第423話 【深夜訪問】手のひらクルー



「えー…………っと? その、つまり……」


「クチラちゃんを……ノワに預けようと? クチラちゃん本人がノワのことを気に入るように、あえて襲撃に巻き込ませ、そしてノワに守らせた、ってこと?」


「だいたい合ってるね。まぁ『襲撃』とやらはどのみち避けられそうに無かったし? どうせ対処しなきゃならないなら、わしの計画に利用してしまおうっていう、ね。……実際のとこ、どう? かなり懐いてたみたいだし。もうを……瞳を見せて喋ってくれるようになったんじゃない?」


「ぅえ? ?」


「うん、。……あの子は警戒心が強いからね、認めない相手には……ほら、糸目っていうの? 臥見フシミの狐どもみたいな感じ悪ぅい目つき」


「あぁー……」




 詰所に到着して早々、朽羅くちらちゃんはアラマツリさんに首根っこ掴まれ連行されてったので、この場にはいない。

 現在例のひときわ格式高い『ヨミさまのお部屋』に通されたのは、おれとラニとなつめちゃんの三人だけだったのだが……ここで全くもって予想外の出来事が待ち受けていた。



 数時間ぶりに再びお会いしたヨミさま――真澄まそ夜泉よみ常世視とこよみのみこと――そのひと

 彼女は、先刻の無愛想っぷりは何だったんだろうかと言いたくなるほどに……にこにこと上機嫌そうなで出迎えてくれたのだ。


 そのあまりにも見事な変わりっぷりに、おれもラニもなつめちゃんも揃っておくちあんぐり硬直していたわけなのだが……だってしょうがないじゃない、意味がわかんないんだもの。




「わしはこれでも『八洲ヤシマ』の……『鏡の神器』の持ち主だし? 他神たにんの神域ならまだしも、日本のあちこちにを光らせることは……まぁ、それなりに容易いわけ」


「あぁ、鶴城ツルギの神が言っておったな。覗きが趣味の神が居ると」


布都フツノには後で嫌がらせするとして……まぁ、あながち見当違いとは言い難いし? …………でもね、囘珠まわたまの猫ちゃん……口は災いの元、って言うからね?」


「にュうッ!? わ、わ、わ、わかった! こころえた! ころろえ申した!」


((うわヨミさま目ェ怖っ!!))



 こうして、ちゃーんとお話してくれるようになったヨミさまは……なるほどフツノさまが難色を示されていたように、少々難しい性根のお方のようだ。

 あとなんていうか……怒ると目がこわい。


 おかっぱに揃えた艶々の黒髪と、おそらくモリアキ的にストライクゾーンな感じの身体つきのヨミさま。

 不真面目そうに寝っ転がっていた先程とは異なり、ちゃーんと上体を起こした着座姿勢で話を聞かせてくれているのだが……なにせお召し物のですね、何がとは言わないけど防御力がですね、とても緩やかと申しましょうか。

 なにがとは申しませんが……とてもきれいな形をしております。モタマさまよりは控えめだろうか。



 そんな感じの、ユルい雰囲気の神様かと思えば……自分が立てた計画――今回でいえば、朽羅くちらちゃんのおれに対する好感度を上げる(?)作戦――のために、周囲を平然と巻き込み欺いてみせる。


 神様は基本的に自分本意で、良くも悪くも自分勝手な存在(※ただしモタマさまは除く)だと解ってはいたけど……ヨミさまの振舞いは、ともするとフツノさま以上に気ままなのかもしれない。




「さて、それで? わしの狙いは察してくれたと思ってるんだけど?」


「……朽羅くちらちゃんを、おれに預けて……おれたちの動きを、ヨミさまがすぐに確認できるように?」


「ほう……そのこころは?」


「…………朽羅くちらちゃんの……固有、なのかは解んないけど……あの子は身内が何らかの術を行使するときの、目印になるような性質がある。さっきの【隔世カクリヨ】も、実際に術を使ったのは……ヨミさまか、アラマツリさんか。そこはわかんないけど、要するに朽羅くちらちゃんを現地に行かせれば、この神域に居ながらでも……遠隔地にでも、ピンポイントで術が使える」


「……ふぅん…………それで?」


「えっと……たぶん、モタマさまに預けた神力遠隔伝達の『首輪』かその複製品を、朽羅くちらちゃんは装備してる。……そうしてヨミさまは……同じように朽羅くちらちゃんを目印にして、おれたちの近くを『遠見の術』かなにかで…………監視、しようとしてる」


