第456話 暗く醜い残酷な世界



 この国は決して、豊かな国なんかじゃない。



 情けは人のためならず、巡りめぐっていずれ自身に返ってくる。

 努力は必ず報われ、悪人は必ず罰せられ、他人を敬い正しい行いを続けていれば、いつか必ず幸せになれる……なんて。



 そんなものは、全くのデタラメ。全くの嘘。


 大人が『良い子』を騙して都合良く使うための……耳触りが良いだけの、ただのに過ぎないのだ。



 ……反吐が出る。






 あたしがを自覚したのは……小学校に上がる頃か、少し前くらいだっただろうか。



 あたしは……姉と妹に挟まれた真ん中。

 三人のきょうだいで唯一の■。


 活発な威圧的な姉と要領の良い狡猾な妹はとても仲が良く……ことあるごとに結託して、さも当然のようにを虐げていた。




 最初はほんの些細な……まだ可愛げのあるものだったはずだ。



 当時はまだ優しかった母親が『お土産に』と、有名パティスリーのケーキを貰ってきた日のこと。

 あたしが食べたかったのは、赤くて可愛らしいイチゴのショートケーキ。


 要領の良い狡猾な妹と狙いが重なってしまったことが……あたしの不幸とこの国この世界に対する怨恨、全ての始まりだった。




『やだ! わたしイチゴがいい! なんで■■■ゃ■はイチゴなの!』


『[縺イ縺倥j]は我慢しなさいよ。可愛い[縺イ繧√f繧]がイチゴがいいって言ってんじゃん』





 あたしの『しょうがないからじゃんけんで決めよう』との提案を一蹴したのは、要領の良い狡猾な妹のわがまま。

 妹と仲の良い活発な威圧的な姉は当然のように妹を庇い、あっという間に二対一。


 あたしは一瞬で少数派となり、残酷な『多数決』という民主主義によって沙汰が下され。

 あたしは全く抵抗を赦されずに……『■である』という理由だけで、食べたかったイチゴのショートケーキを取り上げられた。



 可愛い[縺イ繧√f繧]……要領の良い狡猾なあたしの妹は、それで味を占めたのだろう。


 きょうだいで唯一の■であるあたしが相手であれば。

 我が家の頂点に君臨する活発な威圧的な姉を味方に引き込めば。


 少数派であるあたしから……全てを取り上げることができるのだと。



 要領の良い狡猾な妹は幼いながらにして……この国の攻略法を、見つけ出してしまったのだ。




 三人だけのきょうだいの中での、過半数の票を押さえられてしまえば……この民主主義国家におけるコミュニティにおいて、当然あたしに勝ち目は無い。



 幼いながらに理不尽を感じたあたしは当然のように、深く考えずに唯一の親を頼った。


 …………が。

 愛想を振り撒き他人に媚を売ることを仕事としていた母にとって、可愛らしい二人の娘は何物にも代えがたい宝物だったようで。





『我慢しなさい。[縺イ縺倥j]は■■■ゃ■でしょ』





 またしても。

 あたしが『■だから』という理由だけで。


 母親は。あたしの唯一の親は。

 姉と妹が絡んだときに、あたしの味方になってくれることは……ただの一度も無かった。






 そこからは……まさに真っ暗な学校生活だった。



 活発な威圧的な姉と要領の良い狡猾な妹。人当たり良く愛想も良い仲良し姉妹。

 女手ひとつで姉妹を育て上げた、若々しく美人の母親。


 美しく可愛らしく輝かしい家族の中における……唯一の

 ■■■ゃ■であり、■であり……たったそれだけで全てを奪われ続けた、あたし。


 ただ独り可愛くなく、満たされることなく、味方なんて居らず……人権なんて無い。





『[縺イ縺倥j]ってば可哀想。■に産まれたばっかりにんなっちゃって』


『今日友達来るから部屋から出ないでよね、■■■ゃ■。むしろ消えてくれるとありがたいんだけど』


