第454話 【制圧作戦】突入



 おれやラニや、恐らくはミルさんのような……この世界に居ながらにして、魔力を行使するすべを会得した存在。


 そのは、どうやら持ち主の高濃度の魔力が溶け出しているらしく……つまりは、上質な魔力素材となる。らしい。



 そう……体液。

 つまりは血液だったり、汗だったり、小水だったり……そして、だったり。




「退避! 急げ!!」


「…………嘘でしょ……なんで」




 長らく休眠していた悪意の種は、高濃度の魔力に触れたことで目を醒まし、目にも止まらぬ速度で急激な成長を開始する。

 魔力現象によるものではなく、植物組織そのものの働きだと言いたいのだろうか。封魔の結界が施されているはずの座敷牢内であるにもかかわらず、『知ったことか』とばかりに物理的な体積を増していく。


 やがて混沌の植物組織は宿主を覆い尽くし、自らの内へと取り込み……ついには見上げんばかりの『巨人』と化し、天井に阻まれて窮屈そうに身を屈める。




≪―――遯ョ螻医□縲?が鬲斐□!!!!!!!≫



 ……いや、さすがにそんな小さな枷で封じられるほど……彼女の『決死』はヤワなものじゃないのだろう。


 歪に捻れた根や蔦がり集まったかのような、ひどく不格好で不気味な腕を振りかざし……ちっぽけな採光窓しか開けられていない――構造的に脆弱な部分がほとんど存在しない――はずの、鉄筋コンクリート造の壁へと打ち付ける。



 建物全体を揺るがすような、重く響く衝撃音が……二回、三回。


 そして四回目の衝撃音と振動には、金属のひしゃげ千切ちぎれる音や破裂音のような音、そして細かな何かが立て続けに地に落ちる音が続いていき。





≪―――繧ャ繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「!!!!!!!!!!!!!≫




 ちっぽけな戒めを強引に振りほどいた黒赤の『巨人』が……聞く者の魂に本能的な恐怖を刻み込む産声とともに、静謐な都心の森へと解き放たれた。





「ラニ…………ラニぃ……!」


『気をしっかり持って、ノワ。……まだ終わったわけじゃない』


「っ、……どうにか出来るの!? なんとかなるの!?」


『保証は無い。キミの……いや、ボクらの頑張り次第だよ。……見てごらん』





 さすがに都心の神域を守る護り手は、その動きも素早い。今や見上げるほどの巨体となった『巨人』だが……その姿が一般人の目に付くことは無いだろう。

 九月も後半に差し掛かろうかという、よく晴れたお昼前のひととき。不自然に薄暗く妙な静けさに包まれたこの神域は、今や位相を異とする【隔世】へと引き込まれている。


 現実世界の……多くの人々の安全を守るため、わざわいの原因を引きずり込み、人知れず祓うための特殊結界。

 悪意を閉じ込める檻でもあり、神力を振るうための処刑場であり、おまけに主神の座す神域結界の範囲内であれば。



 神の御遣い、神域マワり方たる『与力ヨリキ衆』も……その力を十全に振るうことが出来るのだ。




≪―――縺医∴縺???ャア髯カ縺励>!!!!!≫


『……呆れたタフさね。頭吹っ飛ばす勢いで蹴り入れたんだけど』


「えっ!? ……金鶏きんけい、さ」


『おねえちゃん』


「…………金鶏きんけい、お姉さん?」


『……まぁ良いでしょう、ッと』


≪―――縺オ縺悶¢繧?′縺」縺ヲ!!!!!!!≫


『うるッさいわね。せっかく良いトコだったっての……にッ!!』


「『うぉぉぉ!!?』」


≪―――逞帙>繧「繧「繧「繧「!!!!????≫




 石畳の道路を盛大に砕き散らす巨大な拳を、危なげなく『ひらり』と躱し……目映い黄金の羽毛を持った大きな鶏(?)が、カウンターとばかりに跳び蹴りを叩き込む。


 たかが鶏の蹴りと侮るなかれ。陽光のような眩い魔力を纏った前蹴りは、地に突き下ろされた巨人の肘にピンポイントで着弾。

 うねった根や枝の走る腕表面を盛大に陥没させ、あっさりとへし折ってみせる。


 この手痛い反撃を喰らっては……さすがの『巨人』とて素面では居られなかったのだろう。どこが顔で何が口かも判らぬ頭部から、悲鳴のように耳障りな怪音を轟かせる。




『……ようやく配置に着いたようね。もう大丈夫でしょう』


「えっ? 配置…………あっ!」



 歪な角度に折れ曲がった腕をぶら下げる『巨人』の、その巨体を取り囲むように……おびただしい数のが散らばっているのを、今更ながらに気が付く。

 手に手に弓矢を携えた彼ら彼女らは、隊長と思しき者の号令以下、巨大なわざわいへ向けて一斉に矢を射掛ける。


 おそらく、ただの白木の矢では無いのだろう。

 聳え立つ『巨人』にしてみれば、それこそヒトの髪の毛ほどの存在感しか無い矢であろうが……そんな矮小な刺激とは思えぬほど、あからさまに『巨人』が悶え苦しみ始めているように見える。




