第414話 【応援要請】神々見の主



「まーたやりやがったなこのクソウサギ!! てンめェ夜泉ヨミ様ン前で『大丈夫です! 理解わかってます!』つったよなァ!?」


「や、やぁーーっ!? 何をなさいます! お止めください荒祭アラマツリ様! お客人の前で御座いますよ!?」


「『何を』じゃ無ェンだよクソウサギの分際でネコ被ってンじゃ無ェぞゴルァ!!! 御客人に無礼働くなッつっただろうがなァオイ!!」


「ああっ!? そ、そんなっ!? そんなところを……っ!! 小生の大事なトコロそんなにぐりぐりしちヒャぁあッッ!!? ア゛ッ、すみませんマジごめんなさいあ痛だだだだだいだいだいだ」


「「「「「………………」」」」」




 橋を渡り坂を登り、大人しくなったクチラちゃんに導かれるまま、やがて辿り着いた本殿前広場。

 授与所のような詰所のような建物の前で待ち構えていたのは……見るからに鍛えてそうな、袴姿の壮年男性。


 白髪混じりの頭から見るに、そこそこお歳を召してそうであり、まじめそうなお顔と相俟って落ち着いた雰囲気を感じさせた……のは一瞬。

 クチラちゃんが近付いた途端、目にも止まらぬ速さで彼女に肉薄、その鍛えられた大きな掌でアイアンクローを仕掛け、ものすごい剣幕でのお説教が始まった。


 至近距離から『憤怒』の感情をこれでもかと放ち、距離を置いたはずのおれたちまでもが思わず『きをつけ』してしまいそうな、ものすごい熱量。

 さすがにこれは、あの……クチラちゃん死ぬんじゃなかろうか。




「あ……あのっ! すみません、その……大丈夫です、か?」


「だいじょばないで御座いまする! このままでは小生の頭が鶏卵の如く割られてしまだだだだだだいだいだいだ!!」


「なァーにが縞鯛シマダイだクソガキウサギが。……気にするで無いよ御客人。此の程度じゃコイツぁィとも響かねェし……案内人の粗相ァな、云わば我が主の名に泥を塗る行為。立場上看過する訳ゃァ行かねェのよ」


「ごべんなさいごべんなざい! いや小生今度こそしかと心に刻み申した! 直ちに心を入れ替えますゆえ! 平に御容赦を荒祭アラマツリ様!」


「お前よく日に何度も心入れ替えられんな。着脱自在か。懐炉カイロじゃンだぞお前」


「エヘヘ~~~~」




 おれたち『お客人』の存在もあってか、手早く折檻を終えたらしい……えっと、アラマツリさん。

 先程までの鬼のような形相とは打って変わって、いかにもすまなさそうな顔を浮かべ、おれたちを室内へと招き入れてくれる。


 その背後には、くりくりっとした大きな瞳に『歓喜』と『興奮』の感情を浮かべた朽羅クチラちゃんが、妙にへこへこしながら続き……おれたちはその更に後ろに続く形だ。

 先程までこの世の終わりかのような悲鳴を上げていた子とは思えぬほど、弾むような足取りで歩を進める彼女……ははーん、これはもしかするとなのかもしれませんな。いやはやてぇてぇこと。



 そんな神使のおふたりに連れられ、厳かな雰囲気の建物内を進み……やがて『あっ、これ向こうに神様居るな』っていう気配の漂う、他に比べ明らかにしつらえが一段上なお部屋の前へと辿り着く。

 なおここに至るまで、けっこうな数の神使の方とすれ違った。『こちらがわ』がこんなに賑やかだとは思わなかったので、おれは少なからず驚いた。

 それに加えて……ぶっちゃけおれらは余所者であるにもかかわらず、みなさんとても丁寧にお辞儀してくれた。なんだろう、フツノさまの紹介状効果だろうか。




「……ではまぁ、御客人ならば問題無ぇとは思うが……此の奥にて、我らが主がお待ちだ」


「アッ……やっぱそうなります?」


「あのオレ、ただの一般人なんすけど……」


「はわわわわうわうわうわうわう」


「ね、ねえさまよ、落ち着きなさいませ。我輩がついておる」


「………………宜しいか?」


「アッ大丈夫です。お願いします」




 冷静に考えると全くもってワケわからない状況なのだが……フツノさまとモタマさまに続き、わが国の神話信仰における最高神、そのお三方目とのご対面である。

 おれが昨年配信者業を始めようと考えたときには、まさかこんなことになるとは思っても見なかったし……いまだに信じられないな。だって神様やぞ。


 明らかに口数少なく呆けた様子のラニちゃんを見る限り、この神々見かがみ神宮神域のくらいはやはりとても高いらしい。フツノさまは『性根が捻繰ひねくれて居る』とか言っていたけど、しかしそこはわが国の神様である。