『[縺??繧]も[縺イ繧√f繧]も人気者なのに、どうして[縺イ縺倥j]はんなっちゃったんだか。長■がだなんて……恥ずかしいったらありゃしない』




 幼少期に刷り込まれた絶対の上下間系は、小中と進学しても決して変わることはなく。

 家だろうと学校だろうと、所構わず全てを奪いに来る悪魔達姉と妹に怯え……あたしはさぞ挙動不審で、見ていて不愉快な子どもだったのだろう。


 そんな弱者の末路といえば……まぁ、考えるまでもない。




 あたしにも悪いところが……省みるところが全く無かったかと問われれば、それはもちろんたくさんあるだろう。


 ……だがそれでも。考えずには居られない。

 考えるだけ無駄なのだと、どうしようもないのだと、嫌というほど理解してるけども。



 もし、あたしが■ではなく……姉や妹と仲睦まじく過ごせていたら。

 人当たりが良く、性格も良く、容姿も声もトーク力も、ファッションセンスやら何もかもが優れていたら。


 あたしが……



 姉に。妹に。母に。近所のおばさんに。本屋のおじさんに。コンビニの店員さんに。同級生に。先生に。母の取引相手に。


 この国、この世界に……愛してもらえたのだろうか。













 ………………結局のところ。


 あたしは……何も知らない、考えの浅はかな子供ガキだった。




 あたしが……この家庭コミュニティで最底辺の存在だったオレが、自分の身体の変化と異能に気づき。


 そして悪辣な子供クソガキだったあたしが真っ先に思い付き、実行に移してしまったことは……家族への『仕返し』。



 これまであたしが受けてきた仕打ちは、昨日のことのように思い出せる。

 姉と妹と母を、異能このチカラの実験台にすることに……何の抵抗も葛藤も疑問も、良心の呵責も浮かばなかった。





 【あたしを愛してクレイドル・くださいエンター】。


 それが……あたしが初めて頼った、『魔』の法則。




 これまでの人生において築き上げてきた人格を真っ向から否定する、全く想定されていなかった命令を無理やり頭に叩き込まれて……三人の人格と思念は、それはそれは激しい抵抗を試みたらしい。


 『あたしを虐げなければならない』という思考と、『あたしを愛さなければならない』という命令。

 二つの思念情報が真正面からぶつかり合い、侵食し合い、互いに互いを削り合い……結果として競り勝ったのは、わたしの魔法だった。




 ……その結果、残ったものは。


 ボロボロの命令魔法プログラムにガタガタになった思考の中枢を占拠された、姉と妹と母は。





『[縺イ縺倥j]何nnnnでも命eeei令iiiしてddddd大aiaiai好kkkiきkikkkiだaaよ[縺イ縺倥j]私は[縺イ縺倥j]のことggggがa世界dでiiiiいiiちばん大切なnnnnnんだkkかkarrrら』


『おn■iiic■ゃ■nnndddddodoudouどうssしたannnnの[縺イ縺倥j]お■■iiiichhhゃnnn■nnnわたし何かお■■chhhゃ■を困rrrrらせrrrるuuuuことしちゃっtttたのgggogogごめんnnなaさsasaい謝mmmmarrるrrururuからkkkkik嫌いにならないでおねがiいおni■■chゃ■おgng願gggaい』


『hij[縺イ縺倥j]i[縺イ縺倥j]wa私aawaのkk可wawa愛い[縺イ縺倥j]k聞いttてteytyよ[縺イ縺倥j]今度****社長ggがhij[縺イ縺倥j]riにnini会ってmmみmtmtaたいnんだttっttてhihihii[縺イ縺倥j]rrrirの可kka愛さだdっatたらin[縺??繧]riよりもhhim[縺イ繧√f繧]yuriよりも人n気者noniiinになrerrれるwawわaa』






