第468話 【二日目朝】おはようございます



 キャンプの醍醐味のひとつ、焚き火でごはんを炊く、いわゆる飯盒炊爨はんごうすいさん


 電気炊飯器に馴染みまくったおれのような現代人にとっては、ちょっと敷居が高いようにも感じてしまうのだが……飯盒炊爨のみに専念できる状況であれば、そこまで難しいものでもないのだという。

 火元と飯盒の距離に注意しつつ、加熱時間と飯盒の様子に気を配り、手順に従い注意事項をしっかり守れば、それこそ小学生でもごはんを炊くことができる。……らしい。


 あとは、昨晩聖女ベルナデットさんが作ってくれた豚汁(※時間経過が停止するラニの【蔵】でダッチオーブンごと保管してもらっていた)を温め直し、やさしい上級悪魔オギュレさんがヘルファイアチャッカ○ンしてくれた焚き火で川魚をじっくり焼いて。

 某エルフの王女様や某勇者様が、まだスヤスヤ眠っている間に……たいへん美味しそうな朝ごはんの準備が整った。



 すなわち……炊きたて白ごはんと、具だくさん豚汁と、川魚の塩焼き。

 そこに霧衣きりえちゃんからの差し入れであるカラ揚げとだし巻き(※昨晩霧衣ちゃんシェフが張り切りすぎたお夜食ののこり)が加わることで……キャンプの朝食とは思えない、一汁三菜の豪華な朝定食となった。

 なお王女様と勇者はまだ起きてこない。




「「「「「「いただきまーす!」」」」」」



 現在時刻は……ざっくり朝の八時ころ。七時頃より始まった二日目朝の部は、朝食の支度の模様から絶賛配信中である。

 平日の朝であるにもかかわらず、視聴者さんの数はそこそこ多い。推しがワイワイ楽しげに取り組む飯テロ配信の様子は、コメント欄を見る限り大盛況のようで。……いやぁ不思議ですね、平日のはずなんですけどね。


 そんな平日朝とは思えぬほどの視聴者さんに見守られながら、Ⅰ期の皆さん(若干二名を除く)は西洋ファンタジックな外観に似合わぬ純和定食を、おいしそうに胃袋に収めていく。

 邪龍のウィルムさんと天使のセラフさんの体格差コンビは、それぞれ大きなスプーン(※たぶん本来はサラダとか取り分けるやつ)と小さなスプーン(※見るからに子ども用のかわいらしいやつ)を器用に使いながら、ちょっとだけお口のまわりを汚しつつも幸せそうな表情でがっついている。とてもかわいい。

 なお王女様と勇者はまだ起きてこない。



「ごはんちょっと固めでしたね。……固めもおいしいですね」


「なんだっけこれ……アマゴ? うわアユより好きかも」


「だし巻きヴッメ……ヴッメ……」


「でっかい豚肉しあわせでふ……」




 みんな口々に『うまい!』『うまい!』と呟きながら、のんびりとした朝のひとときは過ぎていく。

 この後はテントを撤収して、後片付けを行って、〆の言葉でクローズするくらい。やらなきゃいけないこともそんなに多くはないので、みんな早くも団欒ムードである。

 なお王女様と勇者はまだ起きてこない。



「結局さぁ……エルくんあの後何時まで起きてた? ……っていうか、何本飲んでた?」


「夜ミから帰ってからは……二本かね。俺様が寝た後に飲んでたら知らんけど」


「ティーちゃんはそんな飲んでなかったと思うんだけどなぁ……寝付きもよかったよ? こう……『スヤァ』って」


「なるほど、『スヤァ』」


「そう。『スヤァ』」



 ぱちぱちと控えめな炎と暖かさを発する焚き火を囲み、六人のファンタジーな配信者キャスターは箸や匙を進めていく。

 紙食器の後始末にも大活躍であろう炎は、やっぱり特殊な魅力を秘めているのだろうか。炎大好き魔法使いのソリスさんに限らず、どこかうっとりと眺めながら食を進め……あるいは食後のひとときを、のんびりと過ごしていた。

 なお王女様と勇者はまだ起きてこない。



 そんな長閑のどかな空気の中……いち早く自分の分の朝定食をたいらげた魔王ハデスの魔の手わりばしが、手付かずのまま少しずつ冷たくなっていくあわれな犠牲者おかずへと伸びていく。

