第453話 【説得作戦】失敗



お願い、やらかさないで木乃若芽ちゃん!


あんたがやらかしちゃったら、霧衣きりえちゃんとの約束はどうなっちゃうの!?


チャンスはまだ残ってる……この説得に成功すれば、すてらちゃんから『魔王』の情報を得られるんだから!!




――――――――――――――――――――




 ……結局、どう話を切り出せばいいのか、うまく考えが纏まらないまま夜が明けて。


 現在のおれはというと、未だ心の準備が整いきっていない心境で……囘珠宮まわたまのみやの応接室にて、お茶をいただきながら出番のときを待っていた。




「まったく…………気負いし過ぎるんじゃ無いわよ。少しは肩の力抜きなさい?」


「………………すみません」


「仮に貴女あなたが、あの子の説得に失敗したとしても……誰も貴女あなたのことを責めたりしないし、責任を感じる必要なんて無い。私達は、百霊モタマ様は、この囘珠マワタマは、絶対に貴女あなたを見捨てない。……安心なさい」


「…………ありがとう、ございます。……金鶏きんけいさん」


「お姉ちゃんって呼んで」


「…………金鶏きんけい、おねえちゃん」


「っし!!(ガッツポーズ)」




 春日井室長はじめ対策室の方々は、昨日夜遅くに東京入りしたとのこと。

 昨日は昨日で愛智県警での会議や業務があったらしく、忙しいスケジュールをなんとかやりくりして東京まで出てきてくれたとのこと。……尚のこと、失敗したくない。


 現在は一足早く結界座敷牢にて、厳戒態勢のもと事情聴取が始まっているらしいのだが……やはりというか、なかなか難航している様子。

 やらかした事態こと事態ことなだけに、深く厳しく突っ込まなければならないのだろうけど……しかしそうはいっても、超常の力を振るう使徒とはいっても、容疑者は未だ幼さ残る少女なのだ。


 よく刑事ドラマとかでやっているような、成人男性に対して行っているような……大声や怒鳴り声を上げたりスゴんだりといったことは、さすがに出来ないようだ。

 やはりこれは……おれの出番が来ちゃうかたちなのだろうな。







「……失礼します」



 扉を開けてくれた屈強な男性警官に会釈をし、立ち入ったその部屋。単身者用のワンルーム物件のようなつくりでありながら、ぶっとい木組みの格子で内外を隔てられた一室。

 重苦しい空気が立ち込めているだけではなく……ある一点を境に、明らかに身体が重くなったのを感じる。肩の上で姿を消していたはずの妖精ラニも『ぱちん』と軽い静電気のような音を立てて姿を表し、また浮き上がることさえできなくなったようで、おれの肩に座って襟にしがみついている。


 もはや……おれたちの姿を偽るものは、何一つとして存在しない。

 おれたちの正体を一切隠すことができないまま……おれたちは道を違えてしまった『同類』の前へ、その姿を晒す。





 おれに向けられた感情は、順に『疑問』、『困惑』、そして……思わずといった様相で立ち上がりながらの、『驚愕』。


 やはり……いつものおれの『感情』察知は、半ば無意識に【感情感知】の類の補正を掛けていたということなのだろう。エルフならではの種族特性パッシブスキルというのも無くはないのだろうが、少なからず魔法で補正がなされていたらしい。

 いつもよりかは、どこか霞掛かったかのような『感情』の気配だったが……少なくとも今は、表情から感情を推し量るのは難しくない。



 『警察の事情聴取に変なヤツが現れた』という疑問に始まり。

 『この変なヤツ、どっかで見た気がする』という困惑を経て。

 そして……『何故、どうしてこんな所に『木乃若芽』が』という、驚愕へ。



 そこから暫くの間は、表情に大きな変化は見られなかった。


 あまりにも予想だにしていなかった事態に、思考が追い付いていなかったのか。



 あるいは……とうにに辿り着いてしまったけれども、その現実を受け入れたくなかったのか。




「……『魔王』メイルスの……【愛欲リヴィディネム】の使徒で、間違いありませんね?」


「……………………」


「…………あの……」


「……なる、ほど……ね。…………だったの」


「っ、…………こうして、お会いするのは……初めてですね。…………わたしは……特定獣害対策室、実働部第零機動隊隊長の……」


「きの、わかめ…………ちゃん。…………ははっ。そっかぁ…………かぁ」




 大きく目を見開いて立ち竦んでいた姿勢から、力なくベッドへとへたり込み……乾いた笑いを浮かべながら天を仰ぐ。

 その全身・その口調から感じられるのは……決して小さくない、『落胆』の感情。


 もう、後戻りは出来ない。

 ここから先は、二つにひとつだ。


 この【魔王の使徒】を懐柔し、味方に引き入れるか。

 それとも……完全に袂を分かち、お互い永遠に顔を会わせることさえなくなるか。




「まず…………わたしたちは、あの『魔王』メイルスの手からこの世界を守るために行動しています。もしわたしたちに協力し、この世界を守るために力を貸してくれるのなら……決して、悪いようにはしません」


