第428話 【神前会談】野兎神使の秘密



 どうやら、朽羅くちらちゃんが嵌めているこの首輪……まぁ深く考えるまでもなく、なつめちゃんが着けているものと同じ由来を持つものだ。


 主神と繋いだ縁を絶やさずに、神力を伝達する経路パスを維持したまま神使を神域結界の外で活動させるため、今年の始め頃にラニたちが造り上げた魔法道具。

 こちらのなつめちゃんでその効果を確認し、また彼女を迎え入れた際に囘珠まわたまさんへと寄贈したものか……もしくは、その複製品か。

 セイセツさん率いる鶴城つるぎの技研棟には『上司神様が必要だと判断したら勝手に増産しちゃっていいよ』と権利を丸投げしてあるので、幾つか追加生産されてたとしても不思議ではない。



 ともあれ、この首輪。これでヨミさまからの神力供給を受け続けることで……


 この子はこうして、神域の外で好き勝手に振る舞うことが出来て(しまって)いるのだろう。



 そりゃあもう……好き勝手に。





「お……お客人! お客人!! 小生にもう一つ『さくさく』を! 後生に御座いまする! 後生に御座いまする! 小生これまで、斯様に見目麗しく立振舞いもまたらうたく皆に愛される兎生じんせいを歩んで居りましたが……しかしそれでも、斯様に美味なる『さくさく』を賜ったことなど此まで御座いませぬゆえ!」


「あーハッシュポテト気に入った? よかったね朽羅くちらちゃん。でもねもうお店ずっと後ろだからね、今からまた買いに行ってると神様待たせちゃうからね、だから我慢しようねわかったね」


「おやおやお客人、これはこれは……まぁまぁ随分とまた可笑しな事を仰有られます。ふふふ、ご案じめされますなお客人。此わざわざ足労を給わらずとも、げに神々しき黄金色たる『さくさく』はお客人の掌の内にて御座いますれば! ……ささ、ご遠慮めされるな、後は其なる『さくさく』をこの小生朽羅クチラへと、どうぞ遠慮なさらずお譲り下さいませ」


「ラニさんナツさん。ヤってしまいなさい」


「えっ? あっ!? ちょ、っ!!? な、なりませぬ!! なりませぬ!! ほんの戯れに! ほんの戯れに御座いまあっ! だ、だめっ……お、お止めくださいませ、どうか!! あっ!? そ、そこは! さすがにそこは小生といえど、ッ! ッきゃんっ! あっ、あっ、お、お慈悲を、あっ、だ、だめっ! そこだめッやぁっ!? ふゃっ! お、お止め、やぇ、ッ……きゃぃッ!? ふゃあぁあーッ!!」


「ラニさんナツさん。もういいでしょう」


「ッ、…………ッ、はーっ、……はーっ」


「いや、あの、先輩……朝っぱらから何してくれてんすか……」




 まったく。おれがちょーっと気を利かせて、赤色Mマークの『朝パック』をごちそうしてあげたら……すーぐコレだ。

 性懲りもなく調子に乗ってしまったクソガキウサギちゃんには、ちょっと立場ってモンを理解わからせてあげなきゃならないわけで。


 というわけで、おれの指示に従い朽羅くちらちゃんを理解わからせに入ったのは……われらが可愛い執行人ふたり。

 【義肢プロティーサ】で朽羅くちらちゃんを組み敷いて舌なめずりしてるラニちゃんと、生意気な言動に対し単純に青筋浮かべながら敏感なところをくすぐり倒していたなつめちゃん。

 二人は巫女装束に包まれた小柄な身体を問答無用で後部シートへと押し倒し、無慈悲な私刑を執行する。


 生意気な言動が尽きないイタズラウサギの朽羅くちらちゃんだったが……二人の執拗なによって、とっても素直でいい子になってくれたみたい。

 その小さな体を紅潮させ、とろんと宙を見つめるその大きな瞳には……それはそれは濃い『歓喜』あるいは『恍惚』の感情が、疑いようもなくバッチリと顔を覗かせている。

 ……うん、やっぱりこの子はなんだな。





「ホントにもう……いきなり車内でドスケベおっ始めないで下さいよ。オレ事故ったらどうするんすか」


保険会社ほふぇんはいは警察めーはふ電話むぇんまだなまま


「食べながら喋んないの! お行儀悪いでしょう!! ……あとそういうこと聞いてんじゃないんすよ!! わかるでしょ!?」


「(ずぞぞぞぞぞぞ)」


「アッ、話聞く気ない! チクショウこのドスケベ寸胴エルフめ……」


「(つーーん)」




 ここ神々見かがみ市は全国有数の観光名所を擁しているとはいえ……観光客の方々が押し寄せるには、まだちょっと早い時間なのだろう。

 車通りも人通りも少し控えめの神々見かがみ市内を、モリアキの運転するハイベース号は順調に進んでいく。


 後部キャビンでは……ベンチシートに座るウサギちゃんがなにやら緋袴の内腿をもぞもぞ擦り合わせ始めた以外は、特に特筆すべき問題は起こっていなさそうだ。

 二列目シートでそわそわはらはらし始めた霧衣きりえちゃんが固唾を呑んで見守る中……ハイベース号はしばらく走り続け、ついに神々見かがみ神宮の駐車場へと辿り着く。



 駐車マスにキッチリと車を収め、エンジンの音と共に微振動が止まる。

 無事に到着を果たしたことで、あからさまに『ほっ』とした気配を滲ませるそわそわ朽羅くちらちゃんだったが……何を勘違いしてるんだ。まだおれの行動フェーズは終了してないZE




