第439話 【納涼作戦】波乱の気配



「……これにて……温度は如何いかがに御座いましょう、御館様」


「大丈夫だと思うんですけど……どう? 朽羅くちらちゃん」


「んゥー…………ま、まぁ、小生も我儘ワガママ盛りな稚児ちごでは御座いませぬゆえ、此の度は此の程度で溜飲を下げて遣っても」


「「「(ギロッ)」」」


「んヒィッ!? た、た、た、戯れに! ほんの戯れの可愛らしい冗句じょーくに御座いまする!! 天狗衆の皆様の御活躍はこの朽羅クチラ、しかと心に刻みまして居りまするゆえ!!」


「すげーな朽羅くちらちゃんの心。入れ替え自在な上に刻みまくっても大丈夫なタフネスなのかよ」


「えへっ、んへっ……えへへぇー…………」




 旧スク姿の烏天狗三人娘と、ウェットスーツのようなぴっちり全身スーツ(と天狗の半面)姿の天繰てぐりさん……彼女たちによる『ちょっとカメラには映せない手段』によって、現在プールの水温はあからさまに温められている。

 沢から冷たい水を引き込んでいる取水口、ならびに沢へと水を戻す排水口に木板を落とし、水の流れを止める。これでプールの水温低下に歯止めを掛けられることだろう。


 冷たい水にギャン泣きしていた朽羅くちらちゃんと、口には出さなかったがちょっと苦手そうにしていたなつめちゃんも、これならば大丈夫だと思いたい。

 ちなみに霧衣きりえおねえちゃんはやはりというか、なつめちゃんのフォローをしながらも満面の笑みでばしゃぱしゃと堪能していた。

 やっぱりわんこは泳ぎが好きなのだろうか。かわいいが。




 というわけで、たぶん仙術とか呪術とか風水術とかそれ系の魔法的なものにより、水を『ぬるま湯』程度まで温めてくれた烏天狗三人娘。

 おれのお願いを叶えてくれた彼女たちは天繰てぐりさんの号令が下るや否や……三人がそれぞれ思い思いに、渓流プールとその周りで遊び始めた。


 ……うん、びっくりした。烏天狗のお嬢様がた、普通に岩ゴツゴツの沢のほうでパシャパシャしはじめたわ。

 可愛らしくも無駄の無い引き締まった身体を稀少な旧スクに包んだ……魅力的きわまりない姿のままで。




(撮れ高ァーーーー!!!)


(うわカメラ飛んできたよ怖)


