第421話 【夜襲会戦】『魔法使い』の奥の手



 はっきり言おう。あの『含光精油』由来の爆薬だけど、なかなかにヤバイ代物だぞアレ。



 そもそもが魔力の塊(まぁ液体だが)である『含光精油』は、それそのものに膨大な魔力を秘めているわけで……そしてその魔力を用いて【爆破】魔法を形成することは、ある意味では理に適ってるのかもしれない。

 爆薬がそこにあるんだから、あとはそれを起爆させるだけということだ。簡単でしょ。


 しかし本来であれば、たとえ爆薬そのものがあったとしても、起爆するための装置となるべき呪文や呪紋、あるいは魔法道具が必要となるのだが……そこはすてらちゃんの能力によって大幅にショートカットされている。



 彼女の持つ【愛欲リヴィディネム】の能力は……周囲のありとあらゆるモノを支配下に置き、自在に『命令を下す』もの。

 大気に『渦を巻き私を守れ』と、大地に『何者も通すな』と命令を下したように……霧状に散らした含光精油に『盛大にぜろ』と命令を下したに過ぎない。




 そうしてこうして、渦巻く大気によって拡散された爆薬の霧は、断続的に爆発音を響かせながら盛大に大気を揺らし、静かだった山中の木々や地面や岩を木っ端微塵に打ち砕いていく。

 四方八方から絶えず襲い来る爆炎と衝撃波には……さすがのおれも、ちょっと生きた気がしない。



「どうすんのこれ! 騎士おれの攻撃じゃ突破出来ないよ!?」


魔法使いおれの弓もダメだよなぁ……ラニ、公園のときみたいに突っ込めないの?」


『いやー、あのときはただの『落ち葉』の渦だったんだけど……これね、大気そのものが壁になってるわ。言葉通りの、壁』


「【門】で吸い尽くすのとかは?」


『試してみたけど、吸った端から補充されてる。……そりゃそうだよ、水の中でもないし。大気なんてそこらじゅうにあるし』


「「つんだじゃん」」


『やばいね』




 どうやらすてらちゃんの攻撃パターンが変わったようで、今までのような無差別焼夷爆撃ではなく、明らかにおれたちを狙っているようだ。爆発の密度と衝撃力が増した気がする。


 これだけの重爆撃を受けてビクともしない騎士おれの防御力に驚かされる反面、この状況を打開できない事実に少しずつ焦りが募る。

 今でこそ【隔世カクリヨ】の中で収まっているが、こんなに際限なく破壊されては現実世界との齟齬が大きくなり過ぎてしまい、さすがに結界の維持に支障をきたすかもしれない。


 ただでさえ半端無い結界規模なのだ。維持するために必要な神力魔力は、恐らく相当のものなのだろう。

 おれたちがここで亀のように引きこもっていれば……いずれは【隔世カクリヨ】結界が決壊し、現実世界に甚大な被害を生じさせかねない。

 そう……結界が決壊。フフッ。



『なにわろてんねん』


「おだまり元凶」


『ぐぬぬ』



 …………いや、おれとて決してふざけていたわけじゃない。


 事実としておれは……騎士と魔法使いおれたちは、この状況を打開するための案を思いついたのだから。



 とりあえず懸念すべきは、あの大気の守り。あれを早急に攻略できない限り、おれたちに勝ち目はない。

 ……いやまあ、あの爆薬の弾切れを待つのもアリっちゃアリかもしれないが……すてらちゃんのカバンにどれだけの量が収まってるかわからないし、賭けるにはリスクが大きすぎる。


 なのでとりあえずは、あの風を無力化する方向でいく。

 少々手荒な真似をしてしまうことになるが……後始末はちゃんと請け負うので、仕方ないと割りきるしかない。





ことわりを越えて来たれ。今ひとひらの力を示せ。わたしが望むわたしの姿……気高き稀なる強者つわものよ」


『……ッ、…………無茶するなぁ、本当に』



 いやいや……ところがぎっちょん、そこまで無茶ではございませんで。


 まぁ確かに、おれの中の魔力を絞り出すとあっては、それは結構な出費となるだろうが……それこそであるならば、都合の良いことに魔力イーサはそのへんに満ち溢れているのだ。