 あたしを……『[縺イ縺倥j]を愛する』という、彼女らにとっては有り得ない呪いじみた命令によって。


 あっけなく、こうも簡単に……










 良い思い出なんてほとんど無いあたしには……これまでの生活に対する未練なんて、全くと言っていいほど残ってなかった。


 とっくに壊れていた[縺イ縺倥j]の人生を捨て、あたしが壊した家庭も捨てて……この世界に存在しないはずの存在になったあたしは、全てを捨てて家を出た。


 学校なんて、もうどうでもいい。[縺イ縺倥j]じゃなくなったあたしには、当然[縺イ縺倥j]が負うべき義務も存在しない。バグって壊れた元・家族がどうなろうと、知ったこっちゃない。

 だって……あたしはもう[縺イ縺倥j]じゃないのだから。



 それに、あたしは今こんなにも満たされているのだから。

 輝かしいあたしの人生に、[縺イ縺倥j]の影なんて在っちゃいけないのだから。



 やっぱり思った通りだ、可愛ければいくらでも愛してもらえる。

 こんなに簡単に。こんなに情熱的に。

 可愛いあたしは……こんなにたくさん愛してもらうことができるんだ。


 あのは……まぁ、初めてだったから仕方がなかったとして。

 あれらの失敗のおかげもあって、少しずつ魔法の使い方にも慣れてきた。


 この力を上手く使えば……あたしはもっと、もーっと、多くの人に『好き』になってもらえるのだ。



 嘘みたいに心が軽い。

 あたしの心を曇らせるものは、もう何も存在しない。




 ただ……全ての過去を捨てたあたしは、同時にこの国の庇護を失った。

 当たり前だ。権利には義務が伴う。国民に課せられた義務を果たさずして、国民にもたらされる恩恵のみを享受することはできない。

 戸籍もなければ身分証も無い。バイトだって出来ないし、お金を稼ぐことができない。たぶん部屋を借りることもできないだろう。


 ……いや、お金を稼ぐことは出来るか。

 なんてったって……あたしはこんなにも可愛いのだから。



 ただやっぱり……何の後ろ楯も無いというのは、さすがに不安が残る。

 あたしはもうこの国の国民じゃないけど、そんなことを知らないおまわりさんには、あたしはただの補導対象だろう。

 身分証も無いとなったら……めんどくさいことになりそうだ。


 あたしの魔法で『好き』になってもらえば誤魔化せるかもしれないけど、永遠に使えるのかはわからないし……そもそも、あたし自身が『どうなったのか』さえわからないのだ。





 どうしたらいいのかもわからず、頼れる大人も知人もいない。


 そんなときに手を差し伸べてくれたのが……あたしと同じくらい可愛い小さな女の子を連れた、『魔王』を自称するおじさんだった。



 おじさんも女の子も、どうやらこの国をメチャクチャにしてやりたいみたいで。

 あたしが『特別な力』持ってること、そしてこの国に未練が無いことを見抜き……あたしを『この世界を壊す』同志として、引き入れようとしてくれたらしい。




 この世界を壊す、同志。


 つまり…………仲間。



 [縺イ縺倥j]の残骸だったあたしは……こうして『すてら』という新たな名前と、新たな家族と、新たな人生を手に入れた。









 あたしにも悪いところが……省みるところが全く無かったかと問われれば、それはもちろんたくさんあるだろう。


 ……だがそれでも。考えずには居られない。

 考えるだけ無駄なのだと、どうしようもないのだと、嫌というほど理解してるけども。



 もし……もし、あのときあたしが『魔王』の手を取らず。

 この世界を壊そうとする侵略者に荷担せず。


 あんなにも眩しく可愛らしいのように……多くの人々の笑顔のために、この生まれ変わった『佐久馬さくますてら』を活かすことが出来ていたのなら。

 のようには振る舞えなくても……あたしがつくしちゃんに対してように、他人に対して心を開くことが出来ていれば。



 可愛くて、おもしろくて、一生懸命で……そんなところが大好きなの『敵』にならなければ。




 この残酷な世界を……こんなに呪うことも、なかったのだろうか。


 こんなに苦しくなることも、無かったのだろうか。










「……もう大丈夫。心配しなくていいよ。



 おれたちが、ついてるから」




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