第422話 【夜襲会戦】戦後処理



 さてさて……周囲一帯を水没させるという荒業で、辛くも勝利を収めたおれたち『正義の魔法使い』ご一行。

 こうして思わぬ形で『魔王』の使徒の捕縛に成功したわけなのだが。


 ……率直に言って『どうしよう』というのが、わりと正直な本音だったりする。



 この子を連れて帰るとなると、ハイベース号……ひいては『わかめちゃん』の正体が露見してしまう恐れもある。

 であれば、とりあえず通報してパトカーに迎えに来てもらう形になるのだろうが……かといって彼女を一般のおまわりさんに預けることなど、たぶん出来やしない。


 彼女を捕縛することが出来るのは、恐らくおれたちのような『魔力持ち』だけだろう。

 すてらちゃんの【愛欲リヴィディネム】……周囲のモノに命令を遵守させるそのチカラが、無生物のみで完結するハズがない。


 むしろその、欲求や願望に基づく異能だと考えるのならば……知的生物に対して用いることこそ、【愛欲リヴィディネム】の本領といえるだろう。



 そうなると、おれが四六時中付いている必要が出てくるんだけど……これもつまり、正体が露見する危険が高まるということであって。

 ……いや、ぶっちゃけまだ正体がバレてないことのほうが謎なんだけど。本当にシズちゃんは何を考えてるんだか。




『よんだ?』


「呼んでない呼んでない」



 すてらちゃんはとりあえず、服は風邪を引かないように(もったいないと思いながら)魔法で乾燥させ、これまた魔法で心を落ち着かせて眠らせてある。

 『正義の魔法使い』の敵としておれたちの前に立ちはだかった彼女だけど、なるべく手荒な真似はしたくない。


 なにしろ彼女は……おれわかめちゃんの大切な視聴者さんでもあるのだから。



『眠らせるなら……ボク、手伝うよ』


「大丈夫大丈夫」



 あとは、朽羅くちらちゃんだ。

 呆けたようにおれのことを凝視してるけど……うん、なにがとはいわないけど、きっと身を清めお着替えしたいことだろう。おうちに送ってあげないと。


 この子がこの場にいてくれて【隔世カクリヨ】の奏上に協力してくれたということは……それすなわち神々見かがみ神宮と、そしてヨミさまの采配にほかならないだろう。

 つまりは……味方。さっきはにべもなく断られてしまったが、お礼がてらもう一度お話させて貰いたいところだ。


 というわけで、この後の行動は決まった。すてらちゃんを連れて、まずはヨミさまのところへ向かおう。

 幸いなことに、おれの人手は二人分だ。片棒がすてらちゃん、もう片方が朽羅くちらちゃん&なつめちゃんを抱えれば、神々見かがみ神宮までひとっとびだ。



『すてらは……ボクが連れてく。まかせて』


「アッ、やっぱそうなっちゃいます?」




 うーーーーん……まぁ、このあたりが限界だろうな。ええもちろん、さすがに最初から気付いてはいましたとも。


 観念したおれが、諦めと共にゆっくりと振り向くと……するとそこに佇んでいたのは、闇色のロングドレスを身に纏った美少女…………の、幻体。



 騎士おれを消却していなくてよかった。彼女の異能に防御魔法が通用するかは解らないが、時間稼ぎくらいは出来るだろう。

 逆にいうと、およそこの世界最高峰の防御力をもってしても……ほんの数秒の時間稼ぎにしかならない。

 それが彼女、【睡眠欲ソルムヌフィス】の使徒なのだ。




『警戒……いらない。……ボクは、今日は……、だけ』


「なんかもう……なんでもありですね、シズちゃんは」


『キミほどじゃ……ない。……ボクのこれは、ただの意識体。触れること……出来ない』


「でもチカラは使えるんでしょう」


『うん。ばっちり』



 すてらちゃんやつくしちゃんもなかなかに強力で脅威的なのだが……シズちゃんの異能は汎用性が半端無い。


 いつぞやおれを白昼夢に誘い、強引に『評価試験』に巻き込んだように。

 『魔法使い』と相対し形勢不利に陥った姉妹の撤退を、空間魔法で支援したように。

 警察署に単身襲撃を仕掛け『葉』をばら蒔いた上に、おまわりさん数人を昏睡状態に陥らせたように。


 そして……すてらちゃんを連れ帰ろうと、見るからに実体幽霊のような半透明の姿で、こうしてこの場に現れたように。




『……提案。あるんだけど……きく?』


「それおれらに選択肢無いやつですよね?」


『うん。……かしこいね』


「叡知のエルフですから」


『じゃあ、いいね。……ボクは、すてらを連れて帰る。……その代わりに』


「おれたちに、この場は手を引けって……退、ってこと?」


『うん。かしこい子は……好き。…………だから、


「…………んう?」




 すやすやと寝息を立てるすてらちゃんが、まるで地の底に引きずり込まれるように姿を消し。

 ふわふわと宙に浮かぶ、幽霊のように儚げな佇まいのシズちゃん……魔王の第一の使徒は。




『その『龍』ね。心臓……の、あったとこ』


「え? 心臓……?」


『うん。……いいもの、あるから。倒した場所……探してみて』


「いいもの、って……あの、ちょっ!?」




 おれたちの認識を混乱させる、とんでもない置き土産を残し。

 彼女の大切な『妹』ともども……跡形もなく姿を消した。







…………………………………………








「ほわぁぁぁぁ……『魔の法』とはまっこと器用なものにございまするな。跡形もなく消え失せておりますれば、小生感無量にございまする」


「綺麗に消えてよかったね、朽羅くちらちゃんのお


「否、否! この朽羅クチラ既に童女わらはめの齢には御座いませぬゆえ、小生に限って斯様かようなはしたない粗相の事実は御座いませぬ! ほんの少し……えぇ、ほんの少し! 小生の……そう! 汗がほんの少し滲んでしまったに過ぎませぬ! 然るにお客人に於いては斯様な悪意ある噂の流布は慎んで頂きたく」


