第455話 【制圧作戦】愛欲



『さて……じゃあ、私が道をましょうか』


「キンケーちゃん? 開くって、どうやって……」


『任せときなさい。の対処法なんてのは、古来から大抵決まってるものよ』




 言うが早いか、この囘珠まわたまにおける実働部隊長……神域奉行である金鶏きんけいさんは、その輝く大きな翼をはためかせて翔び上がる。

 溢れ出る魔力を隠そうともせず、隠密には全く適していないその黄金の姿で接近すれば……そりゃ当然、あの『巨人』も対処に出るだろう。


 モタマさまの『陽光のツタ』にて地に縫い付けられているその身において、ほぼ唯一残された直接攻撃手段……つまりは、巨大な頭部にと口を開ける顎門による『噛み付き』攻撃。

 食らえば当然、ひとたまりもないだろうが……そう簡単に食らうほど、神域奉行はヤワじゃない。




『……祭事奉納は金鶏キンケイくらにて、然るにくらには神酒みき在りて』



 ひらひらと挑発するように宙を舞い、威圧的な魔力を発し続ける金色の神鶏。


 やがて鬱陶しげに頭部を振り回す『巨人』が、と顎門を開くのを好機と見るや。





『貰ったッ! 【岩戸・開ヒラケ】!』


≪―――縺ェ窶ヲ窶ヲ菴輔□縺薙l縺ッ??シ!!??≫


『さぁ……私の秘蔵中の秘蔵、現代の八鹽折ヤシオリ、四十度越えの『越後武士とっておき』よ。よぉく味わいなさい!』


「や、ヤシオリ…………なるほど!」





 昔々むかーしむかし……まぁ細かいところはすっ飛ばすけど、九つの頭と龍の尾と巨大な翼を持った怪物が居りまして。


 その怪物をやっつけるにあたって、かつての大英雄が採択した手法こそが『醸造に醸造を重ねて作った超強いお酒を飲ませて、酔って無力化したところを殺そう』という、それはそれは大変きょ…………効率的な手法でして。




『あー、してた頃の布都ふつのちゃんね。お母さんもびっくりしたわぁ、まあ事情も色々あったんでしょうけど……まさか、寝込みを襲おうだなんて……ねぇ?』



 あぁ……やっぱりそうでしたか。危なかった。セーフですセーフ。

 ……いやさすがにフツノさまとて、そう易々と思考を読んだりはしないだろうけど……なんかこう、本能的な警戒感というかな。


 ともあれ……まぁつまり、たとえ神話クラスの大邪龍であっても、アルコールのもつ魔力には逆らえないのだということであって。

 ましてやそのアルコールが……この日本の現代技術で作られた、トップクラスに『強力』な逸品であり、おまけに奉納品として仕上げるために神様の魔力神力を『これでもか』と浴びせていた『とっておき』であったのなら。