「脅迫のつもり? ……もしあたしが『そんなのゴメンだ』って言ったら? リスク回避にあたしを殺す?」


「…………そのときは…………恐らく、その異能を封じさせて頂くことになるかと。あなたの異能は危険なので……さすがに、命を取ることはしませんが……」



 彼女の所有する、称号にして権能……それは人間ヒトの持つ三大欲求のひとつ、【愛欲】の名を冠するもの。

 これまでに垣間見た限りでも、物体・非物体を問わず意のままに随える途方もない力を持ち……その上その異能は単独での潜入や破壊工作さえ行ってしまえることを、今回の件で立証してしまった。


 そして……極めつけは。彼女の持つ【愛欲】の、本領とも言えるものは。

 物体・非物体だけに限らず……知性持つ生命すらも、意のままに従えてしまうものであろう。


 人の『声』が、良くも悪くも国政に影響を与えるこの国において。

 彼女の異能を放置し、やりたい放題にさせることは……直接的な破壊以上に、危険なものなのだ。




「殺すことしない、ってことね。お優しいったらありゃしない。…………一生あたしを……この牢の中に、一人寂しく閉じ込める。つまりは、そういうことなんでしょう」


「…………あなたの外出が叶うよう、わたしたちも善処を」


「冗談じゃないわ。動物園のパンダじゃあるまいし、餌だけ貰って飼われるだけなんて…………孤独な余生なんて、死んでもお断りよ」


「では……力を貸して欲しいんです。『魔王』メイルスの侵略から、この世界を守るために。……多くの人々の命を、守るために」




 異能さえ封じてしまえば、ただの美少女である。

 少しどころじゃなくかもしれないけど……こちらとて、世界の命運が掛かっているのだ。

 たとえ卑怯者の謗りを受けようとも、彼女を引き入れなければならない。


 こうして、一生の不自由と天秤に掛けられてしまえば……いきなり要求を呑むまではいかずとも、妥協点を探すためにも、こちらの話を聞かざるを得ないだろう。





「直接『魔王』と戦え、とは言いません。……ただ、教えてほしい……情報がほしいんです。この世界の侵略者である『魔王』が、いったい何を企てているのか」


「……………………………………だ」


「えっ……?」







 …………もし。

 もし、おれがあのとき……強引にでも彼女を組み伏せていたら。


 そこまでいかずとも、手錠か何かで身体の自由を奪っておけば。


 二者択一を迫ったつもりで、実質的な勝利を確信したりしていなければ。


 そもそも、この座敷牢に運び入れた時点で気を抜かず……『性的えっちな容姿だから』と気後れせず、しっかりと彼女のボディチェックを行っておけば。




 あんな痛々しく、禍々しい光景を……目にする必要もなかっただろうに。






「――――!! あたしを…………を見棄てて! 否定して! 踏みにじって! 『生きる価値が無い』ッて見限ったアイツらとこの国なんかのために!! 誰がこの身を捧げるもんか!!」


「っ!? ちょ……待って、落ち着い」


「こんな国に……こんなクソみてェな世界に、はなんの未練もありゃしねェ!! 世界がなら万々歳、異世界のってんなら……もっと痛快に決まってんだろ!!」


「――――――――ッッ!!!」


「ノワ止めて! は!!!」




 憤怒の形相もあらわに、幼げな身体で跳ねるように立ち上がった【愛欲】の使徒。


 彼女の手に握られていたのは……髪留ゴムの装飾に隠されていたのは、おれが絶対に見間違えるはずの無いもの。



 ……『』。




「待てステラちゃん落ち着け! 早まるな!! をすれば……!!」


「この国を壊せないまでも、引っ掻き傷くらいは残せんだろ!? 上等ジョートーだ!!」




 人間ニンゲンに根を張り、この世ならざる異能を貸し与える代わりに理性を融かし、破壊と絶望をばら蒔く【魔物マモノ】へと変貌させる



 それを。


 手にした……それを。




「我が身を喰らえ! 【コントラクト・スプラウト】!!」




 …………彼女は、呑み込んだ。






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