「おっけーアラマツリさんにチクるわ」


「ンンンッ!! なりませぬ! なりませぬ! ……ぐ、ぅ…………ええ確かに、確かに小生……その…………かっ、覚悟が! 覚悟が少々盛れ出てしまった事実は、確かに御座いまする。それをお客人の『魔の法』にて証拠隠滅頂いた御恩は……確かに、ええ確かに御座いますれば……しかし、その……吹聴は! 吹聴はさすがにご容赦をば! 何卒! 何卒後生にございまする!」


「立ち振舞いってモンをちゃーんと考えような? こちとらいちおう恩人やぞ? オマケに朽羅クチラちゃんの恥ずかしい事実いっぱい握ってんだかんな?」


「あっ、あっ、あっ……っ、んはぁ……っ! もちろんっ、勿論心得ておりまする!」


「ははーんなるほどな。なんとなくわかってきたぞ、この子」




 松逆まつざか市の山中にて、なんとか無事に『特別警報』の対処を終えたおれたち。

 現在はこうして……優位に立とうとしたものの即座に自尊心をへし折られた朽羅くちらちゃんを伴いつつ、真夜中の神々見かがみ神宮へと場所を移していた。


 たくさんお世話になった騎士おれにはお帰りいただき、現在おれは右肩にラニちゃんを座らせ、背中になつめちゃんをおんぶしている状態だ。

 上目遣いで『抱っこ』をせがまれたときには死ぬかと思ったが……どうやら『おんぶ』でも許してくれるらしい。なつめちゃんやさしい。すきだが。


 こうして一塊となって歩を進めるおれたちの前では……朽羅くちらちゃんが上機嫌にぴょこぴょこ跳ねながら、時折振り返っては独特な言い回しで言葉の洪水をワッと浴びせてきている。

 なんでも朽羅くちらちゃん、彼女にこの任を任せたお方(恐らくアラマツリさんかヨミさま)から『事態が終息したら協力者を神域までお連れするように』との言を預かっていたようで……まぁ恐らく、そこで事の顛末を説明して頂けるということなのだろう。



 『特別警報』の発令された現場に、本来神域から出られないはずの神使の少女が先回りしており……失礼だがお世辞にも優秀とは言い難い彼女が、あの規模・強度の【隔世カクリヨ】結界を展開できていた、そのネタばらしを。




「いやはや、小生最初っから理解わかっておりましたとも! お客人はそんじょそこらの自称・霊能力者などとは異なると! 此度は小生いたく驚かされ、また感銘を受けまして御座いますれば!」


「ねぇおもらし朽羅くちらちゃん。本当にこんな時間にお邪魔しちゃって大丈夫なの? おれヨミさまに嫌われてない……?」


「ンンッ!! ご、御容赦をば! ……ご安心なさりませお客人、先程は小生がお力になれず暗澹たる思いを味わう顛末となり申したが、此度こそは小生が万の言葉を尽くして嘆願に力添え致しまするゆえ! どうかご安心をば!」


「うん、まぁ…………たのむね、朽羅くちらちゃん」


「お任せなさいませ!」




 この……クソガキマゾウサギちゃんのお力添えが、果たしてどこまで通用するのかはわからないが……ヨミさまにしても間近でこんな騒動があったとあれば、少しはお話を聞いてくれる空気になったかもしれない。

 それにも手に入ったので……いざとなったら、こちらをお納めしてご機嫌をとるのもやぶさかではない。この案はラニのお墨付きだ。



(ほんとに……そんなスゴいものなの? これ……)


(恐らくはね。あれくらいのサイズと品質なら……単純な含有魔力量のみで換算すると、いまのノワの一割くらいは賄えそう)


(一割、かぁ…………あんなデッカいのに『吸収したら魔力全快できる』とかじゃないんだね)


(だから! それは! ノワの! 魔力量が! 異常! なの!)


(んへぇー!?)




 シズちゃんの助言(?)に従い、『龍』の死骸(の心臓)があったあたりを探してみたところ……グレープフルーツくらいの大きさの、涼しげな色合いの透き通った石を二つ、見つけることができた。

 おそらくは『龍』一体につき、ひとつ。一体は騎士おれが胸郭に風穴を開けてしまったため、そのときに砕けてしまったのだろうと推測できる。



 ともあれ、その透き通った石。

 それはなんというか……サブカル系に肩まで浸かって『それ系』の小説を愛読しているおれにとっては、非常に馴染みの深いもの。



 魔物の体内で生成される高純度の魔力結晶体、『魔石』と呼ぶべき代物モノであり。




 この世界由来の魔力を秘めた、魔力素材である。




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