第493話 【驚天動地】魔王の本性



 おれが【魔王】メイルスと相対するのは、これで二度目だ。


 一度目は昨年末、浪越市の鶴城つるぎ神宮前。あのときは色々と慣れてなかったし、ぜんぜん訓練も洗練も出来ていなかった。

 おれとラニの二人掛かりで手も足も出ず、結局最後は霧衣シロちゃんの身体を借りたフツノさまがバチボコに無双して終わった。


 まぁしかし、結局アレはただの身代わりというか操り人形というか……つまりは【魔王】本体では無かったらしいけど。




 そして……二度目となる今回。今度こそ身代わりではなく【魔王】メイルス本人なのだろう。


 おれたちが【魔王】だと思い込んでいた老紳士、山本五郎さんの内から現れた……脈動する赤黒い繭のような、名状しがたい浮遊物体。

 そいつは背後で力無く倒れ伏す山本五郎さんを顧みること無く、自身の手勢少女へと取り付き、その身体を瞬く間に侵していく。



 【魔王】配下、第一の使徒として暗躍する素振りを見せながら、【魔王】に行動を逐一把握される立場でありながら、しかし監視の届かぬところで色々と手を回してくれていた少女を。


 おれに『獣』や『鳥』や『龍』への対処方法を睡眠学習で予習させ、世論や国を動かすために大々的な警察署襲撃を画策し、危機感を煽り対策を急がせるために方々への襲撃を後押しし……結果としてこの国が【魔王】に抗うためのお膳立てを整える手助けをしてくれていた、底の知れない少女を。



 自身の妹たちが【魔王】の依代とならぬよう、おれたちにけしかけて魔力を消耗させ。

 そして今、あとの全てをおれに託し、おれの目をじっと見据えながら【魔王】に呑まれていった……並々ならぬ意思の強さを秘めた、宇多方うたかたしずちゃんを。






『…………成る程、さすがは【ソフィ】だ。……魔力の量も質も、申し分無いな』




 シズちゃんの……いや、シズちゃんを乗っ取った【魔王】メイルスが、小さな指を可愛らしく『ぱちん』と鳴らす。


 さも当然のように宙に浮かぶ【魔王】の周囲、合歓木ねむのき公園内の地面が盛大にざわめき始め……多くの『龍』と、更に多くの『鳥』や『獣』と、数えるのもアホらしい夥しい数の『葉』が、後から後から湧き出てくる。





(なるほどね! イチナン去ってまたイチナンってやつかなァー!?)


(またそうやってことわざを! ラニちゃんが賢くなるの斥候おれは嬉しく思います!!)


(ラニごめん、全体の舵取りお願い。安全第一で。すてらちゃんとつくしちゃんは?)


(ツクシちゃんは眠ってるけど、たぶん無事。ステラちゃんに預けて、キリちゃんと第ゼロ会議室。神使のお兄さんが守り固めてくれてる)


(ありがと。頼んだ)


(危なくなったら全部なげうって助けに行くからね?)


(ヤバかったらちゃんと助け呼べよ? 魔法使いおれ!)


(はいはい)


(『はい』は一回!)


(どこで覚えて来たその返し!?)





 なつめちゃんたち囘珠まわたま神使と朽羅くちらちゃん(を介する神々見かがみ奉行の荒祭あらまつりさん)によって、強固に張り直された【隔世】の結界。


 世間から隔絶された夜闇の下、遠く聞こえてくる異形の魔物の咆哮と、それを迎え撃つ者たちのときの声。


 もう一方の『気がかり』を片付け、解き放たれた魔物の群れに向かってくれる相棒と、他ならぬおれの半身。



 そして……おれの目の前で余裕綽々と暗黒微笑を浮かべている、全ての元凶であり最後の懸念。




『……尻尾を巻いて逃げ出しても良いのだが……この戦力差を目にして、尚あらがうかね?』


「出来ることなら戦いたくないんで、その子の身体返してもらえませんか?」


『冗談にしては出来が悪いな。……は元々、私の所有物モノだ。棄てられようとしていたモノを私が拾い、作り直し、再利用していたモノだよ。『モッタイナイ』『リサイクル』と言うのだろう? 良い概念だ』


「…………モノ、って……! その子にも……シズちゃんにも、自我も願いもあるんですよ!?」


『それが何かね? 『仔』と分類される個体の自由は、『親』と分類される個体が司り、制御する。……君達『ヒト』と呼ばれる種族は、であると認識しているが?』


「…………っ!? じゃあ……だから『親』になったって、いうんですか? ……シズちゃんや……すてらちゃんや、つくしちゃんを……好き勝手に『制御する』ために!?」


『当然だろう。いずれは世界の境界に『楔』として打ち込み、私の願いの礎とするためだけのモノだ。……都合の良い『親』の立場が手に入ったのは幸いだったが……まぁ、こと此の段階に至ったのなら仕方あるまい』


「……そうですね。…………もう、仕方ない。そっちの本音がだというなら……わたしは、全力で妨害して見せます」


『…………そうさな。この身体も中々に具合が良いが……君の身体こそ最高の素材であろう。……であれば、俄然手に入れたくなってきたよ』




 異世界からの侵略者。この世界の危機。人々を混沌に落とす『種』。頻出する魔物。増え続ける魔素イーサ。改編されていく『常識』。異世界化しつつある環境。全ての元凶である【魔王】。

 非常にわかりにくく、難解なものになってしまったここ最近の情勢が……ここへ来て非常にわかりやすい形に纏まってくれた。


 つまり……目の前の【魔王】を倒せば、全て解決するのだ。

 おれたちの世界に仇為す【魔王】の企みを挫き、シズちゃんも助け、魔物も駆逐し、みんながみんな万々歳で収まるのだ。



 なら……やったるしかない。

 おれの頑張りで、みんなが笑顔になれるなら。この世界のみんなの笑顔のために、おれにできることがあるのなら。


 おれが……『わたし』が、きっと解決してみせる。

 一人でも多くのひとを、わたしの手で笑顔にしてみせる。



 それこそが……『木乃若芽わたし』に込められたなのだから。



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