 手強いとはいえ、さすがに神話に語られる邪龍ほどではない『巨人』が相手なのであれば。

 その効果はこれまた……とてつもないものだった。




『……今よ! 若芽!』


「っ! はいっ!!」


≪―――鬆ュ逞――帙――>縲∬――協縺――励――>――≫



 眠るとまではいかずとも……動作伝達系の魔力網をずたずたに狂わされたその巨体は、今や完全に麻痺・沈黙し。


 おれたちはそんな『巨人』の、閉じきることなく地に付した顎門へと……意を決して飛び込んでいった。





………………………………………



………………………………



………………………






――――早く死ねばいいのに。



――――何でアンタみたいのが居るんだか。



――――せめてお前が■■■■い■の■だったらなぁ。




 ……うるさい。


 うるさいうるさいうるさい。


 何故……どうして、あたしがそこまで悪く言われなきゃならない。

 あたしが何をしたと言うんだ。

 ……あたしの何が悪いっていうんだ。




――――部屋から出てこないで。いやむしろ帰って来ないでいいよ、お■■ゃ■。


――――可哀想よねぇ、■■■って。私達とは根本的に住む世界が違うんだから。


――――ウケる。本当■って生きてる価値無いでしょ。ブッサイクだし汚ならしいし。


――――***や****と同じ種から、どうしてお前みたいなのが産まれて来たんだか。





 うるさいうるさいうるさい。



 黙れ。消えろ。どっか行け。


 あたしが何をした。あたしの何が悪い。

 ただ***や****と同じように……同じ母の股から、同じように産まれてきただけじゃないか。



 なんで、あたしが。


 あたし……だけが。


 …………だけが。



 こんな理不尽な扱いを……ひどい言葉を言われ続けなきゃならないんだ。





――――お姉さんも妹さんもあんなに可愛らしいのに……■■■はねぇ。


――――本当。***と****のことで手一杯だもの。■なんかに構ってる余裕無いし……ていうか、可愛くないし。


――――■って臭いし汚いし不細工だし。


――――お前が■じゃなくて、***や****みたいな……可愛い■の子だったらなぁ。……いや***達に失礼か。


――――可愛くない■のアンタなんか……産むんじゃなかった。




――――何よその目は。


――――本当アンタって……可愛くない。





 …………やめて。



 もう、やめて。





――――そんなんだから。


――――アンタが■に産まれたから。


――――アンタがそんなに可愛げがないから。




 やめて。やめて。


 やめてやめてやめて。




―――― 可 愛 く な い か ら 、


  皆 に 嫌 わ れ る の よ 。






………………………………………



………………………………



………………………





「…………これ、すてらちゃんの」


「彼女がなった……この世界を恨むようになった、絶望の根幹……ってことだろうね」




 動きを止めた『巨人』の、その口内へと飛び込んだおれたちを出迎えたのは……いかにも生物の口内といったグロテスクな内壁、


 端的に言うなれば『異空間』のような、高さも広さも奥行きもわからない真っ暗な空間が……ただただ虚しく広がっていた。



 恐らくは……すてらちゃんが内包していた魔力――世界そのものを憎む程に強力な『想い怨み』の力――が『種』によって解き放たれ、極めて濃い密度で停滞したもの。

 負の感情に起因する魔力で満たされた、まさに『混沌の領域』とでも呼称するのが相応しいであろう異空間では……幼い心をずたずたに引き裂くには充分すぎる言の刃が、後から後から降り注いでいた。



 直接向けられたわけでもないのに……一本一本がこれ程までに鋭く、おれたちの心をいとも容易く痛め付ける。


 こんな凶器ものを来る日も来る日も、面と向かって向けられ振るわれ続ければ。

 自分を『いらないもの』として扱うこの世界に絶望し、自らを殺し得る程の負の感情を抱いたとて……それは仕方の無いことなのかもしれない。





「ノワ、大丈夫? やられてない?」


「大丈夫。動ける。……いかないと」




 悪意と混沌の領域を一歩一歩進むたびに、濃密な悪意が身体に絡み付いてくるのを感じる。

 ……いや、どうやら絡み付く程度にとどまらず……実際におれたちを『侵食』してきているようだ。


 彼女が『愛されたい』『愛される存在になりたい』と強く願ったことで会得した……周囲に自身への隷属を強いる【愛欲】の権能。

 それがおれたちをも支配下に措こうと……いや、そんな生易しいものじゃないな。取り込み吸収してしまおうと、今もこうして精神干渉を試み続けている。


 もはや理知的な制御を失った【愛欲】は、宿主の内に秘めたる魔力の猛るがまま、侵入者たるおれたちを捻じ伏せようと押し寄せてくる。




「……っ、これ……ヤバイよ。急がないと」


「だね。おれたちも、だけど……すてらちゃんも危ない」



 目指すべき地点、すてらちゃんの所在はわからないけど……どっちにいるのかは、目を瞑っていてもわかる。

 濃密な『悪意』の発生源……つまりは、単純に『悪意』が押し寄せてくる方向を目指せば良いのだ。



 おれたちの心が『悪意』の奔流に押し潰されるのが先か。

 それとも……おれたちがこの『悪意』の根元を絶つのが先か。


 さあ……根比べといこうか。

 泣く子も笑う『正義の魔法使い』の本気を、とくと見せつけてやろうじゃないか。




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