第489話 【驚天動地】食欲の使徒攻略作戦



 長射程・防御無視・攻防一体の『口』だが……おれたちが分析した限り、幾らかの制約があるようだった。

 そうでなきゃ困っちゃう。



 まず第一に……おれたちの『眼』で見た限りでは、『口』出現の予兆を感知してから出現までにのタイムラグが存在するということ。

 わずか一秒程度の隙ではあるが……その『口』の予兆に投射攻撃を叩き込んで出現を潰すことなど、技量特化ジョブである今のおれにとっては造作もない。

 そのための『飛耳長目の斥候ヴァリアント』だ。


 そして第二に、その『口』自体は高度な思考パターンを持ち合わせているわけでは無いということ。

 何かしらの刺激を受けたら、すぐさま『齧り取る』魔法を発現させる。それが基本的なルーチンであり、つまりは狙った獲物じゃ無かったとしても『口』に突っ込まれれば反射的に噛みついてしまうわけだな。

 つまりは……おれたちの身体の代わりに、何かしらの魔法ないし攻撃を突っ込めば――まぁ、その攻撃は『捕食』され吸収されるだろうけど――『口』による攻撃を無力化することが出来るはずなのだ。





(とは言ってもラニ! ぶっちゃけ勝ち筋は!?)


(無力化して、直接【昏睡】を叩き込む! あとはマワタマさんの監禁結界を頼るしかないかなって!)


(……オッケー。じゃあまずは危険な『口』を減らさないと。これが本当の『口減らし』ってね)


(そういうことだね。……あちらさんの疲弊待ち、長丁場になる。頼んだよ、ノワ)


(……………………ウン)


(こちら魔法使いおれ。我が半身ながらドン引きだわ。言っとくけど駄々滑りしてっからね)


(やかましい! そんなん斥候おれが一番わかっとるわ!)



 ともあれ、進むべき方向は決まった。

 魔法使いおれからバトンタッチして譲り受けた『聖命樹のリグナムバイタ霊象弓ショートボウ』で、そこかしこに開こうとする『口』を片っ端から潰していき、その隙に前衛である勇者ラニが【食欲の使徒】本体に肉薄し、【昏睡】の魔法を叩き込んで無力化する。


 勇者ラニが動きやすいように敵を牽制することが、斥候おれに求められる仕事となるわけだ。




『それじゃあ…………いくよッ!!』


「っ、【集中コンゼンタル】【鷹の目ファルカルグ】【猛者の型テラインゴニア】!」


「…………、…………? …………??」



 斥候おれの正体が露見する可能性を避けるため、これまで極力声を発することなく相対してきたけれど……さすがにこれは気付かれてしまったかもしれない。

 おれわかめちゃんの配信を楽しんでくれている(らしい)彼女に正体を晒すのは、正直非常に気乗りしないのだが……不馴れな自己強化魔法は無詠唱で発動することが出来ないのだ。


 ……手早く片を付けなければ。

 彼女が……彼女の『敵』の正体に気づき、絶望に呑まれる前に。



 接近し、制圧し……無力化する。





「…………っ!? ………!!」


(っ! 見えた、四つ……ッ!)


『ナイス相棒! これで近付け』


(!? ラニ駄目! 足下!!)


『ッ!? っとォォ!!?』


「!!! ……、…………っ、……っ!!」




 斥候おれの掃射で開かれた間隙に飛び込んだラニの、その着地地点を狙い澄ましたかのように。


 これまで中空に数多あまた姿を現していたものとは、規模も危険度も桁違いな『大顎』が、突如地面から飛び出し獲物の足に喰らい付く。



 小出しの『口』を目眩ましに、狙い澄ました本命の『大顎』を人知れず設置し。

 いつぞやラニの鎧の右腕をもぎ取ったときのように、何の前触れもなく飛び出させ、捕食させる。




『いやー…………まいったね。甘く見過ぎてたかな』


「……………………。」


(ラニ……ごめん。……発見が遅れた)


(気にしないでノワ。……そもそも、ボクの見通しが全然甘かった)


(…………ぐ、ッ!!)




 物質化させた魔力の身体である【義肢プロティーサ】もろとも、全身鎧の片脚をまるまる喰い千切って見せた『大顎』は……おれたちの希望的観測を覆して余りある脅威だった。


 中身である【義肢プロティーサ】はすぐさま再構成できるし、欠損した脚部も別の鎧で補繕すれば、とりあえず作戦行動に支障は無い。戦闘続行は可能だという。

 だが……僅かな時間とて補繕の際は無防備になるだろうし、別の鎧リペアパーツとて無尽蔵ではない。


 時間と魔力と資源の大幅なロスになるのは明らかだし、そう何度も齧られるわけにはいかない。


 


 ……いいだろう。あの子に『舐めプ』で完全勝利できるとは、もう思わない。

 甘っちょろい考えはこの際キッパリと諦め、おれたちが確実に勝つために……容赦なく、大人げなく、本気で当たらせてもらおうじゃないか。




「【戦闘技能封印解錠アビリティアンロック】【加速アルケートフォルティオ】……ごめんね。【乱れ撃ちヴォルベラテンペスタ】!」


『ちょっ、』




 ……何のことはない。

 もともと高い敏捷性を誇る斥候おれに、更に上位の【加速】バフを掛け、あの子にの被害が生じる前提で、夥しい数の魔法の矢を雨あられと叩き込もうという……ただそれだけのことだ。



 もちろん、おれだって好んで血を見るような真似をしたかったわけじゃない。あの子はすてらちゃんの大切な妹分だし、そもそもが小さくて可愛らしい女の子だ。

 できることなら……おれたちはもちろん、あの子も無傷のまま『勝ち』を収めかった。


 だが……おれたちが『負ける』可能性が濃厚になってしまった、今となっては。

 物騒で、野蛮で、暴力的であろうとも……確実性の高い選択肢を取らざるを得ない。



 の怪我であれば、おれの治癒魔法で跡形もなく治すことは出来るのだ。

 矢の一本や二本……腕や脚の一本や二本は、この際一旦は『仕方がない』と諦めてもらおう。


 あの子のまわりの『口』や『大顎』を一掃し、ラニが【昏睡】で無力化させたら……おれが責任をもって、ちゃんと完璧に治療して見せる。




「…………っ!? ……ッ!!!」




 速度に速度を重ねたおれの針山のような一斉射が、雪崩をうってあの子に襲い掛かる。


 空中に漂う『口』は当然、地面に待ち構える『大顎』に至るまで、それぞれに充分以上の矢を叩き込んで消滅させる。


 急所は意識して外しながらも、それでも腕や脚は容赦なく狙い……身を守ろうと開かれる『口』の許容量以上の飽和攻撃を仕掛け、畳み掛ける。





 いきなり速度と密度を増したおれの攻勢に、さすがに目を見開き『恐怖』の感情を覗かせる【食欲】の使徒。


 禍々しい異能を授かった愛らしい少女の、その顔を苦痛に歪ませんとする『矢の壁』が……今まさに彼女に襲い掛かろうかというところで。





「【拒絶せよシェルター】【吹き散らせコンフューズ】……【実行エンター】」


「…………!!!」




『…………まぁ……出てくるよね』


「………………そう、だね」





 魔王の従僕【食欲の使徒】を傷付けんとする悪意おれたちから、可愛い妹分を守るように。


 大気の壁と暴風の腕を従えた【愛欲の使徒】……確固たる強い意思を秘めた少女が、おれたちの前に立ちはだかる。




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