「じゃあ…………思ってたより早く着いたし、ちょっと待機しよっか」


「ぇホォ!? なな、なっ……なんと!? 今なんと申されましたお客人!?」


「だからね、待機。待つの。車で」


「な、なっ、なにッ、……なにゆえ!? 何ゆえ斯様に無為な足踏みをなさると!?」


「だってまだ約束の時間まで三十分くらいあるし。五分とかならまだしも、三十分も早くついたらさすがに迷惑っしょ」


「さん、……ッ!!? な、なりませぬ! なりませぬぞお客人! それはなりませぬ!!」


「なんで? 理由なんて、あるの? 朽羅くちらちゃん?」


「え゛ぉュ゛うぅうゥゥ……!!」




 まあ、おれは全てお見通しなわけだけど。

 そしておれは、そこまで鬼じゃないわけなんだけど。


 朽羅くちらちゃんがしおらしく、ちゃーんと正直に理由を説明して、その上で『お願い』できるなら……なんなら、車内トイレを使わせてあげてもいい。



 だが、あくまでシラを切るつもりなら。傲慢で自分勝手で生意気な態度を取り続けるというのなら。

 彼女の弱いところをバッチリ見抜いたなつめちゃんが……朝パックのミルクの仇を取ろうと、敏感なところを重点的にに行くかもしれないが。




「まぁ……ちゃーんとした理由があるなら、行動予定を変えるのもアリだろうけど……なにか理由あるの? 朽羅くちらちゃん。ヨミさまの遣いだからって威張り散らした上、自分用の朝パックだけじゃ飽きたらずなつめちゃんのミルクぶんどって更におれのハッシュポテトまで手を付けようとした、朽羅くちらちゃん?」


「ふぐゥゥゥゥゥ…………!!!」


「ちなみに車内で漏らしたらそのまま即アラマツリさんの前に飛ばすから」


「んヒュ、っ」











 ポリカーボネートの折戸の向こうから、なにやら勢いのよい水音が響いてくる。

 運転席のモリアキには聞こえたかどうかわからないが……助手席のおれのエルフイヤーには、少なくともバッチリ届いていた。

 どうやら……相当溜まっていたらしい。



 彼女が密かに慕っているであろう人物の名前を出してやったことで、幸いなことに最後の一線を越えずに済んだ朽羅くちらちゃん。

 性格は色々とアレだけど……本人も誇っているように、その容姿そのものは正直とても可愛らしい。


 そんな子が、清廉さが形となったかのような巫女装束で、顔を真っ赤に染めてプルプル震えながら泣きそうな声で許しを乞いながら『おねだり』してくるのだ。

 ちゃんと言うべきことも言えたし、おれもオイシイ思いをすることが出来たし……おれは恩着せがましくおトイレを使わせてあげることにした。

 いやぁ、いいもん見たわ。ごちそうさまってやつだな。




「ですから、先輩。あの……ちょっとばかし『やり過ぎ』では……?」


「大丈夫なんだなそれが。このへんもバッチリ折り込み済なわけよ」


「…………と、いいますと?」


「昨晩ヨミさまにお会いしたときにね……『明朝朽羅くちらちゃんを迎えに寄越すけど、もし調子に乗るようなら遠慮無く折檻してやれ。本人も喜ぶだろう』って」


「…………えぇ……………それはまた……性癖っすね」


「アレな、真っ赤になって泣きそうな顔で震えてるやつな。……あの感情『歓喜』なんだわ」


「……てっきり虐められ過ぎて泣く寸前なのかなと」


「まぁ実際泣く寸前だわな。……歓喜に打ち震えて、だけど」



 やがて……おトイレの処理装置が全てを終わらせた音を背に、朽羅くちらちゃんが再びキャビンへと戻ってくる。

 その表情はなんというか、安堵とか恍惚とかいろいろと入り混じった、簡単に表すと『うっとり』とした表情なのだが……


 おれにはこれが、単純に『間に合った』ことによるものだけということが、まるっとお見通しなのだった。




 どうやらこの子……なにがとは言わないけど、することにも悦びを見出だせる子のようですね。いや『なにを』とは申しませんが。


 いやはや……末恐ろしい子。





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※のわめでぃあは健全です


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