 お住まいであるこの神宮、そしてこの神域の様子を見るまでもなく、とてもすごいお方なのだろう。



 今回の出張に際し……あらかじめ予習させていただいた。

 こちらの『神々見かがみ神宮』……その名の示す通りご神体は『鏡』。ものの本によると『万里を見通しわざわいをはね除ける』という逸話をもつ、門外不出の国宝にして神器にして日本国のレガリアのひとつ『八州やしまの鏡』が奉納されている。


 その鏡を司る神様、この神々見かがみの宮の主こそ……『真澄まそ夜泉よみ常世視とこよみのみこと』。

 日本神話においては空や風を司る神『空神』と称され、現代日本においては『厄除け』の神様として名高いお方である。



 ……何度もいうが、神様だ。住む世界からして異なる、冗談抜きで上位次元の存在だ。

 御身が宿るという神器なんか、それこそ天皇陛下しか目にすることが叶わないというのに……その神器よりもレアであろう神様ご本神ほんにんが、おれと面会してくれるのだという。





 そんなお方に。


 日本の最高神のお一神ひとりであり、規格外の神域を擁する神様に。







「まぁ、そっちの事情はわかったけど……こっちにもさ、事情ってものがあるし?」


「エッ……アッ、エット」


「いやぁ、ね? 確かに布都フツノの筆跡と口調だけどさ? 確かに布都フツノからそういう連絡は来てたけどさ? 何ていうか……こっちも、ちょーっと事情が変わったっていうか、わしらも今ちょっとやろうとしてる事が在るわけよ。それを全部御破算は出来ないわけだし。わかる?」


「アッ、……………はい」


「そ。お利口だね。……まぁ、でも……あの剣神ウルサイからなぁ………んー、ちょっと考えさせて。今ちょっと立て込んでるし、また来てほしいんだけど……いい?」


「………………わかり、ました」


「それじゃあね。わしは今……ちょっと忙しいからさ」




 この社の主であるヨミさま、最高神の一側面にそう断られてしまっては……所詮はただのヒトであるおれなんかが異議を唱えたところで、どうしようもない。


 たとえ……明らかにラフ過ぎる格好でふわふわ漂いながら目を伏せ、ともすると気だるげにも見えそうな様相で、おれの語る『異世界からの侵略者』に対して興味無さそうな応対をされたとしても。

 無礼な物言いだとはわかっているけど、『やる気無さそう』で『テキトー』にも見える言動で、けんもほろろに追い払われたとしても。




 ……おれには、反論も反駁も許されない。







「…………済まねェ、御客人。……儂もよもや、斯様に無下に扱われようたァ」


「いえ。……こちらこそ、何やらお取り込み中のところ」


「…………いや、何つぅか……特に取り込み中ってェ訳じゃあ無い筈なンだが……朽羅クチラ?」


「い、いえ…………小生も、何も聞かされて御座いませぬ」


「……そう、ですか…………とりあえずまた明日、もう一度来てみます」


「済まねェな。足労を掛ける」




 今日のところは、これにて一旦撤収。また明日出直すことにしよう。

 フツノさまがちゃーんと話を通してくれているはずなので、また明日も同様に断られるようなら……さすがにちょっと、もう一回フツノさまに相談してみたほうが良いかもしれない。


 そのときのおれは、そう結論をくだし……それで自分を納得させたわけだ。




 


 まぁもっとも。

 事態はそんな悠長なこと言ってられない状況に……その日のうちに陥っちゃったんですけどね。へへ。









――――――――――――――――――――










「…………はぁ。次から次へと……面倒なことが舞い込んでくるね」


『………………ボクのこと……言ってる?』


「当ったり前だし? …………まぁでも……それも込みでって決めたのは、他ならぬわし自身だし。……わしは言われた通りにったからね? 次はそっちの番。……いいね」


『勿論。…………鏡の神様には、迷惑掛けないようにする』


「へぇ…………まぁ、多少はね? そもそも、わしの神使たちも無能じゃないし。……そう易々と被害は出さないし、出させないよ」


『…………今更だけど……よく、呑んだね? ……ボクの誘い』


「勘違いしないで欲しいんだけど……わしは別に、キミの言うことを信用してるわけじゃ無いし。…………でもまぁ、あの娘をわしの思うままに動かすためには、これが一番手っ取り早いわけだし」


『………………利用されるのは、好きじゃない』


「はん。……笑わせるでないよ、小娘が。わしは『神』なるぞ。身の程をわきまえよ」


『………………ふん。……小娘、ね』


「…………ともあれ、わしは後はに回るだけ。せいぜい上手く遣るがいい。……『魔王』とやらの使徒……お手並み拝見させて貰うし」


『上等。ボクの妹は……うまくやるよ』


「なんだ、貴様では無いのか。つまらん」


『…………つまらんかどうか……見てるといい』


「勿論。よおく視させて貰うとも」


『………………ふん』









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