第490話 あたしはあの子の『姉』だから



 あたしが【魔王】の庇護を受け、浪越駅前の高層マンションで暮らすようになって……何日か経ったある日。

 【魔王】が突然、どこからともなく連れてきた、小さくて大人しくて可愛らしい少女。


 その子こそがあたしの同僚にして、血の繋がらない――けれど血の呪いで繋がった元家族よりも大切な――可愛い妹……『水田辺みなたべつくし』ちゃんだった。




 家に連れてこられたあの子は、そんなに酷い有り様じゃなかった……というより、普通にメチャクチャ可愛らしかった。


 けれど、あの子がそれまで……【魔王】によって救い出されるまでに生きてきた環境は――とはいっても、あたしは【魔王】やシズちゃんに聞いただけだけど――とても『酷い』なんてものじゃ、無かった。



 外に出ることが許されず、薄暗い部屋に閉じ込められ、満足な食事さえ与えられず。

 色濃い『絶望』を嗅ぎ取った【魔王】が彼女を見つけ、に行ったときは……虚ろな目のまま、血だらけの口で缶詰のフタを齧っていたらしい。




 そんな彼女が、【何でも食べれるようになりたい】【お腹いっぱい食べたい】なんていう願いを抱くのは……まぁ、当然のことだろう。


 あたしたちの家で暮らすようになり、【食欲】の異能を身に付けた彼女は、これまでの鬱憤を晴らすかのように喰いまくった。

 あたしが作ったごはんや、【魔王】が調達してきた食料だけでは飽きたらず。食材の包装だろうと、家庭ゴミだろうと、それどころか空地の土や建築資材だろうと、【あらゆるものを喰らい、消化し、糧とする】彼女にとっては餌でしかない。

 異能を授かるにあたり味覚を棄て、何もかもを【喰らう】顎を授かった彼女は……それはそれは幸せそうな笑みを浮かべながら、手当たり次第の無生物を『口』に運んでいった。


 ……まぁ、さすがに食材以外を食べるのは『めっ』ってしたけど。




 実の親に見放され、誰にも助けて貰えなかった彼女にとっては、この世界に対する愛着なんて無いに等しい。

 自分を助けて……ううん、『食べ尽くせない程の』を与えてくれた【魔王】に懐き、難しいことは考えず。世間知らずで良くも悪くも無垢な彼女は、非常に単純な感情のままに【魔王】に従い……【魔王】の計画に必要な魔力を溜め込み続けている。



 それがこの世界の崩壊に繋がるなんて、あの子はたぶん解っていない。

 ……いや、もし理解したとしても……この世界にも、ともすると自分自身にも未練が無いあの子は、【魔王】の命令おねがいを忠実に守り続けることだろう。






「…………そんなの……嫌だもの」


『…………ステラちゃん?』




 片足を喰われた『勇者サマ』と、その後ろに佇む『わかめちゃん』。

 あたしのにして恩人である二人が、様子を窺うような視線で(二人とも顔は見えないけど)あたしのことを注視してくる。


 ……まぁ、当然だろう。

 あの子らにとってみれば、あたしはせっかくのチャンスをフイにした、ただの邪魔モノに過ぎない。敵として映ってもおかしくはない。




 だけど……あたしにだって、やりたいことがあるのだ。


 捕虜の身の上だし、あんまり好き勝手出来ないのもわかってるけど……このだけは、譲れない。





 あたしの大切な、手の掛かる可愛い義妹いもうとを……【魔王】の企みから切り離すため。


 この瞬間を、このチャンスを、あたしはフイにするわけにはいかない。




「……つくしちゃん。落ち着いて聞いて」


「!!! …………、……!!」


「…………うん、ありがとう。……でもね」




 ここで彼女を言いくるめるだけじゃ、駄目だ。


 ただ彼女を溺愛し、可愛がるだけじゃ……駄目なのだ。



 あたしの義妹いもうとを助けるためには。

 あたしたちの魂の生殺与奪を握っている【魔王】から、可愛いこの子を庇うためには。

 【魔王】の計画のための『生贄』という運命から……『水田辺みなたべつくし』を解き放つには。




「でもね。…………あたしは、もう……帰らないから。……『さよなら』言わないといけないの」


「…………、……? …………?」


「…………だから、ね……『さよなら』なの。…………あたしは……『勇者サマ』たちと、一緒に行く」


「    、  」




 たとえ……大好きな義妹いもうとに嫌われる結果になろうとも。

 もしこの後の対処を間違え、あたしが喰われることになろうとも。

 神サマたちや……『勇者サマ』たちに、ものすごく怒られることになろうとも。



 この『わがまま』を諦めるわけには、いかないのだ。






「………………………………っ、」


「……………うん」


「…………ゥ、……、ゥ、ァ…………ッッ!!」


「………………うん。…………ごめんね」


「ギ、…………ッッ!!!」




 可愛い義妹いもうとの瞳に、憎悪が宿る。


 大切なあの子の憎悪が、真っ直ぐあたしに向けられる。




 まだ小さく、幼く、情緒も育ちきっていないあの子は。

 荒れ狂う感情のままに、当然とばかりにを握り締める。




 魔力を吸って爆発的に生育し、負の感情を暴走させ、やがては宿主をバケモノへと変貌させる……あの【魔王】からの贈り物。


 その名も……『コントラクト・スプラウト』。

 彼女が今まさに齧り付いたモノは……紛れもない、その『種』だ。





「…………負けない。……絶対に、負けない」



 あたしの目の前……気色悪い根と蔦が、みるみるうちに義妹いもうとを包み、その姿を変えてゆく。

 今日に至るまでにあの子が食べ続け、貯め続けてきた魔力を存分に喰らいながら……『自分を見捨てたあたしを殺したい』というあの子の願いを叶えるために、最適な形を取ろうとする。



 感情の制御が得意とは言えないあの子は、全ての魔力を『種』に明け渡すことだろう。


 全ての魔力を使い尽くした【使徒】ともなれば、【生贄】として使われることも無いはずだ。

 【魔王】が必要としていたのは……あくまでも、大規模魔法の触媒として用いるための『膨大な魔力を溜め込んだ奴隷』なのだから。



 つまり、つくしちゃんの魔力を完全に消耗させれば、あたしの『勝ち』は確定する。

 ただひとつ問題だったのは……本気の憎悪があたしに向けられれば、無事でいられる保証なんてどこにも無かったという点なのだけど。





『…………まったく、無茶をする』


「つまり……すてらちゃんのときと同じ感じ? 削りきれば良いの?」


『そのようだね。持久戦になるだろうけど…………術式を『喰う』術が消えたお陰かな? 幸いカクリヨの結界内には落とせたみたい』


「オッケー。そんじゃ斥候おれも……っとばかし、お手伝いしよっか?」


「お願いするわ。……この戦いに生き残ったら……次の配信で赤スパ上限ぶっ込んだげる」


「『やったーー!!』」





 だけど……悲観するのはまだ早い。


 今のあたしには。【魔王】の庇護束縛を拒絶した『佐久馬さくますてら』には。



 とっても愉快で可愛らしい……心強い『正義の魔法使い』がついているのだ。



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