐されたようなもんだ。てか、本当に向こうで死んだかもわからねえ。状況を把握するのが優先だ」
西園寺は力なく頷く。他のクラスメイトだけは嬉しそうに騒いでいたのであった。
***
レアというものがクラスメイトたちにとっての新しい尺度となる。
いきなり異世界に飛ばされてそれが常識のように受けて入れているクラスメイト。異常事態だとわかっていても誰も疑問を抱かない。
(あの王女の能力か、それとも召喚された事による何らかの弊害か)
あの召喚された場所から移動して、この世界の説明を受けている。移動の際にURとSSR、Rは別の部屋へと案内された。
URは王国にとって大事な存在なんだろうな。
説明係の兵士はホワイトボードのようなもので文字を書きながら説明してくれている。俺達はその文字をなんの違和感も無く理解できる。
「――という理由で君たちはこの世界に召喚された。いわば英雄のような存在だ。しかし、今の君たちは弱い。訓練をしてレベルを上げてもらう必要がある。なに、心配するな。そのスキルがあればレベルなどすぐに上がる」
この世界の危機、それを防ぐために召喚された。と言っているが、信用は出来ない。クラスメイトたちは目を輝かせていたが、どうにも胡散臭い。
高校生のクソガキに世界の命運を託すなんてありえねえ。
「まずは、王国管理のダンジョンで訓練を受けてもらう。現地で十分訓練を積んで、その後我が王国騎士団と訓練を励んでもらう。直近の最大の目標は、3ヶ月後の帝国との模擬戦闘だ」
王国の成り立ち、騎士団の役割、この世界の情勢、俺達の役割、兵士の説明は多岐にわたっていた。
世界の平和という目的があるものの、一番最初の目標設定は帝国との模擬戦。
「早速だが、君たちのスキルと職業の確認をするために模擬戦を行う。これにより班分けをし、適正なパーティーを作り、ダンジョンで訓練をしてもらいたい。なに、そんなに緊張することはない。説明しながらゆっくり行おう。俺の名前はジョナサン、気軽に名前で呼んでくれ」
ジョナサンは俺達に移動を促す。
クラスメイトたちから緊張の様子を感じられない。むしろスキルという物を試せるチャンスだと思っている。
そして、模擬戦が始まる。
「うわ、やべえ、緊張してきた。えっと、俺のベーススキルは『攻撃魔術A』って書いてあるな。補助スキルは……『魔力強化B』だ」
「うん、中々強力なスキル設定だ。魔術スキルの持ち主は魔法を使える事が出来る。初歩的な魔法であるファイアーボールならすぐに出来る」
「……うっし、ファ、ファイアーボール!! うおっ⁉ ひ、火が出た!!」
「流石英雄殿だ。一発で成功させるとは素晴らしい」
模擬戦と言っても俺達の能力を試すだけの練習みたいなものだ。
クラスメイトの能力を教えながら兵士が受け流す。
一人一人、親切丁寧に模擬戦が行われる。
しかし、あんな火の玉を人間が出せるなんて魔法ってすげえな。……てか、クラスメイトの誰一人、自分のスキルの危険性を認識できていない。
これは……人を殺すための技術だ。
「よし、SSRレアは全員終わったな。……残りはRレアか。……よし、ここからは生徒同士で戦ってもらおう」
竜宮がとっさに声を上げた。
「そ、それは無理です⁉ ぼ、僕たちは戦った事もないですよ。それに――」
「悪いが俺は君たちの上官だ。口答えはするな」
「え?」
兵士が竜宮を蹴り飛ばした。その顔はニヤけた面をしている。本気で蹴ったわけじゃねえ。竜宮はうずくまってゲホゲホと咳き込んでいる。この瞬間、俺達Rレアの立ち位置が判明した。これは差別だ。レア度が全ての世界なんだ。
「いいから戦え。おい、こいつと戦いたい英雄はいるか?」
クラスメイトたちが率先して手を挙げる。
「げほ、げほ……、そ、そんな……。みんな暴力なんて……」
「あのさ、いつまでもいい子ちゃんズラしてんじゃねえよ。ここは学校じゃねえんだよ。生きるか死ぬかの世界なんだろ? この俺様が相手してやるよ」
一人の男子生徒が竜宮を無理やり立たせる。確かこいつは野球部の三木谷五郎だ。お調子者の問題児だから顔と名前が一致する。
三木谷が竜宮を模擬戦場の中央に立たせる。
竜宮の身体は震えている。
「よし、この木剣を使え」
「う、うわ⁉」
兵士から投げつけられた剣を拾う竜宮。剣を構えて男子生徒と向き合う。
男子生徒は余裕の表情であった。
「ていうかさ、前からお前の事気に食わなかったんだよ。……なんで美樹ちゃんから告白されてんだよ。俺の方がずっと前から好きだったんだよ!! イケメンヅラしてんじゃねえよ!!」
「み、美樹ちゃん? えっと……、こ、告白されたっけ? わ、わからないよ。全員断ってるし」
その瞬間、男子生徒全員が鬼のような形相に変わった。三木谷もだ。
「て、てめえ……、俺の事馬鹿にしてんじゃねえよ!!! アイスランス!!」
俺は二人のやり取りを見ているだけであった。正直、俺にとってどうでもいい。この世界での立ち位置は理解できた。
あとはどうやってこの世界から元の世界に帰るか、だけだ。
だから、こんな茶番はどうでもいい。
……だが、竜宮は唯一俺の話しかけてくれた男子生徒だ。小さな事だが、俺の日常が変わりそうな予感がしたんだ。もしかしたら普通の生活というものが送れるかも知れないと思ったんだ。
ポケットに入れてあるパチンコ玉を取り出す。
そして、指でそれを弾いた。その速度は一般人には捉えられない。
「ッ⁉」
パチンコ玉は三木谷の顎にめり込み、顎を破壊し、軌道上の喉を貫通して首の後ろから玉が排出される。その影響により魔法の軌道がずれ、発射された氷の槍は竜宮の身体をかすめて壁に激突した。直撃したら竜宮は即死していた。それほどまでに強力な魔法の一撃だった。
「残念、命中しなかったか。……むっ、魔力逆流による昏倒か? 英雄殿に回復魔法をかけるのだ! ――なに? 瀕死状態だと⁉ 絶対死なせるな! 死なせたら王女様が激怒するぞ!!」
クラスメイトを嫉妬の感情で殺そうとするやつは碌なもんじゃねえ。というか、殺そうとしたら殺される覚悟が必要なんだよ。
うん、これでオッケーだな。
あとは気絶している竜宮を回収して――
「まあいい、模擬戦を続ける。おい、そこのR、次はお前だ。……お前は俺が模擬戦をしてやる」
「え、俺?」
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