「いいね。そこまで読めたなら……話は早い」




 ただヨミさまが命令を下しただけでは、おそらく朽羅くちらちゃんは納得しなかっただろう。

 もちろん立場上は従うしかないし、本人の意に反しておれのもとへと送られることになっただろうけど……しかしそれでは、色々と宜しくない。


 慕っていたアラマツリさんから引き離されては、朽羅くちらちゃんは監視役としての役割を全うできない……いや、しないだろう。

 アラマツリさんに折檻平然と命令に背くことも考えられるし……『首輪』によって領域外の単独行動ができるようになってしまったばっかりに、職務を放棄して勝手に神々見かがみへ帰ってきてしまう恐れもある。


 叱れど、怒鳴れど、それらは彼女をよろこばせるだけ。

 そんな非常に御し難い朽羅くちらちゃんを、おれの傍に配置するためには……おれに対して興味を、可能であれば好意を抱かせるしかない。

 ……そういうことらしい。




「今頃……別室で荒祭アラマツリが『説得』に入ってるはず。……あれはわしに忠実だが、頑固で融通が効かんところもあるし。実際今回もめっちゃ逆らわれてイラっとしたけど……面倒だったけど、ちゃーんと目的を説明したし」


「ぇえぇ……ていうかむしろ、アラマツリさんにも目的話してなかったんですか……」


「…………え? っていうかそもそも、丁寧に説明する必要なんてないし。皆みたいに黙ってわしの言うこと聞いてればいいんだし。……だのに、あれは『なぜですか』とか『何を考えてますか』とか、根掘り葉掘りうるさかったし」


「うぅーん…………いやヨミちゃん、最初っから目的共有しとけば良かったと思うよ……」


「………………え、だって……わし神ぞ? わしの意見に逆らうとかありえなくない?」


「「ウゥーン」」



 ある意味で神様らしい……ともするとフツノさま以上に高慢なところを垣間見せるヨミさま。


 しかしながら、そんな他者を顧みない神様であっても……この国『日本』を長きにわたり守ってきた、まぎれもない最高神の一片なのであって。



「まぁ……わしの要求を呑んだ以上、身内と考えてやってもいいし。現状『神域』の外で自由に動ける柱は貴重だし、便利に使うためにも恩を売っておいて損はないし」


「えっ? あっ、えっと……どうも?」


「うん。……とりあえず、祭器を作るんでしょ? 使人間を貸そうか。鶴城に送ればいい?」


「祭器……? あ、魔法道具みたいな?」


「人手が増えるのはシンプルに嬉しいね! セイセツさんも喜ぶよ! あのひといい歳だから……」



 今までにお会いした神様以上に、高慢で自分勝手なところはあるけど……やっぱり異世界に侵略されつつあるこの国を心配してくれているというその一点では、力になってくれるということなのだろう。




「喜ばれるなら、悪い気はしないし。……とりあえず、わしが出せる『施し』は荒祭アラマツリに纏めさせるし……また明日、顔出せる?」


「……今度は、追い返されませんよね?」


「身内相手なら、話は別だし。……朽羅クチラに嫁仕度させて待ってるし、楽しみにしておれ」


「よめ……ッ!?」「おほー!!」「ほう?」




 腹の底の窺えない、掴みどころの無い神様ではあったけども……タイミングよく襲撃を仕掛けてきたすてらちゃんの脅威もあって、どうやら協力を取り付けることには成功したらしい。

 神々見かがみ神宮が擁する広大な神域結界と、神使を含む多くの人員……魔力にまつわる現象が頻発していくであろうこの世界を、強引にでも軌道修正するための人手が借り受けられるというのなら、それは非常にありがたい。



 ……まぁ、『嫁』発言は……この際あえて気にしないことにしても。

 とりあえずは明日、改めてお会いするのが楽しみだ。







――――――――――――――――――――






「む!? いかん!!」


「な……何ですか? 今度は何事ですか? 布都フツノ様」


「これはいかん……霧衣きりえめの立場が危ぶまれる予感がしたぞ! 龍影リョウエイ!」


「すみません、何を仰有おっしゃって居られるのか」


「斯くなる上は……房中術に長ける者を霧衣キリエめの師として送り込み既成事実を」


「若芽殿とは女子おなご同士に御座いますが」


「……………………」


「……………………」


「…………ならば、良いのか?」


「さぁ…………そもそも何がでしょう……」


ワレの直感がな、霧衣キリエめの危機を告げて居るのだ。此処ココ霧衣キリエカツを入れるためにだな」


「…………はぁ、左様に御座いますか。……それよりも布都フツノ様、御仕事が滞って居ります故」


「ぐぬぬ」



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