「ほあ!? ……あ、なるほど。シラタニ様の妖術にございますか?」


「…………撮ってる? ……たのしい? 手前らなんか……奥方様のような華もないし」


「……手前らも『御庭部』の一員に御座いますゆえ。御下命と在らば」


「あ、そういうの気にしないで。みんなが遊んでる様子を見せてもらうだけで良いんで! いや本当気楽にしてもらって。ヤラシイこととかしないから!」


「…………? よく解らぬが……心得た」


「よくわかんないけど……りょーかい。ほらほら求菩提クボテ、お姉様が肩揉んであげよう」


「……胸触ったら胸ぐから」


「あはは求菩提クボテってば。お前べつに揉むほどア゛オ゛ッ!!?」


「しね阿呆姉ぇ」「自業自得だ阿呆」


「よっしゃナイス撮れ高」




 作業以外ではなかなか目にすることの出来なかった『おにわ部』の面々をカメラに収め、ご満悦の様子の撮影担当ラニちゃん。

 本人は『ヤラシイことしない』と豪語していたけど……そのカメラがダイユウさんたちのどこを重点的に狙っているのかは、少なくとも現在は本人以外知るよしもないわけで。


 更に言うと魂の奥底で繋がっているおれには、ラニの感情の一片とはいえ察することが出来てしまうわけで。

 ……うん、見事にピンク色だったわあのスケベ妖精。



「……まぁ、後でいくらでも編集カットできるから……べつにいいんだけどさ」


「ご、ごじゅじんどのぉ! 少々お待ちを! 下穿きが……小生の下穿きがずれてしまいまして御座いまする!!」


「撮れ高ァーーーー!!!」


「はいブブーー! 健全警察です!! 逮捕!! 不健全は逮捕します!!」


「アア!?」


「はぁー……平和っすねぇー……」




 グラビア撮影の刑から解放された初芽ちゃんモリアキが、しみじみと呟きを漏らす中。

 『おにわ部』も加えて総勢十名の大所帯となったわれわれ『のわめでぃあ』は、木漏れ日の射す涼しげな水辺にて、しばし健全なひとときを堪能したのだった。









――――――――――――――――――――








「…………答えて。……あなたは……すてらと、つくしを……するつもり?」


「おや、珍しいね……『ソフィ』。君から話し掛けて来てくれるとは」


「……はぐらかさない。…………質問に、答えて」




 容赦無く照りつける日射と、それによって熱され周囲に熱を発し続けるアスファルト。

 陽炎さえ生じているのではないかと錯覚されるほど、殺人的な酷暑に苛まれる地表を見下ろす……とある高層タワーマンションの、とある上層部の、とあるフロア。


 几帳面に整理整頓が成された書斎と思しき一室にて……一組の男女が向かい合っていた。



 片や、机とノートパソコンに向かい何やら作業をしていたと思しき、老年に差し掛かろうかという年頃の男。


 もう片や……まだ『少女』と呼ぶのも憚れるほどに幼げな、眠たそうな目付きの――それでいて堂々とした佇まいの――年の頃は十そこらの女の子。




「…………『泉』は……順調に、動いてる。『駒』の受動受肉も……もうすぐ、実現。……そうなれば、ボクたち『使徒』は…………もう、用済み?」


「いやいや、まだまだだよ。『ソフィ』はかくとして……『リヴィ』も『アピス』も、極めて強力なだが……」


「…………だが?」




 白髪混じりの後頭部を掻きながら、老年の男性『山本五郎』は……いつも通りの柔和な笑みを浮かべながらも、どこか照れくさそうに言葉を紡ぐ。


 自らの発する言葉が冗談じみているということを、他の誰よりも自覚していながら。




「……強力な手札だが…………それ以上に、得難い存在だ。……爺が孫娘に抱く感情とは、恐らくものなのだろうな」


「……………ふぅん?」


「……不満かな? ……まぁ、柄にも無いことを言っている自覚はあるのだが」


「…………いいよ、べつに。…………すてらとつくしも、働かせてあげて。……二人とも、だいぶ……フラストレーション、たまってる」


「お……おぉ、そうか…………あまり扱使こきつかうのは、良くないかと思ったのだが」


「ちがう、逆。…………特に、すてらは……と、思ってるから。……頼られてないって、不安」


「……なるほど。…………ならばこのあたりで、ひとつて……野に放ってみるか」


「…………いいんじゃない? のお披露目、でしょ?」


「はは。目敏いね、『ソフィ』は。……そうだね、ある程度は形になっている筈だ。お手並み拝見と行こうか」


「…………ボクは、移動手伝いと……見学。いい?」


「それと、監視だ。あの子らがようにね。……宜しく頼むよ」


「…………ふん」




 不機嫌な相を垣間見せる少女が退室し、書斎には老年の男性のみが残される。


 陽が陰り始めた部屋に残された一人……いや、二人。

 困ったような表情の老人『山本五郎』の内側から、『魔王』メイルスの声が響く。



『…………勘付かれたか?』


「……どうかな。鎌を掛けただけという可能性もあるが……」


『あの二人と違い……何を考えているのか解らんな、『ソフィ』は』


「ははは。……彼女には、我々が見えていることだろうね」




 茜色に染まる室内に、長く黒く伸びる影。徐々に存在感を増していくが自らの様相を暗喩しているようで、山本五郎は独りひっそりと溜息を溢す。


 企てている悪巧みの一幕、悪辣極まりない所業を思い起こし、思考が落ち込みそうにもなるが……しかしそれでも、立ち止まることは出来ない。

 身体を共有する内なる『魔王』が、そんな甘えを許しはしない。



 今さら契約を反故にするなど、許されない。

 既に引き返すことも、その場で足踏みすることも出来ぬまでに、この世界の『常識』は崩れてきているのだ。


 ……そうとも。我が身に求められる立場とは、ただの将棋指しに他ならない。

 死地に送るたかが駒に、いちいち憐憫の感情など抱いていては……大局を見据える指揮官など到底務まりはしない。



 そもそも『駒』に……『道具』に向ける愛情など、不要。

 命令指示を円滑に行うために、反抗心を抱かせぬために、わざわざ『優しい父親』を演じてやっているに過ぎない。





 ……当たり前だ。


 なんといっても、あの子たちは。



 自分同様『この世界から見放された』者を手ずから拾い集め、強い『欲望』に基づく力を与え、欲望を満たすことで魔力を蓄える能力を授けた『三使徒』とは。




 いずれが訪れた際、『魔王』の居た世界へと繋ぐ【門】を開くための……ただの魔力供給源に過ぎないのだから。





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