 魔王の侵略から人々朝定食を守護するはずの『勇者』は、しかし未だ目覚めのときを迎えておらず……ついに最初の犠牲者の命だし巻きが、魔王の手によって奪われる。



「ちょっ、あっ!? コラ魔王!」


「あぁー! エルくんのおかずがー!」


「ハッハァー! 起きてこねーのが悪ィのよ!」



 そんな魔王の非道な行いに、勇者の心強い仲間である三人(のうちの二人)は『待った』を掛ける。

 勇者不在の間、魔王の狼藉を食い止め……これ以上の被害を阻止するために。


 その身を呈して、人々の命勇者の朝定食を守るために。




「じゃあカラ揚げ貰おっと」


「じゃあ私もだし巻きを」


「わたしはお魚もらっちゃお」


「ちょっ、セラ待った! 魚はさすがにえげつねぇって! カラ揚げにしとけ!」


「むーー……」


「ぇええ……待って、誰も止めないのこれ。我輩ちょっとドン引きなんだが……」


「ティーリットのメシに手ェ付けて無ぇだけまだ良心的なんだろうな……」



 あぁ、げに恐ろしきは魔王の軍勢。勇者の仲間たちの抵抗もむなしく、それどころか逆に手勢へと引き込まれ……筆舌に尽くしがたい蹂躙が、今まさに始まろうとしているのだ。

 もはや何者にも、人々朝定食の滅びを止めることは出来ない。哀れな犠牲者カラ揚げやだし巻き一人ひとつまた一人ひとつ命を落としかっ拐われていく。おれはなにも見なかったことにしよう。




「ふぇー……おはようじゃぁー……」


「「「「ング、ッ!!?」」」」


「お、おはようである、ティーリット殿」


「おはよティーリット。早速で悪ィが朝メシ出来てっからな、ちょいと諸般の事情により今ちょっとばかしそれはそれは厄介なことになりつつあるんでカラ揚げとだし巻きだけ先に食っちまってくれん? カラ揚げとだし巻きだけ。それだけ先に腹ん中入れちゃって欲しいんだわ頼むマジで」


「……ふぇー…………およー? わかったぁー」




 口をモゴモゴさせている実行犯たちを疑問符を浮かべながらも一瞥するも、起き抜けマイペースなエルフの王女様は特に気にしないことにしたようだ。

 一汁三菜の豪華な朝午前に舌鼓を打ち、お口をもぐもぐさせながら目を細めて満面の笑みを浮かべる。


 オギュレさんの時間稼ぎファインプレーの意図を正確に察した侵略軍一同は……ティーさまが最後のカラ揚げをお口に運ぶや否や、カラ揚げとだし巻きが盛られていた紙皿を焚き火へと投げ込み、綺麗さっぱり証拠隠滅を図る。



 かくして、一汁三菜バッチリ揃った朝食の席に、『だし巻き』と『カラ揚げ』が存在していた形跡は跡形もなく消え去り。




「ゴメンゴメンゴメンまじゴメン、ホンットゴメン。おはようございま…………え? なに? どうかした? アッ、いや、その……寝坊しました。本当すみません」


「お、おう。やっと目ェ覚めたか勇者。ホラ朝メシできてっから食え食え」


「そ、そーだな。ホレ見てみろ、炊きたて飯盒ごはんと焼きたてヤマメの塩焼きと温め直したて聖女の豚汁だぞ」


「おぉーー! めっちゃ豪華じゃね? ……いやゴメンまじ本当ゴメン。片付けちゃんと手伝うから」


「…………あれぇ? エルくんのカラもごもごもご」


「カラぁーっと晴れた気持ちのいい朝だよな!! やっぱキャンプの朝って気持ち良いよな!!」


「ほ、ほ、ほらティーちゃん! おいしいお茶だって! ほらお茶だよお茶! エルくんもほら!!」


「おっ! あざす! アァーー風気持ちいィーー豚汁うめェーー」


「「「「「…………」」」」」



 盛大に朝寝坊した勇者エルヴィオさんは何一つ疑問に思うことなく、キャンプの朝の雰囲気と一汁一菜のおいしい朝ごはんを満喫し……




 勇者エルヴィオさんを除く一同(スタッフさんを含む)の、土壇場での団結力が……ほんのちょっとだけ増したのだった。


 おれはなにも見なかったことにしよう。

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