「【『創造録ゲネシス』・解錠アンロック】……【蒸着ジャンクション】」


「……そう、それに……今回に至っては、わざわざ必要もない」



 おれの並列思考マルチタスクでは、現状残念ながら二人分の人格しか賄えないようで。

 なので今回は、魔法使いおれに【蒸着ジャンクション】を施す。……要するに上書き保存、装備とステータスとスキルビルドの更新だ。


 おれの自慢の妄想力ライブラリから、こんなこともあろうかとシコシコ練り上げていた特別プランを引っ張り出す。



「【装着式モード・『至天の高位魔導師フューリアス』】!!!」


『おぉーーー!!?』



 マルチに活躍できる『魔法使い』から、特に【魔法】に関する深度をひたすら追求した……運動力と引き換えに『最大火力』に特化させた人格を、おれ自身に降ろす。

 とてもわかりやすくいえば、ジョブチェンジ。時間限定の特別SSRバージョン、属性違いの神性能だ。


 これは狙わなきゃ損だぞ、全国の視聴者さんたちよ。天井覚悟でぶっ込んでけ。




「【無から有をアトリヴ・エルストル】【対価を此処にウェールディアゲルブ】【水流ヴァシュラ】【氾濫フルード】【豪雨シュタレイグ】【泡沫シャウル】【我が意に遵えクィドマス・ヴェルエ】【彼方を禍せマーフ・アフォーア】」


『うそうそうそうそ待って待って何ソレ何ソレ何ソレ何何何何何!?!?』


「【創世の洪水よベレシート・マグナフ】【在れイル】!!」


「『わぁーーーーーー!!?!?!』」




 周囲に満ちている環境魔力を取り込み、そのまま魔法の糧として、超絶規模の詠唱魔法を完成させる。

 大気の壁を打ち破る魔法でもなく、堅牢な大地を揺るがす魔法でもなく……賢明なおれが選んだのは、全てを覆い尽くす『水』の魔法。


 すてらちゃんの纏う大気の壁は『あらゆる攻撃』を遮断するとはいえ、一分の隙もない壁で覆われているワケじゃない。

 それこそ、呼吸のための空気は供給されているはずだし……であれば、水の侵入を防ぎきれるわけがない。



 弾丸状にしてぶつけるのとはワケが違う。身を守ることを捨て、魔法制御能力にパラメータを割り振った『至天の高位魔導師フューリアス』だからこそ可能な、直径百メートル程の範囲をまるまるさせる大規模魔法。

 これの本懐は『位置エネルギーを付与した超高質量による破壊魔法』なのだが……今回は無力化が目的だったので『高さ』の座標をゼロに設定、水没させるだけに留めた。モノは使いようだな。




「水族館かな」


「お魚いないねぇ」


「『……………(呆然)』」



 こと防御に特化した騎士おれの防御魔法のおかげで、おれたちのいるところに水が押し寄せて来ることはないが……さすがにすてらちゃんの大気の守りでは防ぎきれなかったようで。

 周囲への絨毯爆撃はいつのまにか止み、どうやら竜巻も姿を消しているようだ。



 魔導師おれは【洪水】の魔法を解き、周囲を埋め尽くしていた水を霧消させる。


 静けさを取り戻した暗がりの中、念のため【隠蔽・改】を纏いゆっくりと歩を進めていくと……そこにはやはり、全身ぐっしょりずぶ濡れのすてらちゃんが、がっくりと項垂れへたり込んでいた。



「……悪いようにはしない。ちょっとだけ我慢して。……【草木ヴァグナシオ】」


「っ、…………ぐッ」




 憎々しげにこちらを睨み付けてくるすてらちゃんだったが……しかしどうやら、抵抗する余力は残っていないみたいで。


 こうしておれたちは、今回の『警報』の原因とおぼしき特定害獣の群れの駆除、ならびに重要参考人の捕縛を成功させ。

 、無事お仕事を成功させたのだが……





「………………やぬしどの」


「「『アッ』」」


「………………我輩とて、癇癪持ちの幼児おさなごでは無い。……申し開きがあるというのなら聞こうぞ。何なりと申してみよ」


『ノワがやりました!』


魔導師こいつがやりました!!」


「ゥオエエエエ!?!?」



 すてらちゃんに姿を見られないよう、こっそりと――それでいてはっきりと非難を込めた視線で――おれへと抗議してくる、こちらも全身ぐっしょり濡れてしまったなつめちゃん。




「ほんとごめんなつめちゃん……お詫びになんでもいうこと聞くから……」


『今なんでもって言ったよね?』


「おまえにはいってねえ!!」



 その濡れて透けてしまってる着衣と、間近から『じっ』と見上げてくる視線と、静かな怒りを湛えほんのりと赤らんだお顔は。


 ……はっきりいって、ハチャメチャに愛らしかった。







――――――――――――――――――――






「我輩は今、とても寒いのだ。なにせ濡れ鼠と化してしまったがゆえ。……であるからして、家主殿」


「ハイ」


「我輩を温めるがよい。旅籠へと戻ったら我輩を『たおる』で拭いて、ちゃんと温め、抱っこするがよい」


「よろこんで!!!!」


「まぁ、それとは別に『お願い』は聞いて貰うが……それはそれとしてあねうえに言いつけるのである」


「ングゥゥ!!? そ、そんなあ!!」







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