『そりゃあ……ね。お母さん直々に加護を籠めた、特性の矢だもんね』


「ふぇぁ!!?」「も……モタマちゃん!?」


『うふふふ。先日ぶりね、若芽わかめちゃん。……と、らにちゃん。……それと、足止めありがとうね、金鶏きんけいちゃん』


『いえ……この程度』



 謙遜する金色の神鶏に対し、労うように柔らかな笑みを見せる神様……鼎恵かなえ百霊もたま世廻尊よぐりのみこと

 古式ゆかしい儀装束に身を包んだ神様が、仰々しい手振りとともに唇を開くと……まるで陽の光を圧し固めたかのような温かさを放つ『陽光のツタ』とでも言うべきものが、戦場と化した合歓木ねむのき公園のあちこちから勢いよく伸び上がる。


 神々しく目映い『陽光のツタ』が、禍々しく赤黒い植生の『巨人』の四肢をガッチリと絡め取り、締め上げ、引きずり倒し……その暴力を無効化する。

 抵抗さえ封じられた『巨人』に対し、引き続き弓矢による制圧射撃が続けられ……見事なまでのワンサイドゲームと化しつつある。




「うっっそ……」「すっっご……」


『うふふふふ。布都ふつのちゃんみたいに『切った張った』は苦手だけど……お母さん、悪い子を捕まえるのは得意なのよ。……なんだけど』


百霊モタマ様、やはりこれでは削りきれません。体組織の再生が予想以上です』


『あらあらぁ……やっぱりねぇ』



 金鶏きんけいさんの言葉に我に返り、おれも【魔力探知】を発動。

 するとやはり、体表面の損傷地点に膨大な魔力が流れていっており……雨のような矢による攻撃でも、有効打となるには至っていないようだ。


 ならばやはり、おれとラニも戦線に加わり……金鶏きんけいさんとともに、一気に畳み掛けるべきなのだろう。



 あの『巨人』を、跡形もなく……破壊し尽くすべきなのだろう。





『うふふ。……よ、若芽わかめちゃん』


「えっ? も、もたま……さま、っ!?」



 わざわいたる『巨人』を滅する覚悟を――あの『巨人』の【魔力核】と成り果てたすてらちゃんごと、跡形もなく消し去る覚悟を――唇を噛み締めながらも決めようとしていた、おれに。


 心地よい体温と、柔らかさと、おひさまのような香りが……背後からやさしく覆い被さる。




『……お母さんね、悪い子を正座させるのは、得意なの。どんな暴れん坊でも、怒りん坊でも……お母さんの前だと、こうして大人しくなっちゃうのよ』


「…………えっ、と?」


『うふふ。……だから、ね。一時間だろうと、半日だろうと。三日でも七日でも、もっともーっと長くても。お母さん、堪えて見せるから、ね。……心配は要らないから…………?』


「……っ!?」




 この国に、世界に対し解き放たれようとしている、危険きわまりないわざわいに対して……おれが何を思い、どうしたいと考えていたのか。

 そのことを……声や態度になど出していなかった筈のを、明言こそせずとも当ててみせ……『大丈夫だから』『手伝うから』『やってみなさい』と、優しく後押ししてくれた。


 この、本来ならば最優先で『巨人』を消し去ることが『正しい』のであろう土壇場において、決して『正しくない』選択肢を望んでしまっていたおれのことを……『それでいい』のだと、赦してくれた。




『かわいい娘の『わがまま』だもの。……聞いてあげなきゃ、『神様おかあさん』じゃないわよねぇ』


「…………ッ、もた、ま、さま……」


「モタマちゃん……! 最高! 抱いて!」


『いいわよ。……ちゃあんと無事に帰ってきたら、ね』


「おほー!?」


「……ありがとう、ございますッ!」




 そう……わがまま。

 これはおれの、完全なわがまま……自己満足に過ぎない。


 だがそれでも、諦めたくはないのだ。

 諦めたくないし……応援、してもらったのだ。




「覚悟は良い? ラニ。……失敗すれば、アイツのう◯ちになるだけだよ」


「ジョートーだよ。成功させりゃ良いだけだろ、ノワ」


「……本当に心強いなぁ。期待してるぜ、相棒」


「任せとけよ。ソッチこそ頼むぜ? 相棒」



 おれたちの活動は。

 すてらちゃんの世界は。



 こんなところで、終わらせない。


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