第457話 【制圧作戦】到達
一歩一歩、重い足を少しずつ進めていく間……おれの中に『誰か』の感情が、どんどん流れ込んできていた。
おれの心をこんなにもかき回した『誰か』が、いったい何者かだなんて……この状況においてそんなことは、今さら考えるまでもないだろう。
――――もしあのとき、あたしが……姉や妹や母を、壊してしまわなければ。
――――もしあのとき、あたしが『仕返し』なんて考えず……家族に愛されることのみを望んでいたら。
――――もしあのとき、あたしが勇気を振り絞って……自分の足で、外の世界に踏み出すことが出来ていれば。
――――でも、もう遅い。
――――姉を、妹を、母を壊し…………あたしの
今までに流れ込んできていた感情は。
おれが今まさに垣間見ている、この声は。
赤黒い根で覆い尽くされ、羽化を待つ繭か蛹かのようになってしまっている……
「…………後悔、してるんだね。自分が最初にやってしまったことを……今でも」
「優しい子だよ、ステラちゃんは。……やっぱりこの子は『こんな世界滅べばいい』だなんて、心から願っちゃいなかった」
「世界に未練が無いなら……ほんとに『滅んでもいい』って考えてるなら、おれや
「……そうだね。やっぱりこの子は……『悪人』と決めつけていい子じゃ、ない」
あのときああしていれば。あのときああだったら。……そんな仮定に意味なんて無いけれど。
もし
おれたちが……彼女に寄り添い、不安を解消してあげていたら。
彼女を、ここまで追い込むことは無かっただろう。
「……いや、まだ。まだ終わっちゃないよ、ノワ」
「…………そうだね。まだ終わらない。……世界も、
『魔王』の行動を知るための手がかりだとか、『苗』の活動を抑制するためだとか……いくらでも理由付けは出来るだろうけど。
動機はもっともっと単純だ。難しく考える必要なんて無い。おれが彼女に笑っていてほしいから。……それだけでいい。
目の前で脈動する、不気味な繭。……根本を辿ればそれと同じ存在である『種』によって、それと近しい性質の
人間のうなじに根を張った『苗』を掴んで引っこ抜ける、おれならば。
「地道だけど……! もっとこう、『バァーン』ってかっこよくやりたかったけど!!」
「しょーがないよ! やりすぎてステラちゃんごとキルするわけにはいかないでしょ!」
「そうだけどぉ! 根っこブチブチ引きちぎるだけって! 映画とかアニメなら結構な見せ場来るタイミングのはずなんだけど! 最終局面でやることが『草むしり』て! 戦闘シーンですらないの!?」
「だぁーからしょーがないでしょ! ステラちゃんの安全が第一なんだから!」
ラニとふたり、可能な限り明るくアホらしく声を掛けあい、気を抜くと心が押し潰されそうな感情の奔流に抗い続ける。
時間と手間は掛かるが、しかし堅実で確実な方法。
ふつうの存在だったら、この『巨人』の中に取り込まれた時点で心が砕かれていただろう。おれたちの精神汚染に対する耐性が図抜けていたことが、『魔王』にとっての敗因に他ならない。
「……っ、見えた!
「生命反応はまだ残ってる! 間に合ったハズだよ!」
効率良く魔力を与えるため、口内へと押し込まれた『種』……それは『巨人』を形作るまでに成育し、その巨体を維持する魔力を取り込むため、恐らく彼女の体内に根を張っているのだろう。
あまりにも痛々しく、痛ましい光景だが……彼女の身体そのものの生命反応は、未だに健在だ。
残る不安は……この身体に、彼女の意識を引き戻せるかどうかという一点。
今や周囲を満たす『混沌の空間』に霧消してしまっている、彼女の意識や魂とでも言うべきものを……かき集めることが出来るかどうかだ。
こればっかりは、わからない。
『苗』を除去した際に起こる『巻き戻り』で、身体の損傷は治る可能性は高いけれど……これほどまでに規格外の変異とあっては、そこに意識が伴う保証は無い。
不安が大きいけど……ここで躊躇すればするほど、望みは薄くなっていく。それはおれにだって理解できる。
力なく開かれた口腔から伸びる茎に手を添え……覚悟を決め、がっしりと握る。
信じろ。自分を信じろ。万能たる叡知の魔法使いの技量と、そこに籠められた願いを信じろ。
精神汚染に抗いながらもなんとか心を落ち着け、両手のひらに魔力を籠め。
茎を確実に
悪意の苗を、引き千切る。
……………………………………
…………………………
………………
――――――――――――――――――――
心を擂り潰すかのような精神汚染がぱったりと止み、ただただ凸凹とした根に埋め尽くされた、真っ暗な木の
先程まで心配になるほど痙攣し、涙や脂汗や涎を飛び散らせていた彼女の身体は……まるで死んでしまったかのように、力なく横たわっている。
……そう、死んでしまった
つまりは……死んでいない。生きているのだ。
生きている……はずなのだ。
「……そろそろ起きようよ、
巨人の骸の外では、もう戦闘は終了しているのだろうか。
そんなに長い時間は掛かっていないと思うけど……例の『混沌の領域』に飛び込んでから視覚も聴覚も閉ざされてるし、精神汚染への抵抗をがんばりすぎたせいで体内時計もアテにならない。
ただ……おれの身体の生理的な欲求が、こんなときでも可愛らしく『はらへった』と音を立てるばかりだ。
「…………この世界全部を、許せとは言わないよ。おれだって色々と思うことあるし、理不尽に感じることもいっぱいあったし。…………だけど」
おれたちが生きているということは……まぁ、モタマさまならちゃんと把握してくれていることだろう。
巨人が完全に沈黙したことから、おれたちが何かをやり遂げたのだということを、きっと理解してくれている。
……その上で、急かさず突っつかずに待ってくれているのだ。
「だけど…………大っ嫌いな世界の中にも、『好き』なものの一つや二つ、あると思うんだ。……たとえば、つくしちゃんとか……シズちゃんとか。もしくは、牛丼とかハンバーグとか、焼き鳥とか……しゃぶしゃぶとか。……この世界を壊すってことは、その『好き』なものも纏めて一緒に壊さなきゃいけなくなっちゃう。それはとても……とても、悲しいと思う」
受け入れがたいこと、納得いかないこと、どうしても好きになれないこと。……世界はそればっかりじゃないはずなのだ。
見たくないものは見なくていい。全てを受け入れる必要なんて、ない。
今は『好きなもの』が圧倒的に少なくて、
『知らないもの』に触れて、少しずつ『好きなもの』を増やして、好きなものだけ見て……もっと人生を楽しんでいいはずなんだ。楽しむべきなんだ。
もちろん、一人だけの世界じゃあ……『知らないもの』にも限度がある。
今までは、頼れる相手が居なかったのかもしれないけど……今はおれがいる。
おれじゃ相談に乗れないことでも……頼れそうな人、相談できそうな人を、きっと見つけ出してみせる。
自慢じゃないけど……今のおれの
…………だから、さ。
「もう大丈夫。心配しなくていいよ。おれたちがついてるから。…………だから、起き(グゥゥゥゥ……)アッ」
「ぇえ…………今めっちゃキメ顔してたのに……」
「し、しょうがないじゃん! 生理現象だもの! おなかグーは本人の意思じゃ止められないの!!」
「いや、でもさ…………なんでそんな残念なの」
「……本当よ、もう。……笑わせないで」
「「!!!!!!」」
まだ異空間に囚われているのではと錯覚するほどに静かな、巨人の
おれでも、ラニでもない……どこか幼さを残しながらも妙に艶かしい、魅力的な少女の声。
若干咳き込みながらも……それでもしっかりと、自ら身体を起こす身じろぎの音を響かせ。
「……おはよう、
「良いわけ無いでしょ。まだ色々と真っ暗だし。何がなんだかワケわかんないし」
「オ、オゥ……」
がっくりと、あからさまに落胆して見せたおれの様子に。
苦笑ではあるが……それでも確かに『笑み』を返し。
「…………良くはないけど…………まぁ、『推し』がおはようの挨拶してくれたわけだし……べつに『悪い』とは言ってないわよ」
「!!! すてら、ちゃん……っ!!」
「……はぁー…………とりあえず、シャワー浴びさせて。汗が気持ち悪いったらないし……お腹空いたわ」
「任せて!! おれごはん買ってくる! 何か食べれないのとか……食べたいのある?」
「じゃあ、サンドイ………………いや、肉料理がいいわ。牛丼とかハンバーグとか焼き鳥とか、あとしゃぶしゃぶとか……ね」
おれの親愛なる『視聴者さん』でもある、可愛らしくてちょっとエッチな女の子……
邪気の抜けた朗らかな感情を……いつか混浴エリアで見せてくれたような純粋な『好意』を、再びおれに向けてくれたのだった。
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